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15. 現在 太陽の鞘

イタリア、フィレンツェにあるベルティーナの城。夕暮れの静寂の中、知的な装置たちが微かに光を放ち、ほのかな作動音とともに、主である ベルティーナ・ファラ・ラナイ を見守っているかのようだった。


彼女は ラナイ国 の女王。もともと17歳だったが、この地球に転創してからの肉体年齢は15歳。だが、その若さに似合わぬ威厳と、炎のような強い眼差しを持つ、美しく気高い少女だった。世界を守るために人々を束ねる、その使命を負った存在だ。


ベルティーナが玉座に座ると、いくつものスクリーンが前に浮かび上がり、映像が彼女を取り囲む。緑色の光が点滅し、敵の 幻無碍捜索 の範囲が広がっていく様子が映し出される。その光景を見つめながら、彼女は親友である 西園寺史音 の言葉を思い出していた。


「有城龍斗たちがいつ太陽の鞘を炙り出してもおかしくない。」


幻無碍捜索──それは、対象の形を失わせ、世界の構造を崩壊させる謎の力 シニス を塊にして空へ放ち、強い存在力を持つ者をあぶり出すもの。本来、シニスはベルティーナたちが忌避し、封じ込めるべきものだった。


だが今、その力を使っているのは 彼女の信頼する部下たち だった。


「私の未熟さが…」


胸の奥にざわつく感情を抱えながら、ベルティーナはふと気づくと、いつの間にか深い眠りに落ちていた──


***


過去の夢


それは、彼女の生涯を決定づけた記憶。


──ユウ・シルヴァーヌ。


運命の人であり、最愛の存在だった彼は、傷つき、今にも消えそうになっている。


「ユウを救わなければ…!」


ベルティーナは右手を伸ばし、サイクル・リング から血のように赤い光を放つ。それがユウを包み込んでいく。


「返して!ユウは私のもの!」


黄金の光をまとい、全身を震わせながら泣き叫ぶ レイ・バストーレ。彼女の心には、愛と憎しみが渦巻いていた。こちらへ近づいてくる。


「絶対に渡さない!貴女などに!」


ベルティーナの叫びが響く。


彼女はユウの 肉体を構成する情報 を切り離し、クァンタム・セルの窓 に送る。そして 存在力を顕在化 させ、それをさらにクァンタム・セルへと移動させる。これは転創ではなく、むしろ 流創 に近いかもしれない。それでも、彼の最後の願いを叶えたかった。


真っ赤な光に包まれたユウの体が、情報の波となって空へ旅立っていく。


レイはその方角を見つめ、崩れ落ちるように倒れ込んだ。


「……」


涙を拭うことなく、その場に打ちひしがれるレイ。そして、次の瞬間、彼女はベルティーナを 憎悪のこもった金色の光 で睨みつけた。


ベルティーナも負けじと、真っ赤な光 を放ち、睨み返す。


この瞬間、二人は 仇敵 となった──


***


ベルティーナは目を覚ました。


史音の呼び出し音が響く。


「ベル!太陽の鞘が破壊された!」


息を呑むベルティーナ。


急いでメインモニターを操作し、太陽の鞘の状態を確認する。124個のうち2つが消えている。


──それは、彼女がまだ 人間の良心を信じていた証 が裏切られた瞬間だった。


「史音、それがどういうことか分かっていますか?」


通信機の向こうで、史音が沈黙する。やがて、か細い声が返ってきた。


「…ベル、わかってる。太陽の鞘はそれぞれの地球を支える 太陽の繭 の基点。そこからエネルギーが供給されて、地球を照らす光となる。もし供給が絶たれれば、縮退圧に耐えかねた繭は崩壊し、世界ごと飲み込まれる…そうならなくても、光のない冷たい星になるかもしれない。」


太陽の鞘を基点とする慣性系が破壊される。そこに存在するすべての命も、物も、跡形もなく消え去る。


「…ベル、ごめんよ。アタシは、こんなことをしたかったわけじゃないんだ。こんなふうに世界を滅ぼすつもりはなかった。」


史音の声は、普段の彼女からは想像もできないほど震えていた。年相応の少女のように、今にも泣きそうな言葉を絞り出す。


彼女が望んでいたのは、人々が自らの意志で未来を選び取ることだった。世界がただ緩やかに終焉へと向かうのではなく、曖昧でもいい、進み続ける可能性を残したかった。それこそが、史音の言う「現存世界の破壊」の意味だった。


ベルティーナは静かに答える。


「史音、あなたが自分を責める必要はありません。これはすべて、私の甘さが招いたことです。責任は、私が負います。」


世界を統べる者は、その重みを背負わねばならない。それが当然の務めだった。


「史音、破壊された場所の近くにも、まだ太陽の鞘があります。なのに、なぜか敵の捜索はそこから離れた場所で行われている。その理由が分かりますか?」


史音は少し間を置き、慎重に言葉を選びながら答えた。


「これはあくまでアタシの推測だけど……多分、ベルが言っていた結創造された世界や、それに近い太陽の鞘は破壊されにくいんだと思う。世界とのつながりが強固になり、鞘が余剰次元に食い込んでいて、敵の攻撃では簡単に壊せない。そう考えるのが、一番筋が通る。」


ベルティーナは目を閉じ、深く息をつく。


――覚悟を決めなければ。


彼女の判断が、無数の命の運命を左右する。世界を束ねる者として、その責任を負うのは自分だ。


史音の推測が正しいなら、ベルティーナやユウ、レイが生きてきた世界は、遥か昔に結創造を終えている。そして彼女が知る限り、結創造を達成した世界は十二。だが、そのほとんどが争いを続け、不安定なままだった。


「史音の準備は、どこまで進んでいますか?」


「奴らと戦うための道具と算段は、ほぼ揃った。ベルの力も借りるよ? それに、修一とベルが推薦した奴が合流すれば、作戦開始だ。こんなことをした奴らを……そのまま野放しにはしない。」


史音の声には、揺るぎない決意が滲んでいた。


世界の空を染める青白い閃光!


世界中の空で、青白い爆発が観測された。白い帯となって天空に広がり、目撃した人々の間に不安が広がる。やがて、その情報はインターネットを通じ、あらゆる言語で瞬く間に世界へと拡散された。


画面に映し出されたのは、一人の男。彼は無表情にカメラを見つめ、静かに語り出す。


「――全世界の皆さん。今、空で起きている現象に、どうか恐れを抱かないでほしい。」


彼の声は冷静で、どこか冷ややかだった。


「あれは、僕たちの地球から多くを奪ってきた“他世界”への報復だ。一部の科学者は他世界からやって来て、僕たち、この星に生きる者を欺き続けてきた。そして、僕たちの世界は彼らに搾取され、もはや黄昏の時を迎えている。この星の寿命は、放っておけばあと数十年……。」


彼は少し間を置き、ゆっくりと言葉を続けた。


「だから僕たちは、この地球に対する他世界からの簒奪を止めさせる。今、空で起こっているのは、他世界の寄生虫を排除するための“浄化”だ。我々は『地球を守る教団』。この美しい星を守るために、必要な戦いをしている。」


そう語る男――在城龍斗は、画面の向こうの人々を冷たく見下ろしていた。


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