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155、未来 亜希と史音

次から次へと現れるフォトスの幻怪人を、ハルカは両腕を振るい、かき消すように追い払っていた。

その腕から放たれる銀色の輝きは一向に衰えを見せない。しかし、地の底から湧き上がるかのように、フォトスの怪人は次々と姿を現し、まるで終わりがなかった。


「先輩、こっちの道に来て! きっと零さんが何とかしてくれる!」


彰が必死の形相で叫ぶ。だが、ハルカはその声にすぐには応えず、冷静に戦況を見つめていた。


「彰、フォトスもパリンゲネシアも、このBWゾーンの源である葛原零と女王ベルティーナへ続く道を探している。一度捕らえられれば、次は彼女たちへ直接攻撃を仕掛けてくる。私たち霧散師(むさんし)は、このBWゾーンに侵入してくるやつらを排除しなきゃならない……だが、確かにこれはキリがないな」


ハルカは軽く溜息をつきながら、地面から這い上がろうとする怪人の顔を、銀色の光をまとった足で踏みつけた。鈍い破砕音が響き、怪人は光の粒となって霧散する。


だが、それでも怪人の群れは減る様子がない。どこまでも続くかのように、影が揺らめきながら湧き出していた。


「まったく、面倒くさいな。私は師匠のカラナ・ソーリアみたいに真面目じゃないし、怠け者だからな。それに、結構卑怯者で性格も悪いんだ」


そう呟くと、ハルカは怪人たちの間へと両腕を突き出した。すると、彼らの背後に白く輝く穴が開き、その中からまばゆい光が漏れ出す。


「先輩……何をしたんだ? あれは……パリンゲネシアの……?」


彰が驚きに目を見開く。


穴の中から、緑の翼を持つ少女たちが大量に降り注いでくる。その美しさとは裏腹に、彼女たちの瞳はつり上がり、表情は冷たく無機質だった。


次の瞬間、彼女たちはフォトスの怪人たちへ一斉に襲い掛かった。


「私たち霧散師は、フォトスにもパリンゲネシアにも自由に出入りできる。そして世界に穴を開けることも可能だ。うまくいったな。さて、好きなだけ殺し合ってくれ」


幻怪人と幻妖は、互いに激しくぶつかり合い、光と闇の閃光が交差する。やがてどちらも滅び、最後には何も残らないだろう。


「さあ、彰。遅くなったが、私を葛原零のもとへ連れて行ってくれないか?」


彰は迷いながらも頷いた。琳とともに歩き出すハルカの背中を見つめながら、かつての彼女を思い出す。


かつてのハルカは、すべてを悟ったような表情を浮かべていた。しかし、今の彼女は違う。かつて彼女を縛り付けていた鳳一族の糸は、もう存在しない。彼女はすべてを自らの意思で動いていた。


それが以前より良いことなのかどうかは、彰には分からない。


「君たちの友人、木乃美亜希がパリンゲネシアに捕らわれている。そして最後の枝の神子、西園寺史音も同じくだ。二人を救い出すために、葛原零と橘侑斗の力が必要だ」


その言葉に呼応するように、ハルカが開いたパリンゲネシアの空間のすぐ脇から、二人の男女が姿を現した。


「相変わらず手際がいいですね、ハルカ」

「相変わらず卑怯者で怠け者だな、ハルカ」


落合美沙(おちあいみさ)氷鉋一矢(ひがのかずや)が、深いため息をつきながら現れる。


彼らはかつて力を奪われた枝の神子の成れの果てだった。霧散師ではない。


霧散師は、カラナ・ソーリア=椿優香と鳳ハルカを含め、BWゾーンにわずか数人しか存在しない。


地球の力を借りず、知成力のみで自身の力を操り、より多くの世界へと干渉できる能力を持つ者。それこそが霧散師であり、その数は極めて少ない。


椿優香は、選ばれた者にのみ霧散師の力を分け与えてきた。


そして今、ハルカとカラナ・ソーリア以外の霧散師たちは、パリンゲネシア側の幻妖と戦い続けている。


戦いは続く。


光と闇が交錯するこの世界で、彼らの運命もまた、交差し続けていた。




「おーい、亜希さんや、まだルートにつながる枝は見つからないかな?」


史音は腕を頭の上で組み、気楽そうに問いかけた。その姿はまるで散歩を楽しんでいるかのようで、亜希の苛立ちを誘う。


「あのねえ、史音ちゃんや、何度も言ったように私の力はこの世界では使えないんだよ。そもそもこの世界って宇宙と繋がってないでしょ? 声の力は、声が届かない場所では使えないんだよ」


