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141、現在 世界の真実

ベルティーナは、真空の瞳(カーディナル・アイズ)で世界を見つめていた。

視界には、果てしない戦いを繰り広げる姉ヴェナレートとレイ・バストーレの姿が映る。どちらも、今の彼女にとって敵だった。


そして、ユウによって創られた刻奏音(こくそうおん)と——椿優香(つばきゆうか)

彼女と橘侑斗(たちばなゆうと)の間に生まれた確執は、同じユウから生まれた存在同士の対立だった。


侑斗は優香を拒絶した。

だが、ベルティーナには優香の意図が理解できた。彼女は、木之実亜希の力を制御するために、自らを限りなくユウに近づけようとしていたのだ。


ナノ単位の演算能力——それを扱えるのは、自分か、ユウ、レイ、あるいは姉ヴェナレートのみ。

そして、このステッラの地球を救おうと動いているのは、優香ただ一人だった。


彼女が橘侑斗を取り込み、その力を手に入れようとしたのは、当然の選択だった。

そうすれば、優香はユウになり、ずっと自分のそばにいてくれる——


——いや、本当にそうだろうか?


あの箔花月の森(はくかげつのもり)で、フィーネは言った。


『橘侑斗の存在がシニスの計算を狂わせ、目的を妨げる』


それはつまり、侑斗が優香と融合した時、シニスにとって脅威となることを示唆していたのか?


……いや、何かがおかしい。


フィーネの侑斗に対する警戒心は、明らかに異常だった。

サイクル・リングの一割の力しか持たない彼を、そこまで恐れる理由があるのか?


本来、フィーネが警戒すべきなのは優香のはずだ。

枝の神子の中でも最強の力を持つ優香に対し、フィーネは一切干渉しなかった。優香から逃げてさえいた。

隙を見せない彼女とはいえ、完全に無視されるのは不自然すぎる。


——いや、本当に干渉していなかったのか?


結局、侑斗は優香と一つになることなく、木之実亜希(このみあき)、彼女の力を用いて世界を逆転させた。

それはまるで、四年前に葛原零(くずはられい)が起こしたシニスによる崩壊が、最初から無かったことにされたかのように——


ベルティーナは優香から提供された光層磁版図(こうそうじはんず)と、フィーネの光層磁版図を自身の思考に直結された城のメインコンピューターに投影した。

二つの波形を並べて解析する。


優香の光層磁版図は、フィーネのものと正反対の方向に波形を描いていた。


試しに、侑斗が優香に融合した場合の波形を演算する。

やはり——


正反対の方向に波形が伸びている。


——二人が一つになったとき、その光層磁版図はシニスのものと完全な逆相を成す。


ベルティーナの脳裏に、何かが閃いた。


『真逆?……いや、真逆すぎる。』


すべての波形が、あまりにも完璧に反転している。


——パリティ対称性。


彼女は優香の光層磁版図を鏡像変換し、フィーネのものと重ねた。


——!


