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144、現在 遥かなるリレーション

姉・ヴェナレートが、レイ・バストーレ、葛原零(くずはられい)に敗れた。そして、世界が一度だけ見せた真の姿は、四年前と同じ漆黒の輝きによって呑み込まれ、世界は巻き戻された。


ベルティーナは茫然と立ち尽くしていた。

何もできなかった。いや、今までも何一つ成し遂げられたことはなかった。


真空の瞳の先には、虚ろな瞳で膝をつく優香の姿があった。その傍らには、長らく行方知れずだった史音が立っている。彼女は冷えたまなざしで優香を見下ろし、静かに告げた。


「人は塵楳じんばいによって感情を操られてきた。ベルも、ベルの姉さんも、修一の姉さんも……優香、お前もだ」


塵楳(じんばい)? 何のことだろう?


ベルティーナは困惑する。史音がよく、理屈に合わない言動をする者に対して「この塵楳(じんばい)まみれが!」と毒づいていたのを思い出した。今までただの罵倒だと思っていたが、どうやらそれは現実に存在するものを指していたらしい。


それならば、なぜ史音は今まで何も教えてくれなかったのか? なぜ、優香にも私にも、そのことを話さなかったのか?


『抗体を作る前に、誰にも邪魔されたくなかったからだろうよ』


唐突に響いた声が、ベルティーナの思考を断ち切る。頭の奥で、刻奏音(こくそうおん)が鳴り響いた。


この響きは……誰のもの?


『ベルティーナ、聞きなさい』


それは懐かしい声だった。姉・ヴェナレートの刻奏音。


「ヴェナレート姉さま……!」


確かにレイ・バストーレに敗れ、消えたはずの彼女の声が、今もなお響いている。


『今、私はレイ・バストーレに敗れ、量子の海にいる。ありったけのセル・ポッドを集めて、どうにか自分を繋ぎ止めている。だから、よく聞きなさい。お前がこれから知るべきことを話す』


ベルティーナは息をのむ。


複素演算体(ふくそえんざんたい)はシニスのダークと手を結んだ』


ヴェナレートの声が、どこか厳かに響いた。


『お前のいる“ステッラの地球”をシニスにくれてやる代わりに、結創造を終えた地球には手を出さない――そういう取り決めをしたのだ』


ベルティーナの血の気が引いた。


「そんな……複素演算体が……? 彼らは創られた地球たちの守護者だったはず……。なぜシニスと手を結んだのですか?」


彼女の問いは、静寂に吸い込まれるようだった。


『シニスにとって、不要な地球は消し去るべきものだった』


その言葉を聞いた瞬間、ベルティーナの脳裏に、かつての光景がよぎった。


シニスの代行者・固着シニスのフィーネは、有城龍斗と手を組み、太陽の鞘を破壊した。そして、かつて存在したシニスのダークは百以上の地球を滅ぼしてきた。


「そんな……それでは、私たちが生まれた地球も……?」


ヴェナレートの声は、冷徹な事実を突きつける。


『そうだ。彼方の地球たちは、この地球を絞りすぎた。ベルティーナ、クァンタム・セルの窓を閉じれば、結創造を終えた地球は太陽の鞘のみで存在し続けることができる。そうおまえ達は信じている。だが、ステッラの地球がシニスに覆われれば全ての地球の人々は死に絶える』


ベルティーナの手が震えた。


「そんな……そんなこと……!」


『私もかつては、我ら創られた地球の人間が生き残る方法はそれしかないと思っていた。だが、だが全てが破滅に向かっている今の状況。それがそもそも“既定路線”なのだよ』


既定路線――


それは、まるで運命が定められていたかのような響きだった。


「そんな……誰がそんなことを決めたのですか?」


『このクァンタム・ワールドを創った者たち、生起創造(せいきそうぞう)を行なった者たちによって、すべては決められていた』


ベルティーナは混乱する。姉は何を言っているのか?


「生起創造を行なった者たち……? 彼らは光速の限界を超え、宇宙ではなく余剰次元の先に開拓地を求めたのでは?」


ヴェナレートは、まるで優しく諭すかのように言った。


『ベルティーナ、よく考えてごらん。開拓地としてステッラの地球のコピーを創るなら、もっと確実な方法を取ったはずだ。それなのに、なぜ存在力の奪い合いをさせ、励起導破戦争(れいきどうはせんそう)を引き起こしたのか?』


ベルティーナは息を詰まらせる。


『それは、ステッラの地球から存在(エグジステンス)(フォース)を奪い、荒廃させるためだ』


ヴェナレートの声が、ベルティーナの胸を締め付ける。


『余剰次元の彼方の地球たちは、元となったステッラの地球を荒廃させ、人々から知成力(コグニティブパワー)を奪いこの星からは存在(エグジステンス)(フォース)を奪い、意識を偏らせ、この階層を侵略する為、愚かな戦いを続けさせた。私たちの地球、ロッゾも、ブルも、ヴェルデも、他の地球も……すべて、そのための道具だった』


「まさか……!」


ベルティーナの目に絶望が宿る。


『そうだ、彼らは“自分達の目的のために、この理不尽で不条理な世界を築いたのだ』


ベルティーナは言葉を失った。


私たちは、ただの道具……?