亜希はため息交じりに言いながら、史音を見上げた。彼女は自分より背が低いが、妙に存在感がある。風が吹き抜ける大地の上、二人は広がる虚無のような空を見上げた。


銀河の声の力。それは亜希自身にも理解しきれない神秘だった。ただ、それが彼女に宿っていることは、零や侑斗、彰、琳、松原洋、椿優香、そして西園寺史音といった限られた者しか知らない。


毎日、亜希は膨大な時間を費やし、地球の枝を辿っていた。幻妖を生み出している枝を探し、この閉ざされた世界からの出口を求めて。


「それならさあ、あんた葛原零の分身だろう? そっちの力でなんとかしろよ」


史音の言葉に、亜希は最後の枝を掴みながら首を振る。そして、静かに地球の大樹から降りてきた。


「史音ちゃん、私を買いかぶりすぎだよ。この世界から出る道を見つけるのは無理だよ。それにさ、その天才頭脳でなんとかしてよ」


亜希が降りようとする腕を、史音が掴む。


「天才でも物理の法則は変えられない。アタシは魔法使いじゃないんだよ」


史音に引っ張られ、亜希は足元の大地に降り立つ。常人の数倍の体力を持つ彼女だが、精神の疲労はどうにもならなかった。


「亜希は帰りたくないのか? 葛原零や侑斗のところに」


史音は腕を腰の後ろで組み、真剣な目で問いかけた。


「そりゃあ帰りたいよ。だって此処には私と史音ちゃんしかいないじゃない」


この世界は静かすぎる。地球は亜希を呼び、その代償に永遠の命を約束した。しかし、そんなもの、亜希には不要だった。


「ええとさ、前に椿さんがここへ来たよね。霧散師とか言って。どうして外へ連れ出してもらわなかったの?」


亜希の問いに、史音は唇を噛み、一瞬沈黙する。


「優香の奴がこの三年間、何をやっていたのかは分からないがな。霧散師はこちらの世界に入ることはできる。でも、ここにいる者を生きたまま連れ出すことはできない。それが妥当な推測だろう」


二人は白く輝くパリンゲネシアの大地を歩き、自分たちの家へと向かう。宙には妖精のような幻妖たちが舞い、まるでメルヘンの世界のように美しい。しかし、それはただの幻想だった。


地球の大樹が生み出したこの世界には、変化がない。時間が流れず、ただ存在するのみ。それは本来、人間のために創られた場所ではなかった。だからこそ、普通の精神では到底耐えられない。


亜希と史音が自分たちの家に辿り着くと、人の背丈ほどもある天使のような幻妖たちが、無言で食事の支度をしていた。彼女たちの動きは滑らかで、まるで空間そのものに溶け込んでいるかのようだった。彼女たちが作る料理は一見すると豪華な宴席のように見えるが、どれも味がない。それでも仕方なく、亜希と史音は席につき、淡白なパンを手に取った。


「ねえ、史音ちゃんは地球に選ばれてここに来たんだよね? 私はどうしてここに来たのかな?」


亜希はパンをかじりながら問いかけた。史音は淡々と食事を咀嚼しながら、視線を上げる。


「そうだな……まず、亜希は声の力のせいで塵楳(じんばい)を受け付けないだろう? その辺はアタシと同じで、パリンゲネシアに呼ばれる条件に適っていた。それに、おまえは二度もその力で世界を再生した。だから、その力を封じるために宇宙と繋がらないこの世界へ呼び込まれた」


