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207、未来 流星

零の蒼い焔が揺らめく瞳から放たれると、アクア・クラインの14個の輝石は瞬く間に指数関数的に増殖し、白濁したシニスの大気を鮮やかな金色に染め上げた。


琉菜の姿を借りた存在と、その背後にいる三千を超える人影は、圧倒的な光の洪水に飲み込まれ、形を維持できず、粘着質なアメーバ状の塊へと変貌していく。その醜悪な塊の内部から、怨嗟を含んだ甲高い声が絶え間なく響き渡っている。


零は振り向くと、背後で空間に縛られていたベルティーナを解放した。


「ラナイの女王、私はこれから弟の仇を討たなければならない。あなたの力を貸してもらえる?」


ベルティーナは静かに修一の倒れた姿へと視線を移す。彼の存在は今や儚く揺らぎ、消えかかっていた。


「あなたの弟は私の最も忠実な臣下でした。私の持つ全ての力をもって、あなたの想いに応えましょう」


ベルティーナの真紅の瞳が輝きを増し、内側に潜む階層の力を解放した。真紅の大渦は零の黄金色の光と溶け合い、凝縮したシニスの塊を幾重にも包み込む。波打つ光の振動が重なり、アメーバ状の塊は再び人間の形へと凝縮されていった。


無数のざわめきの中、狂ったような歓喜の声が響く。


「ははは!私はまた人間の姿を取り戻した。これで私は不滅のシニスとして、永遠に存在できる!」


琉菜が歓喜に打ち震え、自らの掌を見つめている。だが次の瞬間、その掌をアクア・クラインの輝石が鋭く貫いた。鮮血が迸り、琉菜は戦慄の表情で絶叫した。


「女王、いったい何をした?」


ベルティーナは冷たく言い放つ。


「お前たちの存在情報を変換し、人間の肉体を与えただけだ。今のお前たちはもうシニスではない。ただの人間だよ」


不死性を失った者たちの絶望と恐怖が場を支配する。零は冷ややかな視線で彼らを睨みつけた。


「私はこれからお前たちを千回殺す|」


零は左腕を引き絞り、一瞬の間に無数の輝石が放たれた。その光は千通りの可能性を超えて、琉菜を何度も貫き殺し尽くす。


琉菜は死の瞬間、震える声で呟いた。


「私は間違ってない……」


零の返答は冷徹だった。


「お前が正しかろうが間違っていようが関係ない。私はただ、感情で怒りを振るい鉄槌を下しただけだ」


琉菜の悲痛な絶叫が徐々に遠ざかり、やがて静寂が訪れた。濁っていた空が晴れ、再び多くの地球が並び漂う様が見えた。


零は倒れた修一の元へ静かに歩み寄る。


「修一、私の弟。あなたがこの地球に存在したから、私は自分自身を創ることができた。どんな時でもあなたは私の味方でいてくれた。だから、あなたをここで死なせるわけにはいかない」


零の頭上から稲妻のようなエネルギーが天空へ伸びていく。


「転移創造ですね。私も力を貸しましょう」


ダークに支配された階層では通常の転創は不可能だ。これは流転創造――零とベルティーナという二大存在の力を合わせて初めて可能な行為だった。修一の身体はまばゆい光に包まれ、流星のように北の空へと飛び去り、クァンタム・セルの窓へ向かった。


侑斗は涙を流し、零に謝った。


「零さん、ごめんなさい。修一が犠牲になったのは俺のせいだ」


優香も悲痛な表情で口を開く。


「違うよ、私たちのせいだ」


零は静かな瞳で二人を見つめ、ゆっくりと語りかけた。


「二人とも間違っている。修一が犠牲になったのは私の責任。この地球で、自分勝手に彼の生き方を縛り付けた私の責任よ。私は数えきれない罪を背負い、自分の都合でそれを償おうとして、更に罪を重ねてきた。でも、それはもう終わりにしなければならない」


その言葉の奥には深い悲しみと後悔が滲んでいた。


「人間が生きることそのものが罪だと、神がいるならそう言うでしょう。自分の価値観を持つ人間は、それを擦り合わせるために傷つけ合う。しかしそれを否定すれば、人はただ外側から形を与えられた空洞に成り下がる。無から造られたものになってしまう。だからこそ、私たちは戦い続けるしかないのです」


