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145、未来 序幕

かつて緑が広がっていたはずの大地は、乾ききり、灰色の砂塵に覆われていた。空は薄く青みを帯びているものの、どこかぼんやりと霞んで見える。生命の気配はなく、ただ風だけが砂を巻き上げながら荒野を吹き抜けていく。


だが、その風さえも、一列に並ぶ人々を避けるように流れていた。


百人近い改創者たちが、静かに立ち尽くしている。その視線の先には、一人の女――第一誘導者(だいいちゆうどうしゃ)がいた。


「私たちが生み出した“存在”は、今どうしている?」


列の中ほどにいた赤黒い顔の男が、隣の者に問いかけた。その言葉は次々と伝えられ、数分後には第一誘導者の耳に届く。


彼女はゆっくりと顔を上げ、淡々と答えた。


「彼らは今、この空の上で、自らを完成させようとしている」


改創者(かいそうしゃ)たちは静かに頷く。彼らの思考が織りなす電磁波パターンが、未知の進化を形作ろうとしていた。


その様子を、さらに高い空から見つめる影があった。


シニスのダークの一人――それはは、決して地上の者たちが目にすることのない視点から、その場を観察していた。


(フィーネの言う通りだ。彼らの“完成”には、まだ時間がかかる)


彼らは“自我”を手放せない。恐怖や快楽に支配されたときだけ、それを忘れることができる。だが、それでは不十分だった。


(神を偽造し、脳波を一定に制御する装置を作っても、まだ不完全……)


シニスには知成力も思考力も必要ない。ただ、定められた思考を繰り返し、定められた行動を取ればいい。それが人類の半数に浸透すれば、ダークの一群は完成する。人の階層は白く覆われ"()()()()()()"が完成する。


そして、やがて降りてくる“創造主”のために――。


世界の秩序を壊し、無秩序こそが正義だと信じる者たちを、世界の果てへ追いやらなければならない。


塔の最上階


砂漠の中央にそびえ立つ巨大な塔。その最上階は、静寂に包まれていた。


高い天井、壁一面の窓から差し込む夕陽。その赤い光が、部屋の中央に置かれた黒い椅子を照らしている。


第一誘導者と第二誘導者が、向かい合って座っていた。


「道具だけで彼らを進化させるのは、効率が悪すぎるのでは?」


第二誘導者が、ゆっくりと口を開く。彼女はまだ“個”を持ち続けていた。だが、シニスを生み出す側に立つ以上、いつか彼女も変わるはずだ。


第一誘導者は冷めた瞳で答える。


「人類の半分を外科手術するとでも?」


声は低く、感情の起伏を感じさせない。


「三年前の教団と魔女たちの戦いで、人類はこの星の真の姿を知った。その結果、恐怖に駆られ、思考は以前より偏向した……だが、まだ足りない」


第一誘導者は窓の外へ目を向ける。


「この星を“美しい”と思いたい者がいる限り、世界は中途半端なままだ」


その言葉を聞いた第二誘導者は、じっと彼女を見つめる。


「あなたも、かつては“あちら側”だったはず」


その一言に、第一誘導者の表情がわずかに揺れる。


「……愚かしいことに、な」


彼女は目をそらし、溜息をつく。


「私もかつては、一人で抗おうとした」


「けれど、あなたは気づいた」


第二誘導者が静かに言う。


「人間は、自我に縛られる限り、感情という暴力を振るい続ける、不合理な存在だと」


第一誘導者は薄く笑う。


「お前は甘いな。感情があるから人は操られる。だからこそ、思考パターンを制御するのが容易い」


第二誘導者は、第一誘同時者の過去と聞かされた事を思い返した。彼女はかつて、ただ一人で大勢と戦っていた。


「……それでも、なぜあなたは“個”を捨て、衆の中に身を投じたのです?」


第一誘導者は、ゆっくりと背筋を伸ばし、正面を向く。


「世界は定まった通り収束する事を、それが最も美しいと分かったからだ」


その瞳には、わずかに光が宿っていた。


「この星は、滅びを拒んだ。だから人類に願った。私が、その最後の一人だった。だが……私一人に何ができる?」


彼女は淡々と続ける。


「だからパリンゲネシアの創った地球は、人類以外の存在に願いを託した。奴らがそれを叶えれば、人間は滅ぶ。ならば、己の姿を変えてでも生き延びるしかないだろう?」


第二誘導者は考える。


(これが……正しいのだ)


地球は変わろうとしている。人間の見えない色を見、聞こえない音を聞き、嗅ぎ取れない匂いを感じる“新たな生命”のために――。


その時、重い扉が開いた。


第三誘導者が、慌ただしく駆け込んでくる。


「第一誘導者、カラナ・ソーリアが接近しています」


その名を聞いた瞬間、第一誘導者の表情が強張った。


「カラナ・ソーリア……」


彼女は静かに呟く。


「“あの女”が、使い続けた偽名のひとつ……」


第二誘導者は、彼女の見せたことのない表情に、不安を覚えた。


「三年ぶりか……今は“霧散師(むさんし)”カラナ・ソーリア……」


その言葉が響く部屋の中で、夕陽が静かに沈み始めていた。

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