表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
142/244

140、現在 叛逆

「侑斗!」

彰が声を張り上げる。


「侑斗くん、その人の言うことが正しいって、簡単に思い込んじゃダメだ。ちゃんと自分で考えるんだ!」

洋の叫びが響く。


「侑斗さん、私も……その人の言うこと、信じられません」

琳の震える声が室内に広がる。


分かっている。けど——どうしようもないじゃないか。

世界なんてどうでもいい。けれど、亜希さんを救うことができるなら……。


侑斗は窓から伸びる優香の手に、あと十センチほどで触れようとする。

だがその瞬間、彼の左手が引っ張られた。


弱々しくも確かな力——亜希が、わずかに動いた右手で、侑斗の手をつかんでいたのだ。


「……侑斗、そんなことしないでよ。嫌だよ……。あんたがあの人に取り込まれたら……あんたがいなくなったら……結局、私は世界を本当に滅ぼしてしまう……」


かすれる声が震えている。

ゆっくりと瞳を開き、亜希は侑斗に伝える。


「……侑斗、もういいよ……分かるんだ。このままだと……私は、大好きだったこの世界を、みんなを……消滅させてしまう。だから……私を殺して、みんなを守って……」


「何言ってるんだ、そんなことできるわけないだろう!」


侑斗は伸ばしかけた腕を下ろし、亜希を見つめる。


「……侑斗、あんた……私がみんなと一緒に見上げる、あの星空が好きだったの、知ってた?」

「——え?」銀河の姿を極端に嫌っていた亜希が......。

「晴れ渡る夜空が……大好きだった。もう一度、見たかったな……」


力が抜けるように、亜希は侑斗の左手をそっと放し、再び瞳を閉じた。


『—晴れ渡る夜空?

—星の世界は、所詮私たちには届かない光。

—そんな益体も無いこと、どうでもいい——』


優香の声が響く。

その瞬間、侑斗の中で何かが弾けた。


「——うるさい、黙れ!」


怒りと共に、侑斗は優香の手を振り払う。


「誰があんたなんかの力を借りるものか!

この人は——俺を、ずっと支えてきた人だ。

俺が、今一番助けなきゃいけない人だ!」


『君の事情はどうでもいいよ。彼女が暴走したら、世界は終わりだ』


「助けるさ、俺が。零さんにも頼まれたんだ」


侑斗は決意と共に、亜希から一歩下がる。


「侑斗さん、なんで亜希さんから離れるんですか!? 亜希さんの身体が、もうボロボロなのに!」

琳が涙声で叫ぶ。


「大丈夫だ。これ以上亜希さんに触れてると、後で何言われるか分からないからな」


そうだ。

自分にも、亜希にも、みんなにも——まだ“先”がある。

“先”を創るんだ。


侑斗は全神経を集中させ、亜希から流れ込むエネルギーを、右腕の《サイクル・リング》を通して全身へと行き渡らせる。

思い描け。

あの二つの剣を——確率の海から、引き上げろ。

今この瞬間、自分がそれを持っている可能性を——。


猛烈なエネルギーの奔流が体内を駆け巡り、侑斗の全身の毛細血管が裂ける。

鮮血が迸る。


「侑斗さん!」

琳が泣き叫ぶ。


「止めろ、侑斗!」

彰が怒号をあげる。


「いいんだ。

亜希さんがいなきゃ、とっくに死んでいた俺の命なんて、どうでもいい」


「侑斗くん……君がそう思っていたとしても、僕たちは——

亜希さんが助かって君がいなくなる世界なんか、決して望んでない!」


洋の言葉が、侑斗の胸に染みわたる。

三人の心が、確かに、そこにあった。


やがて侑斗の左手には《クリスタル・ソオド》、右手には《クリアライン・ブレイド》が顕現する。

二つの剣を——振り上げる。


亜希から溢れ出る“声の力”が、剣へと流れ込む。


「《クリスタル・ソオド》よ——

彼女を苦しめる全ての可能性を、消し去れ!」


「《クリアライン・ブレイド》よ——

彼女のささやかな望みを打ち砕くものを、世界から排除しろ!」


二つの剣から溢れる黒い炎が、激しく暴れ、

星々の光を湛えながら、高く——

空へと昇っていく。


優香は、その瞬間に《共振転創(きょうしんてんそう)》を解かれ、《刻奏音(こくそうおん)》を断絶されたことに気づいた。


外へ放たれた漆黒の輝きは、地球の大気圏を突き抜け、

やがて無数の流星となって大地へ降り注ぐ。


——そして、わずか数分の間に。

世界は、元通りになった。


ヴェナによって深紅に染められた空も——

コバルト色へと戻っている。


***


「……あんたさあ、何やってんのよ」


病室のベッドの下、自らの流した血にまみれて横たわる侑斗を、

亜希は呆れたように見下ろした。


「そんなにボロボロになって……そこまでしなきゃ、他人から認めてもらえないとでも思ってんの? 馬鹿じゃないの?」


「亜希さんだって、けっこうボロボロだよ」

侑斗は苦笑する。


「綺麗な顔が、もったいない」


「……女性の容姿に興味ない奴が、綺麗とか言うな」


「……俺は馬鹿で、誰からも必要とされてないからさ。

目の前で苦しんでる恩人を救うためには、命を削るしかないんだ」


「……あんたは、本当に馬鹿でどうしようもない」


亜希は、ふっと笑う。


「——そんなことしなくたって、私はあんたを嫌いになったりしないよ」




「何故、世界が戻っていく? 何が起きている?」


復元されていく地球の姿に、ヴェナは戦慄した。

瓦礫と化していた街並みが元の形を取り戻し、崩れ去った大地が再び安定した地盤を築いていく。

蒼穹を染めていた深紅の空は、徐々に本来のコバルトへと変わりつつあった。


「こんなことが……あり得るはずがない……」


ヴェナの表情に動揺が走る。

即座に演算を試みるが、この現象を引き起こしている力の本質が測定できない。


「くっ……!」


理の外にある力を前に、ヴェナは本能的に後退する。


——そのとき。


「戦いに集中しろ、ヴェナ!」


鋭い声が響いた。


「お前の最期は、もうすぐだ!」


冷たく研ぎ澄まされた声とともに、一筋の輝きが宙を奔る。

零の手に握られた《輝石の剣》が、まばゆい光を纏いながら空を切った。


ヴェナはとっさに防御の構えを取る。

だが、零の剣は彼女を貫かず、一瞬だけ軌道を緩め——静かに下ろされる。


「……何?」


ヴェナが疑念を抱いたその瞬間——


「侑斗、聞こえたよ。」


零の穏やかな声が、戦場に響いた。


「彼女の苦しみを切り裂き……

ささやかな願いを、守ってくれたんだね。」


零は微笑む。

その瞳には、深い安堵と、どこか懐かしさが滲んでいた。


「貴方を選んだのは正しかった。

貴方はユウじゃないけど……

彼の優しさを、全て受け継いだ。」


ふと、零は遠くの空を見上げる。

蒼く澄み渡る夕空に、静かに金星が輝いていた。


その瞳に浮かぶ涙が、

柔らかな三日月光を映して揺らめいていた——。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