14. 現在 滅びを魅せて、救いを売る
地下都市プルームの岩戸。
コントロールルームのモニターが薄暗い部屋を淡く照らしている。有城龍斗は冷たい金属の椅子に腰掛け、部下から報告を受けていた。
「羅沙が日本で、例の女と争い、彼女に存在を消し去られたようです。」
龍斗は溜息をついた。
信者たちを軽蔑しながらも、内心では苛立ちを募らせる。
「僕の命令が徹底されなかったようだ。力を持つと人間は自分が特別な存在になったと錯覚する。力が正義だというのは、哀れな勘違いだ。」
そう呟きながら、彼はモニターに映る天空へと意識を向けた。
「僕の与えた弛緩糸で他我の種を束縛し、力で敵の存在を曖昧にし、形を消す。その方法が有効なのは、自分の意思で自分を肯定できない人間だけだ。そして力を持つと、自分は正しいと思い込む。くだらない……何よりも……力の上限に果てはない。沙羅ごときが彼女に敵うわけがない。」
傍らに立つフィーネ・クローゼルが、不満げに口を開いた。
「尊師様、弛緩糸やシニスの自己破壊操作で人を操れるのには限界があることを信者達に解らせるのは無駄です。今は小さなことにこだわっている場合ではありません。女王は、もしかすると私たちの計画を破綻させる術を持っているかもしれません。」
彼女にしては珍しく、多弁だった。何を考えているのか分からない、不気味な女だ。
龍斗は静かに頷く。
「君は女王のことをよく理解している人間のひとりだ。君がそう言うのならば、そうかもしれない。」
女王ベルティーナには、西園寺史音という天才少女がついている。
龍斗は焦燥を覚えた。史音の行動は、時に彼の予測を超えてくる。
「尊師様、貴方の下に人が集まったのは、女王の理想があまりに非現実的だからです。この地球が滅びるまで、あと21年ほど。女王は確かに破滅の予兆を一つずつ消していますが、所詮は対処療法です。女王の理想が現実となるのは、あまりに不確かです。」
フィーネの言葉を聞きながら、龍斗は決断を下した。
地球を救うためには、何を犠牲にするべきか——その答えを出す時が来たのだ。
◆
その時、ドアが開いた。
二人の信者に連れられた男が、激しく抵抗しながら引きずり込まれてきた。
「私たちのことを嗅ぎ回っていた情報屋です。放置しておくのは危険だと判断し、拉致しました。」
「おまえら、拉致は犯罪だぞ!」
男は叫んだ。
「俺はお前たちが非合法な手段で危ないものを仕入れているのを見てきた!口封じをしようとしても無駄だ!俺の調査内容は、いつでも世界中に公表される仕組みになってる!」
「なるほど……。」
龍斗は冷静に答えた。
「僕が部下たちの無礼を詫びよう。しかし、なぜ僕たちがこんなことをするのかを知ってほしい。」
ゆっくりと両手を広げると、その右手に滅びかけた地球の姿が浮かび上がる。
「これが本当の地球だ。崩壊しかけた世界だ。このまま放置していいと思うのか?」
「なんのマジックだ!?何をしてるんだ……!」
男は恐怖に震えた。
「こちらが本来あるべき美しい地球の姿だ。」
今度は左手に、輝く未来の映像を映し出す。
男の目が大きく見開かれる。
「僕たちは、この崩壊した地球を美しい星に戻すために活動している。協力してほしいんだ。」
そして、崩壊のイメージが男の周囲を覆い尽くしていった。
「嫌だ!こんな世界は嫌だ!」
龍斗は薄く笑う。
「そうだろう?ならば、僕たちに協力してほしい。あなたは情報を売っている。この真実を世界に伝えてほしい。」
男は恐怖に震えながら、ゆっくりと頷いた。
——人を操るのは簡単だ。恐怖を与え、救いを示せば、ほとんどの人間は言うことを聞く。
彼は内心、その欺瞞を理解していた。
◆
「さて、準備はどうかな?」
龍斗が問いかけると、フィーネは力強く答える。
「女王の次元遮蔽はもう機能しません。今すぐにでも計画を実行できます。」
「ストレージ・リングを発射台に移動してくれ。」
フィーネは背筋を伸ばし、コンソールへ向かう。
「太陽の鞘の発生が見込まれる300の空間へ、フォース・リングを発射します。」
龍斗は満足そうに頷いた。
「これは、我々『元地球』から彼らに対する初めての攻撃だ。他の地球の簒奪者に思い知らせてやる。」
そして、マキシマーの籠を乗せたストレージ・リングは、空に浮かぶ裂け目へと向かって発射された——。