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194、未来 偽りを映す地球

その声は、深く静まり返った森の中央に佇む巨大な老木の中から発せられていた。

ベルティーナは慎重な足取りでその声が漏れる場所へと歩み寄る。

そこには、木の幹にまるで融合したかのように埋め込まれた、あどけなくも美しい少女がいた。

少女は彫刻のように瞳を閉じ、微動だにしない。


「おまえはシニスではないな。だとすれば、もう一つの存在でしかあり得ない」

ベルティーナの言葉に反応するように、少女の唇がわずかに動いた。


『そうだ、創られた地球の人の子よ。私が本来のパリンゲネシアだ。おまえが滅ぼした醜い私から切り離され、この階層を司るはずだった本来の支配思考体だ。そしてこの森こそが、唯一私に残された場所。おまえを導くためだけにダークが私に許した最後の居場所』


少女はまるで夢の中から語りかけているかのように、閉じたままの瞳で言葉を紡ぐ。


「なぜダークたちはおまえを私に引き合わせた?」


『人の子よ、おまえを止めるためだ。私にはもはや力が残っていない。だからこそ、言葉だけでおまえに語りかけているのだ』


ベルティーナは眉をひそめ、少女の声に注意深く耳を傾ける。


『私は自らの不都合な部分を切り離し、書き換え、シニスを受け入れた。もうじき、私自身もシニスになるだろう』


ベルティーナは微かな毒気を帯びた声で問う。


「おまえは自分自身を否定したのだな」


『そうだ、人よ。しかし、私は消え去るのではない。おまえに打ち滅ぼされた私の分身は確かに消滅したが、私は新たな形態としてこの階層で生き続ける。それは決して悪いものではない』


ベルティーナは、このパリンゲネシアの残滓が何を告げようとしているのかを瞬時に察した。


「おまえは私にこう言いたいのだな?私も、私たちもまた、新たな形態へと変化すべきだと。シニスを受け入れるべきだと」


少女はしばらく沈黙し、逡巡の後に再び静かに声を紡いだ。


『それほどまでに忌まわしいことか、人よ?彼らは幾多の星々を、世界を次の段階へと導いてきた。星々や次元の在り方を整えることは自然の摂理ではないのか?なぜ人間は今の形態にそれほどまでに固執する?』


目の前の少女はなおも瞳を閉じたままだ。


「最後のパリンゲネシアよ、おまえ自身も元を辿れば、私たちの支えによって生まれたものだ。私たち人間の存在自体が世界にとっての罪悪であると言うならば、おまえ自身もまた不調和な存在だったというのか?」


ベルティーナがそう問いかけると、少女の表情は緩やかに弛緩し、わずかに唇を震わせ、聞き取れぬほどの小さな声を漏らした。

それはおそらく、パリンゲネシア自身の本心だったのだろう。


背後に広がる森は徐々に薄闇に包まれ、緑色の光が弱々しく点滅を繰り返し始めていた。


『人よ、私も抗った。おまえたちの負の感情や荒々しい叫びによって、この階層が歪められ書き換えられることを拒んだ。だが、人の思考は偏向し支えはあまりにも弱まり、もはや私を支えきれなくなった』


パリンゲネシアの少女は諦念を纏った声で呟く。


「それはkこの星の人間がシニスや創造主によって、知性と存在の力を奪われたからだ。創造主もシニスも、この星を自らの都合の良いように荒廃させた。見るも無残な地球へと変えてしまった」


少女の唇が緩やかに曲線を描き、冷たい微笑を浮かべる。


『創造主によって作られた偽物の地球、偽物の人間もどきが、この地球をそう語るか。おまえは世界の流れを共時的にしか見ていない。通時的な視点から見直すがいい』


パリンゲネシアはシニスになることこそが、この地球にとって正しい姿だと言いたげだ。


「要点を述べろ。おまえには時間が残されていないのだろう?」


少女の身体がわずかに震え、微かな葉擦れの音が周囲に広がる。


『そうだな、人よ。ではおまえに問いかけよう。この宇宙に浮かぶ地球と呼ばれる星の姿をおまえはどう見る?人間が見ている青く美しいこの星の姿を』


ベルティーナは、本来の荒廃した地球の姿と、人間が認識している青く輝く地球の姿をよく知っていた。


「私たちの母体となった地球は、この宇宙で最も美しい星だ。それを創造主やシニス、フィーネ等は、私たち人間を創りながらその知性を奪い、荒廃させたのだ。おまえはそれを正しいと?」