『但し、創られた地球の人々が予想以上に知成力(コグニティブパワー)を高め、存在(エグジステンス)(フォース)すら操りこのステッラの地球にまで来る事は予側出来なかった。そして人の階層と彼等の階層の間にいるパリンゲネシアを使って造った地球の大樹、階層の階段が、枝の神子達を創り抵抗する事も想像しなかった。』


ヴェナレートの声は静かだった。


『恐らく不用になった我らの地球も共に滅ぼすつもりだろう。彼ら上階層にいる者たちにとって、塵芥ほどの価値もない複素演算体との約束を守る必要など、どこにもないだろうからな』


ベルティーナの世界が、崩れ落ちた。


ベルティーナは、その場に崩れ落ちた。優香と同じように地面に座り込む。


何をすればいいのか――自分にできることが、もう何も分からなかった。


「姉さま……私は、今まで一体何をしてきたのでしょうか……?」


声が震える。


「私は先ほど、“塵楳(じんばい)”と呼ばれるものの存在を知りました。あれも、私たちの感情を操り、創造主の都合のいいように動かすためのものだったのでしょう。そして、私はその影響を受け……レイにユウを殺めさせた……。」


ベルティーナの瞳から、光が消えていく。


「私は……私は、世界を彼らの思い通りにするための道具だったのですか……?」


まるで魂が抜け落ちるような声だった。


ヴェナレートは、そんな妹にそっと寄り添い、優しく言葉をかける。


『ベルティーナ。創造主の”塵楳(じんばい)”の存在に、私も複素演算体に再生されるまで気づかなかった。私だけじゃない。父も、母も、バーナティーも……皆、あれに感情を操られ、記憶を操作されていた。』


ヴェナレートの声は、穏やかでありながらも、確信に満ちていた。


『だけど、共振転創を行うとき、私は密かに囁くあの塵楳の”虫”たちの声を聴いていた。そして……私は共振転創の際、あれのコントロールを弾いていたのよ。』


ベルティーナは顔を上げ、苦しげに問う。


「姉上……姉上は、私に”これから起こる事態に対処せよ”と仰いました……。ですが、未だに塵楳の支配下にあるかもしれない私に、一体何ができるのでしょう……?

いえ、そもそも……私たちは、創造主が定めた通りに行動することが、本来の役目なのではないでしょうか……?」


沈黙が満ちる。


長い、長い時間が流れたように感じられた。


そして、再びヴェナレートの刻奏音(こくそうおん)が響く。


『私と同じように、世界に不信を抱いた者がいた。それが――ブルの戦士、ユウ・シルヴァーヌだ。』


ベルティーナの瞳が揺れる。


『彼はこの”ステッラの地球”に、自らを二つに分け、転創した。本来なら、最初に創った”大きな力”だけで十分だったはず。けれど、彼は慎重だった。最後の瞬間まで――。最初に転創させた自分が”過ちを犯す可能性”と、“世界に対する懐疑心”を残した。そして、それの”転創”を、お前に託した。』


ベルティーナの脳裏に浮かぶのは、“優香に同化されなかった”侑斗の姿だった。


『お前が創った彼がいなければ、今頃、世界は創造主の設計通りになっていただろう。』


ヴェナレートの声音が、どこか誇らしげな響きを帯びる。


『ベルティーナ、お前が彼を創ったことで、今、この世界は創造主の思い通りにならずに済んでいる。お前が創った彼は”絞りカス”なんかじゃない。――ユウ・シルヴァーヌの”最後の切り札”だ。』


ベルティーナの肩が震える。


『お前には最初から、“塵楳(じんばい)”に屈しない強い意志があった。だからこそ、彼はお前を信頼し、託したんだ。お前は、正しい判断をし、正しいことを成した。本当に……自慢の妹だよ。だから……自分を否定するんじゃない。』


ユウの”本当の願い”。


それを託されたのは、レイではなく――私。


『ベルティーナ。私は、3年後創造主が再び来訪するまでに、最後の力を使い、すべての地球の人々を”結創造”した地球に共振転創する。お前は――彼らを迎え撃たなければならない。』


そして――


刻奏音は、途絶えた。


ベルティーナは、ゆっくりと立ち上がる。


優香と史音を、今すぐ呼ばなければならない。




「優香、ベルが呼んでるぞ。何か、急いでるみたいだ。」


史音の声に、優香が振り向く。


「史音ちゃん……刻奏音を使えるようになったんだね?」


頬を緩めて尋ねる優香に、史音は真顔で答えた。


「ああ。虚無の神殿のとき、お前に助けられたからな。あれ以来、使えるように練習した。」


ふっと笑って、史音は少し照れくさそうに続ける。


「……ホント、助かったよ、あのときは。……貧乳とか言って悪かったな。」


カーディナル・アイズの光の翼に乗り、二人はベルティーナの城へと戻る。


三人が揃うのは――一年以上ぶりだった。


ベルティーナは、姉ヴェナレートから聞いたことを二人に伝えた。


「ふむ……さすがヴェナレート・クレア・ラナイだね。」


優香は感心したように頷き、口元に手をやる。


「創造主の目的は、新天地を開拓することではなかった。……優香、あなたの記憶にも、その痕跡はありましたか?」


ベルティーナの問いに、優香は静かに首を振る。


「いいえ、ベル……。ユウ・シルヴァーヌは、ただ漠然と”世界のあり様”に疑問を持っていただけだ。“すべての世界の人々が、自滅のために戦い、生きてきた”――そこまでの確信には、至らなかった。」


