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163、未来 転移創造II

斗は正面に姿勢を正してベルティーナを見つめていた。その背後では、優香が彼の座る椅子の背面上部をしっかりと握り、真っ直ぐベルティーナを見据えている。空間は静寂に包まれ、彼らの視線だけが交錯する。


――ああ、ユウ。貴方のすべてが私の前にある。


ベルティーナが静かに口を開いた。


「私たちの生まれた地球は、この元となった地球の情報を基に、およそ一万年前に創られました。偽られた史実では、当時の古代文明が光速度の限界を打ち破り、恒星間航行を実用化するよりも、重力子を用い、余剰次元に満ちた膜宇宙の中に新しい世界を創る方が現実的だったため、創造主がその手を下したとされています。しかし――」


彼女は一度言葉を切り、深く息を吸い込む。その翠色の瞳はどこか遠く、過去を映しているようだった。


「真実は異なります。宇宙の彼方から来たのか、それとも余剰次元の彼方からやってきたのかも分からない、私たちの価値観とはまったく異なる存在……彼らによって、この世界は作られました。彼らの目的のために創られた仮想世界。それが、このステッラの地球の上空に浮かぶ無数の太陽の鞘を通して、現実とつながり、人々から知成力を奪っていたのです。そして、私たちの偽物の地球が千にも及ぶ数で誕生しました」


優香は静かに目を閉じ、ベルティーナの語る言葉を受け止める。侑斗もまた、零や修一から漠然と聞いていた話の輪郭が、徐々に鮮明になるのを感じていた。


「まず、太陽のエネルギーを利用し、余剰次元に浮かぶ仮想空間が開かれました。その後、この地球の北極上空にある“クァンタム・セルの窓”から、個々の基本弦の振動情報を重力子に乗せ、創られた地球に送り込んだのです。有機物の情報も、無機物の情報も、すべて、人間が営みを続けるのに必要な情報でした。これらの情報は、やがて太陽エネルギーによって物質化され、曖昧ながらも、このステッラの地球に近い存在へと変化していった。そして、“クァンタム・ワールド”が生まれたのです。これこそが、創造主による“生起創造(せいきそうぞう)”」


ベルティーナの声が静かに響く。まるで世界そのものが、彼女の語る物語に耳を傾けているかのようだった。


「しかし、無数に創られた地球のうち、完全に安定したものはほとんどありませんでした。創造されてから二百年余りの間に、その九割が形を保てず、仮想膜ごと消滅していったのです。その理由は単純でした。世界を形作るのは四つの力だけではなかったのです」


侑斗は息をのんだ。ベルティーナの言葉が鋭く、核心を突いているように感じられた。


「ミクロの世界、確率の海の中で物を形作るには、長期間にわたって“認識する力”を持った者が、それに“存在する力”を与えなければなりません。このステッラの地球は四十六億年にわたる歴史の中で、強い“存在する力”を与えられ続けてきました。だからこそ、人間の認識力や、それを強化した知成力を必ずしも必要としなかったのです。しかし、私たちの創られた地球は、決定的に“存在力”が欠けていました」


ベルティーナは手元を見つめ、右手の指先で自分の手のひらを軽く撫でる。


「それを補うため、創造主はステッラの地球から存在力を奪い、“パールム”という存在力の結晶体を作り、それを閉鎖された虚数空間に封じ込めました。そして、それをいくつも創られた地球に撒いたのです。」


優香の目が細められた。まるで、その言葉の先にある真実をすでに知っているかのようだった。


「しかし、私たちの地球を完成させるために、存在力を持つ“パールム”を巡る争いが始まりました。数十万年にわたり、創られた地球同士でパールムを巡る戦争が起こったのです。そして、最後に訪れたのが――“励起導破戦争(れいきどうはせんそう)”」


侑斗は身体を強張らせた。その名は聞いたことがあった。かつて、最も苛烈な戦争だったとされるもの。


「この戦争に参加した地球は三十七。すべてが、クァンタム・セルの窓を通じ、このステッラの地球の“フライ・バーニア”から敵の地球へと侵攻し、パールムを奪い合ったのです。その奪い合う行為がステッラの地球から存在力を奪わせたのです。パールムはその為の種でした。」