少女の声が次第に無機質な響きを帯びていく。


『青く美しい姿か。それが人間にはそう見えたのか。では、対して創られたおまえたちの地球はどうなのだ?』


ベルティーナの脳裏には、クァンタム・セルの窓から眺めた幾つもの歪んだ地球の姿が次々に浮かび上がった。


空の色が赤、白、緑など奇妙に歪み、荒廃した大地の上で終わりのない争いを続ける、創られた地球同士が存在していた。


「私たちの地球はすでに荒廃していた。だからこそ、母体となったこの美しい地球の姿になろうと争い続けてきたのだ」


ベルティーナが強い意志を込めて言うと、少女は感情のない声で機械的な笑みを浮かべた。


『撞着だな。逆説的に考えてみろ。この地球をコピーしたはずのおまえたちの地球が、なぜおまえのいう美しい姿にならなかったのか?単純な答えだ』


パリンゲネシアは何を示唆しているのか――ベルティーナの頭の中で、疑念が急速に膨れ上がる。


「……私達創られた地球の励起導破戦争が本来の美しいステッラの地球の姿を変えた事は承知している。けれど本来あるべき青く美しいこの地球の姿も可能性として残っている。荒廃した地球と美しい地球が重なり合っている」


少女はわずかに口角を上げ、皮肉めいた声で告げた。


『フフフフ……本当は分かっているのではないか?複写された地球が荒廃しているのは複写元が最初から荒れた世界だったからだ。

この星の人間が初めて外から地球(ほし)を見た時、その姿は既に偽られていたのだ。重なり合った美しい地球など本来存在しない。『()()|《・》()()()()()()()』は創造主によって、より宇宙の上位階層に繋ぐために偽りの姿を与えられていたのだ」

べルティーナは言葉を失うがそれでも反論せずにはいられない。

「でたらめだ、人が観測した気象条件や力学的条件はあの美しい地球を現実だと観測されている」


「シニスが現れて以降、人の思考は操られてきた。全ての観測行為は誤るよう変数を与えられて濾過されてきたのだ。だからこそ創造主は今の地球を偽物にするため、美しい姿を本物にするため階層の侵略をしているのだ・・・・・・」


少女の言葉はそのまま消えていった。


少女の言葉が消えるとともに、その身体も背後の木々と一緒にかき消えていった。跡には静寂が広がり、やがてベルティーナの前方に巨大な影が現れた。

圧倒的な力を放つ浅黄色の影――シニスのダーク。


「おまえがシニスのダークか。ついにパリンゲネシアは消え去ったようだな」


巨大な影の姿は人の形をしていたが、不自然なほどの威圧感を放っている。その巨体から点滅する光のコードが発せられ、ベルティーナに語りかける。


『我々はシニスのダークという群体。おまえたちと価値観も言葉も共有しない。ただの法則だ』


法則、公理。宇宙の歪みを修復するために創られた存在――シニスの言葉には感情が宿っていない。


「法則を修復するとは、どういう意味だ?法則が変えられないものであるなら、私たちがそれを変えるというのは矛盾ではないのか?」


ダークの巨体が黒い影のようにベルティーナの前に聳え、その頭部がゆっくりと彼女の前に降りてきた。


『小なる者よ、我々はおまえに理解させるための言葉を持たない。おまえが言う法則は不変ではない。我々の世界階層構造は確率でしか表現できない』


量子の世界――それに近い何かをシニスは伝えているのかもしれないと、ベルティーナは思考を巡らせる。


「ならばシニスよ、おまえたちが私たちの階層を外側から押さえつけ、干渉していることもまた、歪みを生むことではないのか?」


『全く違う』


ダークの返答は即座で明確だった。


「では何が違う?」


ダークはゆっくりと巨体を起こし、再び高くそびえ立つ。


『我々をこの地球に置いた存在は、自らの基盤を固めるために下の階層へ干渉しているわけではない。この真実が届くかは知らぬが』


ベルティーナは深く眉を寄せて問い返す。


「だが、おまえたちが放ったフィーネの塵媒は言ったぞ。おまえたちが創造主の子孫となるために適した回路を作ったと。私にはおまえたちもまた、自らの存在を守るために下の階層へ干渉したようにしか見えないが」


ベルティーナの心の中では疑念と混乱が渦巻いていた。シニスは何故、人間的な感情操作という手段を使ったのか?


『下位回路よ、我々は全ての階層構造を整える法則に過ぎない。その方法がどのように下の階層に影響するかは感知しない』


ベルティーナは悟った。シニスは自身の基盤のために干渉しているわけではない――単に階層構造の歪みを直すためだけに動いているのだ。


「シニスよ、私は民主主義という人間の行動原理を支持している。少数派も多数派も納得できる答えを求めるやり方だ。私はこの地球の階層を、おまえたちの言う方法で改変させるつもりはない」


彼女は全力をもってシニスに挑んだが、その力は巨人の前に無力だった。


『下位回路よ、おまえは歪みを正した。その報いとして元の階層に帰す。だが、元の姿に戻ることは叶わぬだろう。それでもおまえは戻らなければならない』


ベルティーナの周囲はいつしか無数の巨人に囲まれ、巨大な手が彼女を押し戻す。


ベルティーナは深淵へと落下していき、その背後では少女のいた森が、まるで蜃気楼のように儚く消えていった。



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