凍りつく空気を、史音が突き破る。


「創造主の創った”真実”がどうだって?アタシには関係ないな。」


鋭い目を光らせ、史音は言い放つ。


「アタシには、奴らによって破滅寸前まで追い込まれた”この地球”を救うことがすべてだ。地球自身が滅びることを嫌がってるんだからな。アタシも嫌だよ。」


薄く笑って、優香が応じる。


「そうだね。……じゃあ、私たちは”自分たちの目指すもの”を”真実”にしよう。創造主たちの目指すものを――“偽物”にしよう。」


ベルティーナは、一瞬の迷いを見せながらも、重たそうに口を開く。


「優香、史音……。あなたたちは、創造主に逆らおうとしているのですよ……?」


史音が、珍しく低い声で返す。


「ああ。つまり、“神”に逆らおうってことだな。」


史音の瞳が鋭く光る。


「でもな、奴らのやってることは――“寄生産卵”だ。宿主を食い尽くす寄生産卵だ。大人しく”餌”になってやるつもりはない。」


ベルティーナの瞳が、揺らぎながらも決意を宿す。


「……分かりました。私も、姉とユウの意志を継ぎます。この世界を――“虫が飛び去った後の骸”には、させません。」


そして――


ベルティーナは、優香に思いを伝えた。


「優香、貴女はすべてを受け入れる覚悟を持ちなさい。私がそのために力を貸しましょう。貴女の分身を私の前に連れてきなさい。私はきっと彼を打ちのめすでしょう。その時、貴女は選ぶのです。貴女たちが、どうやってこの世界に立ち向かうのかを」


ベルティーナの言葉は、静かに、だが確固たる意志をもって優香に突きつけられた。


優香の脳裏に、かつて自分の分身であった橘侑斗の姿がよぎる。

もう彼は、自分の分身ではない。銀河の声を聞き、その導きを受けた彼は、今までとは比較にならない力を手にしていた。


そして、創造主たちのことを思う。

彼らには分からなかったのだ――卵を寄生させてはいけない場所がある事を。


「……分かったよ、ベル」


優香は静かに頷いた。しかし、すぐにその瞳に迷いの色が宿る。


「でも、今はダメだ。私には、彼の元へ行く資格がない。自分自身を否定し尽くして、自らを浄化しなければ……もう私は一歩も進めない」


強く拳を握りしめる。指先が震えるのを、無理やり押さえ込んだ。


あと三年、人の階層が滅び上階層が覆い尽くすまでに私を変える。

その言葉を、自分自身に言い聞かせるように呟いた。


「私は、自分の中の力をすべて吐き出して、それを本当の自分の力として、もう一度取り込む。そうでなければ……今の私は彼に遠く及ばない。彼を零達から奪うには、何もかもが矮小すぎる」


静かに目を閉じると、闇が広がる。


「だから、もう中途半端はやめだ――完全な私に、椿優香になって戻ってくる」


その決意とともに、シニスのダークが群れをなして発現する。

世界は、また書き換えられるだろう。

ダークに立ち向かいながら、創造主を迎え撃つ――そのための戦いへの備えが、今始まった。




「やっと帰ってきたね!」


亜希が思わず零に抱きついた。


零の温もりに触れた瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなる。

やはり、彼女と一緒にいると心が落ち着く。

自分は、やっぱりこの人の分身なのだと、改めて実感する。


「零さん、すごかったですね! 窓のスクリーンで見てましたよ! 魔女と戦ってるところ、カッコよかったです!」


興奮気味に琳が言う。


「おい、阿呆」


後ろから彰が琳を小突いた。


「真剣に命を懸けて戦ってきた人には、まず『カッコよかったです』じゃなくて『お疲れ様でした』だろ」


「……うるさいな」


琳がぶつぶつ文句を言うのを後ろに追いやり、洋が静かに口を開く。


「修一くんも、見えないところで頑張ってたみたいだね。出て行った時より、随分と疲れた顔をしている」


松原洋は、人の目が届かないところを見る男だった。


零は、そっと視線を巡らせる。

そして、亜希の代わりに――血塗れのまま、ベッドで横たわる侑斗の側に立った。


「侑斗……頑張ったね。私以上に」


眠るように横たわる彼の顔は、まるで戦いの余韻を物語るかのように静かだった。


「まだ、貴方にはやらなきゃならないことがたくさんある。でも、貴方は一人じゃない。私たちがいる。貴方の分身もいる。――一緒に、世界の真実と戦いましょう」


零の瞳に映ったのは、侑斗の右腕に輝く漆黒のサイクル・リング。


それはまるで、彼の持つ運命のように、強力なオーラを放っていた。

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