ベルティーナの言葉には、静かな怒りと哀しみが滲んでいた。


「クァンタム・セルの窓を通って敵地に乗り込む――これこそが“転移創造”です。転移創造は、クァンタム・セルの窓の岸辺に押し寄せる量子の海の泡、“セルポッド”を用いて行われました」


彼女は指を絡めるように握りしめる。


「セルポッドは、余剰次元に漂う、高次元の閉じたひもで構成された泡。量子の海の中でしか存在できないもの。そして私も、葛原零も、優香も、侑斗……貴方も、こうしてこの地球に“転創”されたのです」


ベルティーナの語る世界の真実が、侑斗の胸に深く刻み込まれていく。


「すべては、転移創造によってもたらされたもの。そして、私たちはその渦の中にいる」


侑斗は、目の前のベルティーナを見つめた。彼女の言葉の重みが、今までにないほど深く心に響いていた。


「私と優香、葛原零は転移創造してこの地球にやってきました。そして侑斗、貴方と彼女の分身、木乃美亜希さんは微かなベクトル情報だけを与えられて流転創造されました」


ベルティーナの言葉がようやく自分に関わる部分へと差し掛かる。その瞬間、侑斗はさらに真剣に耳を傾け、彼女の声に全神経を集中させる。彼の目は、言葉を紡ぐベルティーナの表情に焦点を合わせ、次第にその言葉が持つ重みを感じ取っていった。隣で優香は、まるでその場の空気と一体化したかのように動かず立ち尽くしている。彼女の背中が静かに、しかししっかりと地面に根を下ろしているのが感じられる。


ベルティーナは一度、語りを止める。深く息を吸い込み、少しだけ目を閉じる。その姿には、語らなければならない過去の重さを感じさせる何かがあった。そして、再び静かな声で言葉を続ける。


「励起導破戦争末期、私の地球やレイ・バストーレの地球は、すでに十分なパールムを得て、ステッラの地球に近い存在力を持っていました。つまり、私達の地球は結創造を終え、完成を迎えていたのです。しかし、それでも戦争は終わらなかった。」


その言葉に、まるで時間が止まったかのような静けさが広がる。周囲の空気が一層重く、暗く感じられる中、ベルティーナは過去を振り返るように続ける。


「その戦争末期に、最初に疑問を抱いたのが私の姉、ヴェナレートでした。完成した私達の地球に、なぜまだステッラの地球から存在力を奪い、衰えた人々から知成力を絞り取っているのか。その理由が、姉には全く理解できなかったのです。結創造を終えて、なぜ人々に争いをさせ続ける創造主の意図がわからなかったのでしょうか。やがて姉は、人々の感情を操る塵楳の存在に気付きました。」


ベルティーナはまた言葉を切り、目を伏せる。その沈黙が、まるで痛みを伴っているかのように感じられた。しばらくしてから、彼女は冷徹な表情で言葉を繋げる。


「けれど、創造主が残した塵楳に対処しようとした姉は、早々にその力に押し潰され、ラナイの国を追放されました。最終的に、塵楳すらその身に取り込んで、魔女になってしまったのです。」


その言葉を聞いた後、空気がさらに重く感じられる。暗い歴史が静かに流れているのを感じながら、ベルティーナは再び話し始める。


「姉はブルの戦士二人に倒されました。その後、更に世界に疑問を持ったのが、姉を倒したブルの戦士の一人、ユウでした。初めて彼が私に会った時、ユウはこう言いました。」


ベルティーナは少しだけ口元に苦しげな表情を浮かべ、語る言葉に静かな重みを込める。


「『戦争のための戦争をするこの世界が理解できない』と。」


その言葉は、侑斗の胸に何かしらの衝撃を与えたようだった。彼の表情がわずかに変わり、深く考え込むような眼差しを向けた。一方、優香の顔には微かな変化も見せず、ただ冷静にその言葉を受け止めている。


ベルティーナはその後、語り続ける。


「侑斗、優香。あなた達の転創前の姿であるユウ・シルヴァーヌが、創造主たちの意図をもう一度読み解こうとした。そして、彼を抹消するために創造主が動き始めたことが、今私達がここにいる悲劇の元となったのです。ユウとレイの悲劇の物語が、ここから始まったのです。」


静かな空間に、ベルティーナの言葉がしんと響く。その響きは深く、心の奥にまで届くようで、誰もがその重みを感じ取った。



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