154、未来 血と涙の世界
二つの世界から拒絶された者たちは、行き場を失い、揺らぐ足場を求めてさまよっていた。
彼らが唯一頼ることができたのは、自らの知成力。わずかに残された力で、細く脆い一本の糸を紡ぎ、それを繋げていった。
──やがて、その糸を辿った者がいた。
澪とベルティーナ。
世界そのものを消し去る力を持つ二人は、残された者たちが創り出した糸を拾い上げ、それを繋ぎ合わせた。
そして──
二つの色が交わる領域、ブラッド・ウェイブ・ゾーンが誕生した。
ベルティーナの血の赤。零の涙の波の青。その二つが交錯するこの領域は、強大な知成力によって生み出された特異帯だった。
ここでは、不確定性原理が極限まで高まり、観測された世界が存在できなくなる。
結果として、ブラッド・ウェイブ・ゾーンは、フォトスからもパリンゲネシアからも直接干渉することのできない領域となった。
しかし、この場所が存在し続ける限り、二つの世界はどちらも完成することができない。
だからこそ──
両世界は、それぞれの手段でブラッド・ウェイブ・ゾーンを侵食しようとした。
フォトスの世界では、幻怪人たちが知成力を奪い、ここから人を引き込もうとした。
一方、地球が創り出したパリンゲネシアの世界では、最初に世界を創った幻妖がブラッド・ウェイブ・ゾーンの人々を破壊しようとした。
こうして、三つの領域は交わることのないまま、永遠にせめぎ合い続けていた。
⸻
◇
カラナ・ソーリアは、静かに後退した。
──ブラッド・ウェイブ・ゾーンの境界まで。
彼女の背後には、青と赤の波動が混じり合う世界が広がっている。
しかし、彼女の目の前には──
黒い霧。
ダークの力が空間を満たし、視界を奪う。空気は重く沈み、圧倒的な存在感が全身にのしかかる。
「逃がさないよ、優香」
静かに、しかし確固たる意志を持った声が響く。
第一誘導者。
彼女はすでにカラナ・ソーリアの目前まで迫っていた。
この黒霧は、単なる視覚を奪う霧ではない。フォトスの世界に属する構造体となった者たちの集合意識が、この空間を覆っているのだ。彼らは知成力を奪うため、存在することすら拒絶しようとしていた。
「……なるほど」
カラナ・ソーリアは、小さく笑う。
「確かに、幻怪人だけに頼らず、フォトスの統率された空間でパリンゲネシアやブラッド・ウェイブ・ゾーンの人々を呼び込もうとするのは、シンプルな思考を好む史音らしい発想だ」
彼女は静かに両腕を広げ、ブラッド・ウェイブ・ゾーンの地に手をついた。
すると──
「だから私は史音だ」
第一誘導者の声が響く。
「お前がブラッド・ウェイブ・ゾーンの扉を開くのを待っていた。これでフォトスとブラッド・ウェイブの間にゲートを創ることができる」
彼女は静かに左手を伸ばし、カラナ・ソーリアの肩に触れた。
その瞬間──
眩い光が爆発する。
「……何っ!?」
第一誘導者の身体が、一瞬で光に包まれた。
「お前が史音なら、こんなことに気づかないはずがない」
カラナ・ソーリアの声が響く。
「なぜ私が、お前たちの攻撃をこの一点に集中させたと思う?」
彼女の背後には、純白の光に包まれた檻──エキシマーの籠が佇んでいた。
「霧散師は、二つの世界に自由に出入り出来るだけでなく、世界の境界に生まれたフォトスやパリンゲネシアの疑似空間も破壊する。お前が創ったフォトスの疑似空間と、このエキシマーの籠は、物理的には同じ性質を持つ」
開かれた扉から溢れた光が、第一誘導者とフォトスの疑似空間を侵食していく。
「……まさか……!」
第一誘導者の声に動揺が混じる。
「史音は塵楳を持たない」
カラナ・ソーリアは静かに言い放った。
「だから、史音はフォトスの世界には呼ばれない。お前は、パリンゲネシアに呼ばれた史音に対抗するために、ダークが創った”偽物”だ」
光があふれ、フォトスの疑似空間が消滅していく。
第一誘導者の姿もまた、その中へと消えていった。
──静寂が訪れる。
カラナ・ソーリアは、小さく息を吐いた。
ふっと、肩の力を抜き、フードを外す。
重たげなコートを脱ぎ捨てると、そこに立っていたのは──
「偽るのは、名前だけじゃない。中身も変えなきゃね」
静かに、自らに言い聞かせるように呟く。
椿優香。
彼女は、その名のままに、颯爽と歩き出した。
赤と青の世界の中へ──