ベルティーナが淡々と、しかし確信を持って語った。零とベルティーナは長い隔たりを越えて互いを見つめ合い、ようやく理解し合った。


「ベル、もう行くんだな」史音の声が震えていた。


「史音、あなたと出会えたことは、私の最大の暁光でした。あなたと出会わなければ、私は人類に絶望してすべてを滅ぼしていたでしょう」


「そうか、それなら私も生まれてきた甲斐があるよ」


零は最後に侑斗と優香に向き直り、真剣な瞳で語りかけた。


「私たちはこれから再びフライ・バーニアに上がり、クァンタム・セルの窓へ向かう。そして、シニスのダークを打ち倒す。この星の階層構造からダークを完全に消し去る。その後は、生き残った人々の知性と意思が、この地球の新たな姿を創り出す。だからあなたたちは、訪れる創造主、世界の修復者と立ち向かう準備を進めなさい。ダークが居なくなったことを知れば彼らはまだ同じことを繰り返す」


零の言葉に侑斗は強く頷き、覚悟を決めて答える。


「俺にできることは全て全力でやるよ、零さん」


だがその後、侑斗は躊躇いがちに言葉を漏らした。


「だけど、やっぱり嫌だな……修一がいなくなって、零さんともこんなふうに最後の別れなんて……」


肩を落とす侑斗を、零はそっと抱きしめた。その温もりに侑斗の体はわずかに震え、零の鼓動が静かに伝わってくる。


「さようなら、侑斗。私はずっとあなたが好きだった。ユウよりもずっと……」


震えながら涙を流す零を見て、ベルティーナははっと気づいた。そうなのだ――価値観の違いが必ずしも争いを生むだけではない。人の想いは触れ合うことで変化し、いつしか新しい形を持つこともあるのだ。零は、ベルティーナが生み出した侑斗という存在を心から愛していた。まだ過去に囚われているのは、自分自身だったのかもしれない。


「零さん、俺もずっとあなたに憧れていた。あなたのことが好きだった」


侑斗の告白に零は涙を指先で拭い、小さく微笑んだ。


「そうね。あなたは私も亜希さんも、女王も史音もみんな好きだった。それなのに『女に興味がない』なんて言い訳して自分を誤魔化してきた。一人だけを愛さなければならないと、この地球の人間が勝手に決めた価値観に縛られてね」


零の言葉に優香は気まずそうに笑みを浮かべ、呟いた。


「レイ、そういうことを侑斗に教えないで欲しかったかな」


零は優香に微笑んで返す。


「私たちなりの、あなたへの意趣返し。最後にこれくらいはね」


史音が呆れたように肩をすくめる。


「なんだ、みんな知ってたんじゃないか」


零は史音に向き直り、真剣な眼差しで初めての頼みごとをした。


「史音、亜希さんのことを頼みます。それから……」


零は再び優香と侑斗を見つめて話を続ける。


「私とベルティーナは、これからクァンタム・セルの窓に向かい、ダークと最終決戦を行う。絶対に負けられない戦い。その時、創造者たちが作った階層を移動できる『地球の大樹』を完全に切り倒す。二度と再生できないほど徹底的に。その影響で、フライ・バーニアも破壊される。だからあなたたちは、フライ・バーニアなしでクァンタム・セルの窓に到達し、これから来訪する世界の修復者と戦う方法を見つける必要がある」


ベルティーナも深く頷き、優香に確信を持って伝えた。


「それでも、優香、あなたならそれができる。私たちはあなたを信じています」


優香はベルティーナに近づき、その手を強く握り返した。


「ベル、分かっている。必ずあなたたちの意思を繋ぐ。そして、あなたたちだけを行かせたりはしない」


5人の間に沈黙が訪れた。言葉にならない想いが重なり合い、澄んだ空気に溶けていく。


「それでは、行きましょう」


最初に沈黙を破ったのはベルティーナだった。彼女の背に真紅の翼が鮮やかに広がり、零とベルティーナの二人を優しく包んだ。


互いに深く見つめ合った二人は、翼の力を借りて空へと舞い上がり、やがて視界から姿を消した。


残された優香、侑斗、史音の三人は、いつまでも空を見上げて立ち尽くしていた。



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