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202、未来 選択者の桎梏

突然代替案を口にした史音の言葉に、亜希と侑斗は思わず視線を交わした。窓の外では厚い灰色の雲がゆっくりと空を覆い、まるで二人の心を映しているようだった。


「さっき亜希の精神に干渉しただろう。その応用だよ。優香のプランは不確定要素が多すぎるんだよ。あいつは侑斗を使って二人だけで全ての状況を整え、最後に亜希を呼び、自分の望む世界を完成させるつもりだ。だが亜希がまたヘソを曲げたら、それで終わりだろ?」


史音は得意げに言ったが、その語調には妙な苛立ちが滲んでいるように亜希には感じられた。自分の小ささを回りくどく指摘された気がして、亜希の胸に不快感が広がった。


史音は勢いを緩めることなく続ける。


「それに比べてアタシのプランは凄いぞ。最初から3人一緒にやれるんだ。侑斗にも指示を出せるし、亜希の力だって効率よく使える。何より優香の独善じゃなく、アタシ達3人の意思で新しい世界を創れる。確実に、だ」


史音らしくない断定的な言葉に、亜希は首をかしげる。隣に立つ侑斗も眉を寄せ、疑わしげに史音を見つめていた。


「なんか変だよね、史音。あなたは最初から確実なプランを立てるような人じゃなかったでしょ?」


亜希が静かな声で問い詰めるように言う。


史音はいつも迷い、ためらい、決定を先送りにするタイプだ。こんな風に自信満々に言い切ることは珍しい。


「あんた、もしかして史音の偽物?」


亜希の鋭い問いに、史音は一瞬だけ息を呑んだ。しかし先ほど亜希の意識に干渉してきた技術は、間違いなく史音本人のものだった。だが、それでも今の史音はどこか違和感を拭えない。


少し考え込んだ後、侑斗が静かな口調で切り出した。


「史音、お前のそのややこしい話の真相が見えたぞ。もともとそれは優香が用意した代替案だったんだろう?亜希さんが自暴自棄になった時のために用意された、優香の予備のプランだ」


その言葉に史音は表情をこわばらせ、口元をギュッと引き締めた。沈黙がしばらく続いた後、彼女は諦めたように大きくため息をついた。


「バカだな、お前がそう言ったらアタシは否定できないじゃないか。でも嘘はついてないぞ。全てを話さなかっただけだ」


侑斗は天井を仰いで、嘆息を漏らした。それは事実上、偽ったも同然だ。


侑斗の心に優香の横顔が浮かぶ。彼女は目的のためならば自分の存在さえ否定する。しかし一度繋がった絆を再び断ち切ることを侑斗が受け入れると、本当に考えたのだろうか。人の心は合理だけでは動かない。


「で、二人はどうするんだ。優香とやるか、アタシとやるか?さっき言ったように、アタシと一緒のほうが確実だし、望む世界に近づける」


亜希は伏せていた視線をゆっくりと史音に戻し、静かに言った。


「私はそれでいいよ」


亜希のその諦めた声を聞き、侑斗が一歩前に出て、真剣な眼差しで史音に問いかける。


「史音、大事なことだ。優香は最後に亜希さんを呼ぶと言っていた。それは亜希さんが日常を忘れないまま、最後の選択をするためだ。お前は最初から三人でやると言ったが、それは亜希さんを最初から日常から切り離し、力だけを使うってことになる。それじゃ駄目だ」


亜希の瞳に冷たい火が灯った。


「へえ、結局あんたは初恋の人とやりたいだけなんだ。私は都合よく最後にだけ利用するってこと?」


侑斗は真っ直ぐ亜希を見つめ、普段よりずっと強い口調で言った。


「史音の方法はうまくいくかもしれない。だがな、史音、それで俺たちは元の日常に戻れるのか?」


史音は苛立たしげに頭の後ろで両腕を組み、呆れたようなため息をついた。


「はぁ?戻れるわけないだろ。そんなことが重要か?」


侑斗は抑えた声に強い意志を込めた。


「重要だ。亜希さんがみんなのいる日常に戻ることこそ意味があるんだ。そのために彼女が力を使うことに価値がある。この世界を当たり前の日常に戻すことこそ、亜希さん自身の望みであるべきなんだ」


その瞬間、亜希の目に怒りと悲しみが複雑に入り混じる。


「何を勝手に決めつけてんのよ。私は一人置き去りになんか絶対に嫌!」


彼女の叫びは冷えた部屋の中に鋭く響き、沈黙が重苦しく辺りを包み込んだ。


3人の間に、重く緊張した空気が張りつめた。まるで呼吸すら許されないかのような静寂が辺りを包んでいる。やがてその沈黙を史音の低い声が静かに破った。


「よく言ったな、侑斗。――亜希、おまえは確かに置き去りにされるかもしれない。だが、おまえの側には私がいる。そして、おまえが葛原零と共に築いてきた人々との絆を示すコードも、常におまえのそばにある。決して一人になるわけじゃない」


