13. 現在 灰色の空、金色の裁き
雨が降り出しそうな灰色の空の下、牟礼彰は街角を早足で歩いていた。1時間ほど前から誰かにつけられていることに気づいていたが、振り払うことはできなかった。人ごみに紛れたり、路地を曲がったりしてみたが、気配は消えない。仕方がない。彰は、自分だけが知る低いビルの屋上へと向かった。そこで、相手を待ち構えることにしたのだ。
屋上の扉の陰に身を潜める。下から響く靴音が、鼓動を速めた。
――来た。
姿を現したのは、季節外れの黒いドレスをまとった女だった。一目で分かる。以前、在城龍斗と一緒にいたあの不気味な連中の一人だ。年齢は自分と同じくらいか。
「何か用か?」
彰は低い声で問いかけた。しかし、女は無表情のまま静かに告げる。
「実験よ。刑戮を合わせて、私の力を試すの」
その言葉に、彰の警戒心がさらに高まる。
「お前は生きてきたことを後悔するわ」
仲間も狙われているのか? そう問うたが、女は首を横に振った。
「お前を粛清するのは私の独断。お前の中にある『他我の種』が、一番大きくて干渉しやすい。だから——」
彰は安堵した。狙われているのは自分だけか。しかし、“他我の種”とは何だ?
彼は息を吸い込み、冷静さを取り戻す。
「あんた、それなりに綺麗な顔をしているのに、思想が台無しにしてるな。勿体ない」
彰は言い放つ。言葉でどうにかなる相手ではないが、時間を稼ぐ必要があった。
「お前が俺をつけ回していたことは、ちゃんと記録してある。街中の防犯カメラとも照合できる。二度とこんなことをしないなら見逃してやるが——」
だが、女は静かに笑った。そして胸元から奇妙なペンダントを取り出し、彰に向けて言う。
「お前を形作るもの、お前がお前であるために必要なもの。それを今から破壊する」
次の瞬間、灰色の光が彰を包み込んだ。
「くっ……!」
体の奥底から湧き上がる、得体の知れない痛みと恐怖。まるで自分の存在そのものを握り潰されるような感覚だった。
「しぶといわね」
女が冷たく囁く。
「でも、いつまでも耐えられるかしら? そろそろ潰してあげる」
彰の意識が引き裂かれそうになる。そのとき——
「彰、そこまで耐えれば十分。それがあなたの意志の力」
透き通るような声が響いた。次の瞬間、苦しみが嘘のように消える。
そこに立っていたのは——零だった。
彼女は静かに女を見つめ、冷ややかに告げる。
「私はあの男に言ったはず。『私の大切なものには手を出すな』と」
零が右手を挙げると、女は金色の光に包まれた。
「だから、これはお前の単独行動。そして、お前には相応の罰を与える」
一瞬の閃光が走り、女の姿が消える。
「零さん……」
震える声で、彰は彼女を見つめた。
「助かったよ」
零は静かに微笑む。
「あなたたちは、私が守ると言ったはず。でも、あなた自身が諦めなかったから、『他我の種』も耐えた。それがなければ、私も間に合わなかったかもしれない」
彼女はビルの下を見つめ、低く呟く。
「奴らのやり方は分かった。こんなこと、二度と起こさせない」
「でも、これからどうする? どうやって戦えばいい?」
彰の問いに、零は静かに微笑んだ。
「心配しなくていい」