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18、過去 虚空の瞳と銀の剣

通話の向こうで、アオイはあっさりと電話を切った。


何のためらいもなく、いつものことだった。


彼女とは、そういう人間だ。


ベルティーナがアオイと知り合って以来、彼女は一度たりとも動揺した様子を見せたことがない。どんな状況でも涼しい顔で、完璧に物事をこなす。その手際の良さは、もはや人間離れしている。


ベルティーナが知る誰よりも――。


アオイとベルティーナは共闘関係にあったが、お互いの全てを晒しているわけではなかった。アオイの言う「地球の枝」に触れた者たちは、この世界において明らかに特殊な存在だ。しかし、彼らがどのような繋がりを持ち、どこへ向かおうとしているのか――ベルティーナにも、その全貌は分からない。

そして、

ベルティーナは知っている。彼女が一度目の枝の神子として、トキヤや自分と共に戦った葵瑠衣とは別人であることを。ただ、確かに彼女の中に葵瑠衣が混じっているとも感じていた。


この「ステッラの地球」への転創は、あらゆる他の地球において禁忌とされていた。


全ての地球の元となったとされるこの世界は、他の地球には存在しない異質な干渉に満ちている。ここに転創する場合、他の世界とは違い、自分の存在をそのまま映すことができない。


「時空の固定作用」――アオイや史音がそう呼んでいた法則が、この世界には強く働いているらしい。異物の存在を拒み、波動関数の収縮によって即座に消し去る。


ゆえに、転創者は過去へと遡り、世界に自らの存在を刷り込む必要があるのだ。


ベルティーナは、ユウから与えられたサイクルリングを完全に使いこなせていなかった。そのため、転創した際に本来の年齢より幼い姿で顕在化してしまった。その理由には、あの葛原零も関わっている。

彼女の記憶は、本来のものと、このステッラの地球で幼少期から過ごしてきたもの――二重に存在している。


もし、ほんの少しでも気を抜けば、現世のことわりに呑み込まれてしまう。前世のことを忘れてしまう。


だが、そんなことは許されない。


ベルティーナはこれまで幾度となく、アオイたちと共にこの世界の崩壊を防いできた。


このステッラの地球は極めて不安定で、局所的な崩壊が何度も繰り返されている。しかし、今回の崩壊は今までにない規模だった。


――私は守らなければならない。この世界を、他の地球を、そしてここに転創した彼を。


ベルティーナの思考は、遠い過去へと遡っていく。


ラナイの国での出会い


彼女が初めてユウに出会ったのは、自らの祖国――ラナイの国でのことだった。


当時、それぞれの地球は「パールム」と呼ばれる存在力の塊を奪い合っていた。より強い力を得るため、他の地球の戦士たちは互いに接触し、時には会談を開くこともあった。


その日、九つの地球から最強の戦士たちが、「クァンタム・セルの窓」を通じて、次々とラナイの城へ降り立った。


ベルティーナの父王が亡くなったばかりで、母はきっと不安だったのだろう。彼女と兄・バーナティも、その会談に同席することになった。


とはいえ、戦士たち全員が会議に参加するわけではなかった。付き添いで来ている者も多くいたのだ。


一日目の会談が終わった後――。


慣れない空気に疲れ果てたベルティーナは、そっと席を抜け出し、城の庭園へと足を運んだ。


誰にも邪魔されず、ただ静かに花々と向き合いたかった。


だが、そこにはすでに先客がいた。


深紅の夕陽が空を染める中、城の庭園に一人の青年が立っていた。


細身で、銀の衣をまとい、腰には戦士の剣。しかし、剣の主はベルティーナに気づいても姿勢を変えることなく、ただ静かに花を見つめていた。


「あなたは私の庭園で何をしているの?」


思わず問いかけると、彼はゆっくりと振り向いた。


「“私の庭園”と言うなら……君がベルティーナ王女?」


ベルティーナは頷く。


男は軽く肩を竦めると、どこか気だるげに言った。


「君の母上が『ここで休め』って言うから、少しばかり楽しませてもらったよ。ありがとう」


そう言って、立ち去ろうとする男にベルティーナは思わず声をかけた。


「あなた、会談にはいらっしゃいませんでしたね?」


男は足を止め、再びこちらを振り向く。


「……ああ、僕は付き添いで来ただけだからな。正直、あんまり来たくなかったんだけど、レイがどうしてもってうるさくてさ。仕方なく、ってやつだ」


レイ?


ブルの世界の最強女戦士、レイ・バストーレのこと?