史音の口調は普段の彼女とは別人のように静かで重々しく、慈しみすら感じられた。


亜希はゆっくりと首を振り、小さな声で応じた。


「創られた私は、もう誰とも繋がれないよ」


だが史音はそれを許さず、亜希の言葉を鋭く遮った。


「違う、亜希。それはおまえ自身が自分を否定しているだけだ。撞着した魂は、誰とも繋がれなくなる。そんな状態で私と共に動いたところで、誰一人救えはしない」


亜希はゆっくりと顔を上げる。表情には絶望にも似た諦観が漂っていた。


「私は誰も救う気なんてないよ。この世界になんか、もう未練もない」


その言葉に、侑斗の胸が鋭く痛んだ。亜希が抱える絶望と孤独が、ひしひしと伝わってくる。


「そうか、亜希。それがおまえの選択なら仕方ない。だが覚悟はしておけ。おまえの選択の結果、この世界はおまえ一人を残して消えることになる。私も、おまえが大切に想う友人達も、そしてこの見慣れた美しい景色すらも。おまえはもう誰からも何一つ要求されなくなる代わりに、銀河の変化の嵐の中で永遠の孤独を迎えることになる」


史音の厳しい言葉が、亜希の胸を鋭く貫いた。その言葉に亜希の瞳は揺れ、声が震え出した。


「私は……自分で死ぬことすら許されないの?」


優香は、亜希が消えても同じだと言っていた。その言葉が亜希の胸に痛々しく甦る。


史音が静かに首を振る。


「おまえという存在は世界そのものが求めたものだ。何度死んでも、どんな方法で消えようとも、その欠けた部分を世界は再生する。世界と真っ向から戦わなければ、おまえは世界の構成要素として、今おまえが感じているよりも遥かに重い桎梏に縛りつけられる。だからな、亜希。おまえは優香の最後の依頼にだけ応えればいい。自分自身の意思で、自分の願う世界を整えろ」


史音の言葉が、ようやく亜希の心をわずかに動かした。亜希は俯き、しばらく何かを考えるように沈黙したあと、消え入りそうな声で尋ねた。


「椿さんの最後の依頼って……あの人は私を使って世界を変えた後、もう戻らないつもりなの?」


「ああ、そうだ。あいつはもう二度と私達の元へは帰らない。侑斗もまた、同じことを考えているはずだ。そうだろう、侑斗?」


史音は侑斗が持っている小さくまとめられた荷物に視線を落としながら言った。


侑斗は静かに頷き、迷いのない声で応じる。


「ああ、俺はもう、みんなのいる場所には戻れないだろうって覚悟はできてる。だから、亜希さんには普通の日常を取り戻してほしい。それだけが、俺の唯一の願いなんだ」


その瞬間、亜希の中で抑え込まれていた何かが爆発した。彼女は震える身体を動かし、ゆっくりと左手を挙げると、激しくそれを侑斗に振り下ろした。侑斗は咄嗟に避けようと身をよじったが、その力から逃れることは叶わず、強烈な衝撃を受けて勢いよく吹き飛んだ。


「私は待つよ……あんた達が私を呼ぶその時を」


亜希はそれだけ告げると、静かに踵を返し、音もなくその場を立ち去った。あとに残ったのは亜希の寂しさと侑斗の苦痛だけだった。


床に倒れたまま痺れる身体に苦しんでいる侑斗を見下ろし、史音がため息混じりに呟く。


「やれやれ、どうにか納得させられたか。あいつも本当に可哀想な女だな。ところで侑斗、亜希もおまえも自分達には恋愛感情が分からないなんて言っているが、それは単なる思い込みだぞ」


ようやく身体を起こしながら侑斗は、史音の言葉を噛み締めていた。自分自身を縛っていたのは他ならぬ自分だったのだろうか? 本当は、ずっと自分の中で特別な誰かがいたのだろうか? 亜希にも、密かに誰かを想う心があったのだろうか?


****◇



「行動を起こすなら、早い方がいい」


零は淡々と、だが力強く告げた。


「創造主達はもう、いつやってきてもおかしくない」


ベルティーナは零の言葉を聞き、これが自分に与えられた宿運なのだと強く感じていた。銀河系最上位階層の意思が、自分達をまるでチェスの駒のようにここまで導いてきた。それに抗う最後の機会が、今訪れようとしているのだ。


ベルティーナは強い意志を宿した澄んだ瞳で零を見据える。


「上階層のシニスのダークの群体には、私も全く無力でした。あの恐るべき存在に、どう立ち向かうおつもりですか?」


零は静かに口を開き、自ら立てた作戦を明かした。


「彼等の土俵で戦うのは無意味。私達は彼等の干渉の及ばない場所で、シニスのダーク達を排除する。この地球に唯一存在する、階層構造の外側から我々の力を完全に解き放つの」


「クァンタム・セルの窓から、ですね」


零は深く頷いた。


「七日後、私は再びここへ戻ってくる。私があなたを支え、フライ・バーニアへと向かう。その前に私は、この星で出会った大切な友人達に別れを告げる。あなたも同じようにしていい」


「私には別れを告げるべき者などおりません。私に仕えた者は皆、十分すぎるほど忠誠を尽くしました。彼等に殉教者の道を歩ませるつもりは有りません」


ベルティーナの凛とした答えを聞き、零は微かに微笑んだ。


やがて二人は静かに目を合わせ、物語の終わりが始まったのだと互いに感じ取っていた。



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