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208、未来 世界の模様

遥か上空まで羽ばたいた真紅の翼は、氷の地で閉じられる。

ベルティーナの抱擁から解き放たれた澪はほっ、と白い息を吐く。

フライ・バーニアの北の羅針盤が目前にある。


「ここまでは何事も無く着きましたね」

ベルティーナが同じく冷たい空気を白く染める。

「ダークは亜希さんの力を理解していないから、地上で起こった事を処理できないでいる」

ここまで来ればクァンタム・セルの窓はもう間近。どこの地球でも良い。目標を設定して通り過ぎないように降りるだけだ。けれどもここでやって置かなければならない事がある。


「まずは地球の大樹を燃やし尽くす。その後ダークのいる階層構造に干渉するゲージ場を作って巨視空間と繋ぐ変換ベクトルを定めなければいけない。地球樹の方は私のアクア・クラインで出来ると思う」

白い息を吐きながら澪が言う。

冷めた戦士だった頃のレイ・バストーレからは想像もつかない物言いだとベルティーナは苦笑した。

「いいえ、私の真空の瞳を合わせてやりましょう。完全に大樹を消し去るにはその方が効率が良い筈です」

零は口を結んで暫く考える。

「そうね、その方が良いかも」

零は先に一歩踏み出して、アクア・クラインの輝石を展開する。ベルティーナはカーディナル・アイズの差時間の波にその輝石を載せる。

地球樹を消し去る事によりダークは幾層ものの階層に阻まれて、階層を行き来したり、直接人間の居る階層に干渉出来なくなる。

そしてその後階層構造を超えてダークを打ち破るには階層の尺度を変えるゲージ場を作り出すしか無い。

この規模のゲージ変換は零の亜希から貰った声の力とベルティーナの本体である纏められた存在力を合わせた方が確実だ。

二人はゆっくりと力を集約していく。

エネルギーを内部から生み出すと二人の身体は燃え上がり纏っていた衣服が焼けついていく。

「裸で戦う趣味は無い」

「私もそうです」

零は戦士だった頃のレイ・バストーレの戦衣を身に纏う。ベルティーナは女王であった時、そしてパリンゲネシアと戦った時のラナイの王族の鎧を身に纏う。髪と瞳の色も本来の姿に戻っていく。濃い蒼の髪、黄金の瞳の澪。エメラルドの髪を靡かせ、深い真紅の瞳のベルティーナ。

「戦士レイ、頼みが有ります」

地球樹を捜索しながらベルティーナが依頼する。

「何?女王ベルティーナ」

視線を上空に向けながら零が聞く。

「私達が隠れるのに使った恵蘭と紫苑の遺体を貴女の輝石でどうか地上に、地上の残された最も美しい場所に運んでもらえますか?」

「分かった」

零は輝石の一つを操り恵蘭と紫苑の身体をフライ・バーニアから地上の北極の氷壁の中へ運ぶ。二人は二人に感謝と尊敬の念を込める。


地球の南北はクァンタム・セルの窓がある為か、シニスの映し出す幻の地球達は昇ってくる事も沈んでいくこともない。エメラルドに輝くオーロラの嵐が真冬の氷の地平の空に吹き荒れている。

澪の言葉は昔ラナイの城でベルティーナと声をぶつけ合った時、二人とも激しい感情をあらわにした時とは全く異なっていた。どこか冷めてはいるが暖かさがあった。自分の方はどうなのだろう?ベルティーナは自問自答する。

ユウという互いを桎梏したものはもういない。優香と侑斗はどちらもユウとは少しも似ていない。ならば戦士の衣装を纏ったレイが戦士でないように、女王の戦衣を纏った自分も女王では無くただの女としてダークと戦うべきだろう。

「見つけた」

「では地球の大樹を燃やしましょう」

ベルティーナがそう言うと澪も頷き、大樹の存在する大地を二人で推し測る。

枝の神子でない二人は自在にその在処を知ることは出来ない。


「私がまだ幼く女王になる前、創られた地球がダークによって大量に破壊された時、トキヤが地球の大樹を切り倒しました。そして最初の枝の神子達は力を失い、この星の階層構造を行き来する事ができなくなったダークは骸となって砂の森に横たわった。

私が史音から聞いた話によると、大樹の残骸を復活させたのはユウだと言うことです。何故ユウはダークの行動の制限を外す大樹を再生させたのでしょう?」


二度目の地球の大樹の枝に最初に触れたのは優香だと言う。だが実際には最初に枝に触れたのはユウであり、その分身である優香が最初の枝の神子だった。史音とともに枝に触れる事の出来た侑斗も同じく最初の枝の神子と言って良いだろう。


「ユウは衰えて行くこの地球の人たちに目覚めて欲しかったんだと思う。ただ世情に流されて他人の作る枠な中でしか生きていけない知成力の衰えた人間は中身の無いシニスそのもの。史音のような存在の出現をきっと望んだ」