だとすると――。


「あなたが……ブルの世界の、もう一人の戦士……ユウ?」


男――ユウは、わずかに口元を緩めて言った。


「そうだよ」



ブルの地球は、励起導破戦争が始まって以来、千年間、無敗を誇ってきた。


数え切れないほどのラナイの勇者たちが挑み、そのすべてが敗れ去った。しかし、その苛烈な戦いの代償として、今やブルの戦士は二人しか残っていないという。


レイと――ユウ。


それでも、二人は最強の無敗の戦士として恐れられている。


ベルティーナの記憶にかつての会談で見たレイ・バストーレの姿が脳裏に蘇る。


彼女の瞳はまるで宝石のように輝き、その奥には揺るぎない意志が秘められていた。


私と同じ年頃のはずなのに、他の地球の戦士たちの鋭い視線を浴びても微動だにせず、眉一つ動かさず、ただ静かに座していた。その強靭な精神は決して揺らぐことなく、自らの意思を貫き通していた。


そして、その威厳に満ちた美しさは、何者も敵わぬほどだった。


――そんなレイの姿を思い出しながら、目の前のユウを見てベルティーナは溜息をついてしまった。ユウは苦笑した。


「……あ、ごめんなさい」


彼女は申し訳なさそうにユウを見つめた。


「いや、いいんだ」彼は肩をすくめて笑った。「みんなレイを見たあと僕を見ると、大体同じ反応をする。でも、僕はレイみたいにはなれないからなあ」


ベルティーナ王女の表情が曇る。


「そんなことはないと思いますよ。貴方のスクエア・リムに裂けない敵はいないと聞いています」


ユウは表情を変えない。彼はもう何度も同じ言葉を聞いてきた。


「そりゃあ、あれはサイクル・リングを最も効率よく使うための技だからね。当たれば、大抵の敵は消滅する。でも、素早く動ける相手にはまったく通用しない。例えばレイなら、簡単に避けてしまう」


王女の視線が一瞬揺れる。それは比べる相手が悪すぎるのではないか――とベルティーナは思った。


「だから、いつもレイが相手を動けなくして、僕がとどめを刺す。そもそも、レイがいなかったら僕の技なんて無意味なんだよ」


ユウは少し視線を落とし、ぽつりと続ける。


「ところで、ベルティーナ王女こそ聡明で、『真空の瞳』を使う。戦士としての技量も、ラナイの国で最強だってレイが言っていたよ」


王女の表情が微かにこわばった。


……どうして、彼女はそんなことを?追放された姉のヴェナレートならわかるけど。


彼女はまだほとんど戦場に赴いたことがないはずなのに、レイはなぜそこまで知っているのか?


その疑問が浮かんだ瞬間、ベルティーナは改めてレイの恐ろしさを思い知らされた。


王女はふと視線を逸らした。


もしかすると、いずれ敵として戦うかもしれない相手と親しくなるのは気が重かった。


そんな彼女の心を読んだかのように、ユウはぽつりと呟いた。


「いつもレイに怒られるんだけどさ……僕は、こんなに長く戦争のための戦争を続ける意味がわからない。僕たちの世界は、すでに結創造を終えているのに」


ベルティーナは予想もしないその言葉に目を見開いた。


「それは……力を蓄えなければ、いつか滅ぼされてしまうから……」


戦士らしからぬユウの言葉に、彼女は戸惑いを隠せなかった。


ユウは、乾いた笑みを浮かべた。


「レイと同じことを言うんだね? 他のみんなと同じことを言うんだね? 君も」


ユウは王女に背を向け、静かに歩き出した。


そして、後ろを向いたまま語り続ける。


「ねえ、王女。君はレイがなぜ強いか知っているかい?」


彼女は黙ってユウの言葉を待っていた。


「彼女はね、1の力には100の力で穿ち、100の力には1000の知略で対する。最初から絶対に勝てる戦いしかしないんだよ。そんな力でする戦いを、必ず勝つ戦いしか見てこなかった僕は……本当に、もう嫌なんだ」


ベルティーナは何も言わず、ただユウの背中を見つめていた。


「僕たちブルの世界には、もう数百人しか人がいない。守るべきものがなくなり、ただ力だけを溜め込んでいく……みんな、その先をちゃんと見つめているのかな?」


王女は、返す言葉を持たなかった。


けれど、僕の言葉が彼女の何かに触れたことは、確かだった。


「……聡明なベルティーナ王女には、たわごとだったね。忘れてくれ。みんなと同じように――呼吸するように、乾いた喉に冷たい水を流し込むように、人殺しを続ければいい」


そう言い残し、ユウはゆっくりと去っていく。


王女の瞳が揺れていたことに、ユウは気づいていただろうか?


たとえ彼女が忘れようとしても――彼の言葉は、確かに彼女の心に(ことわり)を正す種を植え付けたのだ。


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