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198、未来 渚にてⅡ

「私が世界の中心だった?……それは、どういう意味?」


亜希は理解できない言葉に戸惑い、眉間に深い皺を寄せた。史音も言っていた。亜希が生まれたのは偶然だと。出処不明の強大な力さえ、ただの偶然だと。


「そのままの意味だよ。この世界を修復しようとした創造主とシニス、幾つもの仮想プレーンに地球のコピーを造った技術者たち――彼らは何一つ本質を理解していなかった。すべては、あなたという存在を誕生させるために動いていただけ。遥か上層にある、何者かの意志に従ってね。シニスなど最初から障害にすらならなかった」


優香の瞳が、夕陽の光を浴びて強く輝いている。その顔は痩せ細り、頬骨の影が浮かんでいたが、その瞳だけは奇妙な生命力を宿していた。


「何を言っているのか全然理解できない。こんな混沌の中心に、私がいるなんて信じられない」


亜希は、感情を抑えきれず震える声で訴えた。


「貴女は文音と一年近く一緒にいたでしょう? あの娘は嘘や隠し事が苦手だから、世界の成り立ちについては聞いているはず。貴女の理解している範囲で、この世界の仕組みを話してほしい。それを聞いて、私が一番分かりやすく説明してあげる。私にも完璧に語れる自信はないけれど」


パリンゲネシアの世界で、史音は多くを教えてくれた。何も包み隠さない彼女の性格ゆえに、時に聞きたくない真実さえ躊躇なく語ってくれた。


――最初、人々は宇宙空間を光速の法則に縛られ、開拓できないものと信じていた。そこで彼らは新たな開拓地として、重力子が流れる量子の海に暗黒物質の中の閉じたひもの振動情報に乗せて、高次元の彼方に仮想膜を作り、多くの地球のコピーを創造した。そして本来の太陽に代わるエネルギーを求め、このの地球上空に仮想膜と直接つながる『太陽の鞘』を置き、そのエネルギーを各地球に供給する『太陽の繭』を創り上げた。


基の地球の人間は実際には創造された地球へ渡ることはできなかったため、人間のコピーを送り込み、それを「開拓」と称した。その造化を「生起創造」と呼んだ。


しかし、創られた地球は階層が浅く、存在は不安定で稀薄だった。そのため技術者たちは、不安定な地球を完成させるためのエネルギーを鉱物「パールム」に凝縮させ、それを奪い合うことでそれぞれの地球を強化する『励起導破戦争』を引き起こした。


創られた地球の人々が戦うには、基の地球のクァンタム・セルの窓と、この地球の上空に浮かぶフライ・バーニアを通過する必要があった。その戦いに勝ち抜いた地球だけが安定し、最終的に「結創造」として完成する。


だが結創造が完了しても、創られた地球は決して基の地球ほどの安定した存在にはならなかった。


そもそも最初に生起創造を行った創造主とは、世界を歪みから守る保安技術者であった。基の地球上に生まれた人間たちは、認識という行為によってミクロの階層を結び付けてしまい、世界の底を下げ、さらに上位階層の存在にまで影響を及ぼした。そのため、宇宙域全体に深刻な歪みが生じていた。


この地球の人間の認識力と知性を減退させるため、偽りの地球の人々は戦いを続けた。彼らの獲得した力は本来の地球から失われ、バランスを保っていた。


そのプロセスを進めるため、シニスのダークが創造された。ダークは群体として存在し、励起導破戦争の間、争いを絶え間なく続けさせるために塵媒「フィーネ」を憑依させていた。


また、修正が完了するまで創られた地球を守るために、余剰次元には複素演算体が設置され、基の地球が過度に修正されることを防ぐために「地球の大樹」が置かれた。その大樹は「枝の神子」を生み、世界を守る者たちを選び、また大樹は階層間の移動にも使われた。一度はシニスの干渉で倒されたが、その再生が完了するまで、シニスのダークは直接的な干渉ができなくなっていた。


亜希は自らが聞いた史音の言葉を反芻し、深く息をついた。世界の仕組みを知るほど、自分自身がどこまでも小さく無力であることを思い知らされるようだった。


………………


――そして幾度にも及ぶ微調整の末、シニスのダーク群体は修正をほぼ終え、やがて技術者たちが最終点検に訪れる。


亜希は作家としての言葉を慎重に選び、恣意を排除して優香へと伝えた。優香はただ静かに頷き、微かな微笑みを浮かべながらそれを聞いている。


「大体合っているよ。人間の視点で捉えられる範囲では、まさにその通りだね。流石だよ」


流石なのは、知性に乏しい自分にすら丁寧に教えてくれた史音だろう。亜希は胸の内で呟いた。そもそも亜希が求めているのは表面的な承認ではない。


「それなら、今度はあなたが教えてよ。私が生まれた理由を、星々から注がれる声の力のことを、そして私がすべての中心だというあなたの知悉する真実を」


その瞬間、優香の瞳に宿る感情が鋭く変化した。同時に強い潮風が荒々しく吹き抜け、二人の会話をかき消すほどの唸りをあげる。やがて風はどこか遠くへと去り、静かな渚が再び訪れた。


「エントロピー増大の法則――。一定の空間でエネルギーがやり取りされる時、整然とした状態は徐々に無秩序へと向かう。孤立したものは必ず混じり合い、一様になっていく。時間の流れが一方向である以上、それは不可逆だ」


優香は一度そこで言葉を止め、亜希の反応を窺う。亜希もまた熱力学の第二法則くらいは理解している。疑問に満ちた視線で優香の続きを促した。


「ところがね、困ったことにこの地球に生まれた人間という存在は、ミクロの不確定性を認識することによってマクロの階層に実存を与えてしまう。その認識行為が階層構造の序列を乱し、この宙域だけでなく並列する膜宇宙にすら歪みを生み出してしまった。創造主と呼ばれる技術者たちは非常に保守的でね。自らが作り上げ、守ってきた法則を絶対のものとして捉え、それを乱す存在を認めず、常に否定しながら微調整を繰り返してきた」


「ちょっと待って……」


亜希の思考が追いつかず、困惑が表情に滲んだ。史音が語った内容では、創造主が生み出したシニスのダークは、人々の思考を統一化し、階層を整えるために存在しているはずだった。


「創造主たちはパリンゲネシアの歪みを修正するために、私たちの思考や階層を改変しようとしていたんじゃないの?」


優香はゆっくりと首を横に振った。


「それは彼らが歪みを発見した際の古い認識だ。ダークはむしろ、パリンゲネシアから人の階層に干渉するために、パリンゲネシアそのものを書き換えようとした。しかし、パリンゲネシアは予想以上に抵抗を示し、その情景を人々の心に強烈に刻みつけてしまった」


亜希は理解を超えた話に頭痛すら感じ、思わずこめかみに手を当てた。優香はそんな亜希を気にする様子もなく話を続ける。


「史音とともに、あなたはパリンゲネシアがベルティーナに対してどれほど残酷だったかを目の当たりにしたでしょう? パリンゲネシアは人の悪意によってそうなったといったと思うけど、あれは人とパリンゲネシアの相互作用だよ。シニスも創造主も、ああいった人間の持つ破壊的な傾向を否定している。彼らには彼らなりの理屈があって、それは私たちの理解と交錯することもある。彼らのやり方には、ある種の厳格さがあり、決して無目的な行動をしているわけではないんだ」


優香の言葉は次第に重く、亜希の心を深く抉っていった。



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