史音はどこからか取り出した調味料を食事に振りかけ、亜希にも勧める。亜希は少しだけ指先に取って味見をすると、濃すぎると感じながらもパンに軽く振りかけた。


「おまえもさ、アタシと同じで塵楳の影響下になかったから、人間たちの感情に戸惑ったことが多いだろ?」


塵楳――人の感情を暴走させるフォトスの創造主が生み出した、不和の種。確かに、亜希はこれまでの人生で、なぜ人々が些細なことで怒り、悲しみ、歓喜するのか理解できずにいた。その違和感は、子供のころから変わらない。


しばらく沈黙が落ち、再び亜希が問いかける。


「じゃあさ、世界はずっとこのままなのかな? シニスのダークのフォトスの世界、地球のパリンゲネシアの世界、そして零さんたちが作ったBWゾーン……」


史音はフォークと箸を置き、ふうっと小さく息をつく。


「こんな無茶苦茶な世界は、いずれ綻びる。世界を保つためのベルや葛原零の力も無限じゃない。そして、緩衝地帯であるBWゾーンが滅びれば、最初に敗れるのはパリンゲネシアの世界だろう。フォトスの世界が地球を包みこむだろう」


つまり今自分たちのいるこの世界が滅ぼされるという事か・・・・。正直何の意味も感じない。世界で起こっていること全てに。


「それから、ベルティーナの身体はもう限界が近い。葛原零と違って、ベルが持つサイクル・リングは後から与えられたものだ。ラナイ一族の力とうまく混ざっていない」


詳細は不明だが、史音の話から察するに、零とベルティーナは他の世界からやってきた存在らしい。そして、侑斗や亜希自身もまた、そうなのだという。


「史音ちゃん、私は零さんの分身なんだよね? なんで零さんは私を創ったのかな?」


「知らねえよ。多分、偶然だろ? だが、その偶然が世界の切り札になっている。まあ、おまえはパリンゲネシアに呼ばれたことを幸運に思えよ。フォトスの世界だったら、呼ばれた瞬間に力を発現する間もなく消されていた。制御装置を失った声の力は、世界をリセットする引き金になりかねない。でも、シニスの連中はなぜか、おまえに対して無関心なんだよな……」


食事を終え、史音はしばらく沈黙する。


「とにかく、アタシたちはこの世界から葛原零とベルティーナが創ったBWゾーンに戻らなきゃならない。それには、優香たち霧散師の力が必要なんだろうが……相変わらず、あの貧乳女が何を考えてるのか分からない」


史音はため息をつきながら、椅子の背にもたれかかった。小柄な身体に、妙に豊かな胸が張り出していて、少しアンバランスに見える。


異性に興味を持ったことのない亜希は、これまで自分の容姿を気にしたことはなかった。だが、このときふと、史音の思考能力は頭脳ではなく胸に集約されているのではないかと、そんなくだらないことを考えた。





世界がシニスのダークによってフォトスの世界へ覆われていくとき、地球は己を守るため、パリンゲネシアを広げた。この世界は、量子世界の近似値として古典力学で構成されている。ヘリウム原子のようにフォトスの世界に食い込み、二重構造としてその存在を確立していった。


地球は、世界のリセットを拒んだ。だからこそ、シニスが取り込めない存在──人間とは異なる生命体の思考回路を組み合わせ、新たな世界を創り出した。


クァンタム・セルの窓から見れば、この世界は真実の姿と本来の姿が交差して見えるだろう。


パリンゲネシアに呼ばれたそのとき、史音は数少ない知成力を持つ人々に、フィーネの塵楳ワクチンの投与を行っていた。


そして、気づいたときには、天使のようなパリンゲネシアの幻妖に導かれていた。


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地球は最後に、史音へそう語った。こうして彼女は第一誘言者となり、人々をパリンゲネシアへと誘う者となった。


だが、木乃美亜希だけは史音の意思とは無関係に、この世界へと連れ去られた。


彼女の前に現れた幻妖の美しい瞳は、こう告げていた。


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その言葉とともに、亜希の退路は断たれた。


そして、この世界にはすでに、史音がいた。


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