165、未来 励起導破戦争Ⅱ ~ベルティーナの恋の物語
ベルティーナはゆっくりと語り続けていた。最初のうちは苦しげだった声が、次第に穏やかになり、それでも彼女の表情には痛々しい影が残っている。
──フライ・バーニアで交わした約束。
私とユウがこの地で密かに誓ったこと。それは、兄との戦いをユウ一人で行うこと。そして、その代償として、我が王家に伝わる 「ラナイの盾」 をユウに貸し与えること。
ただし、絶対に兄を殺さないこと。戦争をこれ以上続けないこと。
──その約束のもと、ユウは兄バーナティーと対峙した。
兄は善戦したものの、ユウの策略に敗北した。
傷ついた兄は己の世界へと戻った。そして、私の裏切りを知り、怒り狂った。だが、その頃には私は 女王 となり、自国の統治をほぼ終えていた。
私は怒れる兄を ラナイの国から追放した。
──けれど、本当は殺してしまえばよかった。あんなことになる前に。
◇
追放された兄バーナティーは、ユウとレイの故郷である 「ブルの地球」 へと向かった。
そして、敗北と喪失に苛まれる レイ に囁いた。
「お前のパートナーは、お前を裏切った。ユウは私の妹と結託し、二つの世界を支配しようとしている。
さらに、残された世界すべてを手中に収めるつもりなのだ。
その呪われたラナイ王家の血に、ユウは取り込まれた」
本来のレイならば、ユウがそんなことを望むはずがないとすぐに見抜けたはずだ。
しかし、敗北と孤独に沈んでいたレイは、兄の言葉を信じるしかなかった。
塵媒にとり憑かれてもいた。
いや── 信じたいほどに、絶望していたのかもしれない。
ブルの女戦士たちの 不文律 、フィーネの 塵楳 が、レイの心を浸食する。
そして レイは兄バーナティーを愛すると決めた。
彼女の中に生まれた暗く歪んだ愛情は、もはや誰にも止められなかった。
私は何も知らず、ただユウから ラナイの盾 を返してもらうため、ブルの地球を訪れた。
そこで初めて、 レイと兄が結ばれていたことを知る。
──私は、レイに勝てるはずがなかった。
彼女は、すべての世界の中で最強の戦士。
ラナイ王家の血を引く私ですら、レイの前では ただの無力な女王 に過ぎなかった。
死を覚悟した私を、救ったのは ユウ だった。
ユウが私を助けた瞬間、 レイの怒りが爆発した。
彼女の黄金のサイクル・リング が光を帯び、ユウの 白銀のサイクル・リング と衝突する──
そう思った。
だが、ユウは戦おうとはしなかった。
レイを深く傷つけたことへの 呵責 。
その苦しみは、彼の心の奥深くまで染み込んでいた。
しかし、レイは容赦しなかった。
彼女は アクア・クライン を掲げ、私に狙いを定めた。
── ユウは私を守るため、禁断のサイクル・リング委譲を発動した。
その代償として、 ユウは完全に無防備になった。
そして、レイの刃がユウの体を貫く。
ユウは 致命傷 を負った。
そこへ、復讐に燃える兄バーナティーが襲いかかる。
彼は、死にかけたユウをさらに嬲り続けた。
── だから、ユウから譲り受けた、サイクル・リングの力を授かった私は兄を討った。
ユウの傷は深かった。
私の力をもってしても、ユウの命を救うことはできない。
そんなユウを、 無感情に見つめるレイ。
怒りが私を支配した。
「ユウが貴女を待っていた場所には、
君とユウのサイクル・リングが揃って初めて起動する 『セル・バーニア』がある。
ユウは、貴女とともに行くはずだったのに── 」
しかし、 もう遅い。
私は、ユウをレイから 永遠に引き離すことを誓った。
──その瞬間、 レイの表情が消えた。
彼女の中にあった 嫉妬 が、彼女自身の感情を止めたのだ。
ユウは、 最後の言葉 をレイに残す。
「君を傷つけてしまって、ごめん……」
レイの膝が崩れ落ちる。
彼女は両手で顔を覆いながら、 絶望の叫びを上げた。
私は、死にかけたユウを クァンタム・セルの窓 から転創させた。
── このステッラの地球へ。
しかし、ユウの 知成力 は既に衰えていた。
完全な転移創造など、できるはずがない。
── それでも、私はユウをレイのもとへ戻すことを許さなかった。
彼を傷つけたレイを、 私は絶対に許さなかった。
こうして、ユウは 不完全な転移創造 の果てに、貴方の姿を得た。
──それでも、レイは ユウを追ってこの世界に転創してきた。
そして 私も、貴方を追った。
すべてを語り終えたベルティーナの瞳から、 一筋の涙 がこぼれ落ちた。
しかし、それは ひとすじの涙ではなかった。
まるで 途切れることのない糸の滝 のように、静かに流れ続ける。
「私はユウを利用した。
レイを敵に回したのも、私の責任。
でも、どうか信じて。
それでも、私は本当にユウを愛していた。
それに……貴方も。
ユウとは違う貴方も、愛していたの。
だって、 私が創った貴方だから。 」
ベルティーナは、 子供のような無垢な笑顔 で、 大人びた言葉 を紡いだ。
「もう私には何もできない……暴走した力は、私を蝕んでいくだけ。貴方の苦しい人生を創った私の、当然の報い……」
ベルティーナの言葉が、一つ一つ侑斗の胸を突き刺していく。前世で犯した罪の数々が、今になって重くのしかかるようだった。
自分は、ただ自分に惹かれる女性を都合よく利用しただけの最低の男だったのではないか。そう思うと、侑斗は項垂れ、ベルティーナから目を逸らした。
無意識に視線を優香へと向ける。彼女は侑斗の椅子の背に手を伸ばしたまま、ベルティーナをじっと見つめていた。その瞳には、怒りとも哀しみともつかない、複雑な感情が揺れている。
「そんなことがあったんだね、ベル……私は知らなかったよ」
静かに、しかし確かな響きを持って、優香が言葉を紡ぐ。
「私は自分が創られた後、何が起こったのか知らない。でも、ユウ・シルヴァーヌが完全な男性になったとき、こうなることは予想できたはずだ。醜い男性の性が己の存在を守ろうとして、ベル……貴女に転創を頼んだんだと、ずっと思っていた。だけど――」
優香は侑斗を見つめ、その両腕を掴んだ。俯いていた侑斗の顔を上げさせ、真っ直ぐに目を覗き込む。
「だけど、貴女が創った彼は、私の過ちを覆した。私が受け継いだユウ・シルヴァーヌの記憶には、彼の転創に関するものがなかったの」
その言葉に、侑斗の胸がざわめく。
優香がユウ・シルヴァーヌの本体ならば、なぜ彼が自分を残したのか分からないはずがない。それなのに、彼女は理解していないようだった。
ベルティーナが静かに息を吐き、目を閉じる。
「それは……貴女が生まれる前には、理解できない男性としてのユウの判断があったから。私も三年前にようやく、それが分かった。でも、もし貴女に会う前に彼に会っていたら……私は、葛原澪のようにすぐに判断できたかもしれない」
ベルティーナの声は、どこか遠くを見つめるように静かだった。しかし、その言葉には確かな決意が滲んでいる。
「さあ、優香。今こそ、貴女のルーツを話してください」
彼女は優しく、しかし抗えない力を持って優香を促す。
「それを聞いた後で――侑斗、ユウの意思を、最後に語りましょう」