それは、ほぼ完全に一致していた。


優香の光層磁版図は、パリティ変換を施すことで、フィーネのものと同一の波形を示す。


こんなことが、偶然起こるはずがない。


ほんの僅かなきっかけがあれば——


優香の光層磁版図は、フィーネのものと入れ替わってしまう。



侑斗に拒絶された優香の手は、震えながら大地に突き立てられていた。

指先に感じる土の冷たさが、彼女の体を辛うじて支えている。


——受け止めきれない。


視界は霞み、焦点の定まらない瞳が茫然と薄暗い世界を見つめていた。

空気は淀み、沈み込んだような静寂が広がっている。


その時だった。


東の空に、異質な力が膨れ上がった。

まるで世界の深奥から押し上げられるように、それはゆっくりと天へと伸びていく。


そして、次の瞬間——


轟音とともに、漆黒の閃光が天から降り注いだ。


幾つもの黒い流星が、夜空を切り裂くように飛び交い、地上に衝突していく。

爆発とともに巻き上がる黒煙。歪む大気。

しかし、それは破壊ではなかった。


それは、世界を再生する力だった。


——またしても、彼女の力は世界を再生させた。


だが、今回は違う。


彼女の力だけではない。

かつて自分の一部であったはずの侑斗が、その力を導いたのだ。


優香は、笑った。


「ハハハハ……そうだ。」


喉から搾り出すような、乾いた笑い。


「私は……自分の罪さえ、彼に押し付けた……その上、まだ彼を利用しようとした……」


唇がわななき、言葉が詰まる。


「自分の分身を、彼の意志を無視して……都合よく取り込もうとした……当然の報いだ。」


苦しげに吐き出した言葉が、冷え切った空気に溶けていく。


「彼と……彼女は、共に目覚めた……もう、彼は私の一部ですらない……」


彼女はゆっくりと顔を上げた。


光の満ちる空の下、彼と彼女が立っている。


強く、揺るぎない存在として。


——あの二人だけで、世界は救える。


優香は、膝を折った。


「もう……世界で一番いらない人間は、私だ……」


独白のような呟き。


「私の傲慢さが……世界を救い……そして、私自身の価値をマイナスにした——」


その時だった。


背後から、光が差し込んだ。


青を取り戻した空から、太陽の光が降り注ぐ。

その光が、優香の前方に影を伸ばした。


——影。


不意に、影が揺らめいた。


蠢く気配。


優香の影から、何かが這い出してくる。


「……今回も、失敗だった。」


どこか冷たい響きを帯びた声。


「……失敗だった。」


優香は息を呑んだ。


影の中から、いくつもの塵媒が現れる。

虫のようなフィーネたちが、蠢きながら広がっていく。


「ユウ・シルヴァーヌは厄介だ。」

「面倒くさい存在だ。」

「でも——この次は、きっと上手くいく。」


その無数の存在が、やがて集まり——


一つの人の形を作る。


それは、優香が知るフィーネの姿だった。


「この世界の創造主は余剰次元の彼方に幾つもの大地を創った。

我らの主人の目的は人間の階層を壊し、自らの階層から侵略することが目的だった。それが即ち人の思考形態を操り、個々の思考能力を奪い彼らと同じ階層に住む存在にする事。

この星の人と言う生命の思考様式の集合体は彼らの階層と同質。存在エグジステンス(フォース)とはお前たちが暗黒物質(ダーク・マター)と呼ぶものの一部をを唯一捉えられるもの。それはこの階層を我が主の階層で覆うために理想的だった。

彼らは生起創造(せいきそうぞう)を行った後、人の心に誤った悪意を植え付ける塵媒(じんばい)を残した。塵媒(じんばい)としての私、フィーネを全ての世界に放った。この地球とやらの依頼を受けた枝の神子達が二度も、本来の目的を果たさず狂気に走り、逆に私のような固着シニスを創ったのも私達、塵楳の仕業だ。この地球の意志はそうやって捻じ曲げられた。元々地球の大樹、パリンゲネシアはお前達の直ぐ上の階層にいる存在。我が主が階層の階段として打ち立てたのだ。


 イレギュラーが二つ有った。共振転創(きょうしんてんそう)を使い、世界の先を考えたヴェナレート・クレア・ラナイ。彼女は世界に撒かれた創造主の塵廃によって、人々の悪意につかまり魔女となり、世界から追放された。

もう一人、高次元と繋がるサイクル・リングを使い世界の真実に近づいたブルの戦士ユウ・シルヴァーヌの存在だ。彼の時も同じように周囲にいる者の心に立ち入り、悪意を操り絶対無二の強い絆で結ばれたつがいにその命を奪わせた。しかし確率の海から彼は再び現れた。再びこの地球に現れた彼は二つに分かれていた。大きな力となった方は妄執に取り憑かれた女を同化させ、その力と本来の意志を奪った。小さな力となった方にはひたすらに、自分を憎むよういつも囁いた。

たが彼は大きな力に同化されなかった。ユウ・シルヴァーヌは私達や創造主すら及ばぬ何かを彼に託したのだろう。本当に厄介な存在だ。さて・・・葵瑠衣、いや椿優香。都合よく動いてくれて助かったぞ。礼に私達はおまえから手を引こう。後はおまえの好きに自分の理想とやらの為に生きればいい」

フィーネはそう言って大気に紛れ消えていった。空っぽになった優香の心は最早なにも感じなくなっていた。

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