レイ・バストーレはアプリオリでそのように考えることが出来るのだとベルティーナは少し悔しいと思った。ユウと過ごした時間は彼女の方が圧倒的に長いのだ。だがならば史音を結果的に生み出したのはユウなのかもしれない。


「それでは最初に地球の大樹を切り倒したトキヤの行動は、間違いだったのでしょうか?」


ベルティーナの問いに零は静かに沈黙を返した。

零の眼差しは冷たい北風にさらされ、どこか遠くを見つめている。


「甲城斗紀也について私が知ることはほとんどない。侑斗が砂の森で彼の残留意思に助けられたこと、そして亜希さんが史音から聞いた話だけ。最初の枝の神子でありながら数名の仲間と共に他の枝の神子すべてを敵に回し、真の葵瑠衣が造った最強のクリアライン・ブレイドを使った。そして彼は侑斗によく似ている」


それは、侑斗を創造した際、ベルティーナ自身が英雄トキヤを心の中で強くイメージしたためだったが、零はその真実を知っているのだろうか。


「もし彼が大樹を切り倒さなければ、仮想膜に作られた数多の地球がどれほど破壊されたか想像もつかない。それに彼がいなければ、この地球は創造者たちの望むままに支配されていたでしょう。彼には一度会ってみたかった」


かつて己の誇りだけで生きていた戦士レイ・バストーレは、会うことのできない人物に対して興味を抱くなど考えもしなかった。


ベルティーナは穏やかな微笑みを浮かべて記憶を辿る。

「知っているかもしれませんが、私はヴェルデの地球にいた幼い頃、一度トキヤに助けられたことがあります。他の地球の戦場に向かった姉・ヴェナレートが、この地球のトキヤを共振転創して救援してくれたのです」


零が眉をひそめる。しばし考えを巡らせた後、納得したかのように呟いた。

「なるほど。そういうことだったのね」

零は、侑斗がトキヤに似せて作られた理由を瞬時に理解した。


「それにしても、いくらあなたの姉ヴェナレートが強大な力を持っていても、ステッラの地球からヴェルデの地球へと共振転創が可能だったのは不思議な話」


その問いはベルティーナ自身も長年抱き続けた謎だった。

「姉は幼い私を助けた頃、2年ほど行方不明になりました。もしかするとステッラの地球に転創してマーキングを施したのかもしれません」


曖昧な答えに零は静かに首を振る。


「ヴェナレートがロッゾの地球へ追いやられた時、クァンタム・セルの窓とフライ・バーニアのビクシスを使ったと聞いた。つまり彼女にそんな力は無かった。だとすれば真に共振したのは、存在力の塊であるあなた自身と、一人で多くの枝の神子を打ち倒した斗紀也の力だったのだと思う。ヴェナレートはそれをつなぎやすくしただけ」


零の言葉は淡々としていて、それを認めがたいベルティーナの心を鋭く揺さぶった。


さらに零は静かに続ける。

「あなたにとっては残酷かもしれないけれど、あなたは世界の最終兵器だった。あなたの本体が滅びる時、その存在はクァンタム・ワールドの全ての地球を消滅させるほどのものだった。姉のヴェナレートは誰よりもそのことを恐れていたはず」


ベルティーナの瞳が僅かに揺れる。

「もしかして、姉はユウに私の正体を伝えていたの?」


零は静かに頷く。

「私とユウが最後にヴェナレートと戦った時、彼女はユウに自分の元へ来るよう誘っていた。おそらくそれが答えでしょう。ユウの記憶を継ぐ優香なら、真相を知っているかもしれない」


零が兄バーナティーと共にベルティーナを追い詰めた時、ユウはベルティーナを救うことだけに集中していた。世界を守るために、ベルティーナの力が解放されないよう、禁じられたサイクル・リング移譲さえも行ったのだ。


「ユウ……あなたはきっと誰よりも苦しかったのね。私やあなた、そして姉ヴェナレートがあなたに惹かれたことに、あなた自身に責任はないのに」


二人はそれ以上言葉を交わさず、地球の大樹に集中した。


やがてカーディナル・アイズの波に導かれたアクア・クラインの輝石が、大樹の根元から燃え上がり、全てを焼き尽くす。大樹は二度と再生できないよう完全に消え去った。


それが完了した瞬間、二人は異変に気づいた。

足元に広がっていた灰色の雲が徐々に世界を覆い尽くし、薄暗く混濁していく。やがて地球は一面真っ白に染まり、氷に閉ざされたスノーボール・アースのような姿になった。


「これは……まさか?」

ベルティーナが息を呑む。

零も声を震わせる。


「大樹を消せば、私たちが一方的にダークを攻撃できるはずだったのに……」


ベルティーナが呆然と呟いた。

「ダークは私たちより先に自分の階層からゲージ変換を行った。今眼下に広がっているのはシニスの世界で、私たちの居た階層ははるか上空に押し上げられた。今この地球に残されている人間は、私たち二人だけになってしまった……」



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