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139、現在 願いと祈り

世界は、偽りの姿を映すことをやめた。

限りなく可能性の少ない虚構ではなく、最も可能性の高い現実を映し始める。


——それは、凄惨な光景だった。


人々は、まず目の前に広がる世界に驚愕した。


突然に崩れていく街並み。

大地は赤茶け、空気は淀み、沈黙の中で全てが瓦解していく。

それでも空だけは変わらず、深紅に染まっていた。


やがて、人々の思考も、存在そのものも、真実の世界に取り込まれていく。

この世界にそぐわない者は、そのまま消え去った。


——己のルーツが書き換えられた瞬間、どれほど強い知成力や存在力を持っていようとも、抗うことはできない。


世界の人口は、すでに半分以下になっていた。


生き残った人々は絶望し、その絶望が更なる偏向を生み出す。人の思考のみが捉えられる存在する為の力。エネルギー。

負の思考は集まり、シニスのダークが群となって形を成していった。




「……いつこうなってもおかしくなかったが」


黄昏の大地を見下ろし、ヴェナは両腕の炎をゆっくりと消した。


「私たちの闘いの余波で、あっという間に真実の姿を晒したな」


沈みゆく世界を見渡し、彼女は深く息を吐く。


「こうなるともはや、私の憎しみによる復讐も意味がない……それにしても、なんと惨たらしいものだ」


崩壊していく大地、影を落とす建物の残骸、人がいた痕跡すら霧散していく光景。


これが創造主の望んだ世界なのか?


つい先ほどまで憎しみの感情に身を焦がしていたはずだった。

だが今、ヴェナの心にはただ哀れさだけが残る。


複素演算体(ふくそえんざんたい)も、これで十分満足しただろう……」


その瞬間——


ヴェナの背後から、光を纏う輝石が閃く。


鋭い軌道を描き、彼女の首筋を切り裂いた。


「どこを見ている、ロッゾの魔女!」


怒号が響き渡る。


驚きに目を見開きながら、ヴェナは傷口を押さえ、振り返る。

そこに立つのは、クライン・ブレイドを構えた零だった。


「ブルの女戦士……」


ヴェナは歯を食いしばりながら言葉を紡ぐ。


「お前は、この星の真の姿が曝け出されたのに何も感じないのか? 人が絶望していく様を見て、眉一つ動かさず戦い続けるのか?」


思わず問わずにはいられなかった。


だが零は、まったく表情を変えずに応じる。


「当たり前だ!」


彼女の声は、荒れ果てた世界に鋭く響いた。


「それと私たちの闘いに、何の関係がある! 気を散らすな、戦士として私に応じろ!」


その言葉に、ヴェナの中で眠っていた戦士の本能が目を覚ます。


「……良いだろう、レイ・バストーレ」


ヴェナレート・クレア・ラナイの両手に、再び炎の剣が灯る。


「闘おう、決着がつくまで」


そして、戦いは再び始まる——




窓の向こうには、荒廃した世界が広がっている。


閉ざされた部屋の中で、侑斗、亜希、彰、琳、洋——五人はただ一つのスクリーンを見つめていた。


そこから聞こえてくるのは、優香の声だった。


『ついにパンドラの箱が開いてしまった。もう猶予はない』


淡々とした声が、冷たく響く。


『この滅びかけた世界を元に戻す方法は、ただ一つ。前回の崩壊を覆した彼女の力、木乃美亜希の力を使うしかない』


亜希の力——


侑斗は無意識に、隣で息を殺している彼女へ視線を向けた。


『声の力を解放してやることが、彼女を救う方法に繋がる。けれど、彼女はまだ自分の力をコントロールできない』


スクリーンの向こうで、優香の声は続ける。


『だから、誰かが緻密な計算をして、彼女の力をコントロールするしかない。それを実行できるのは……私たちしかいない』


次の瞬間——


窓の中から、細くしなやかな腕が伸びてきた。


椿優香の右手が、ゆっくりと侑斗へ差し出される。


「……あんたの手を掴むと、俺はどうなるんだ?」


侑斗は、一歩後ずさりながら問いかけた。


『君はすぐにその存在が消え、初めから私の中にあったものとして、取り込まれる』


優香の声は、静かだった。


『もう君は、何も考えなくてよくなる。だって、君は最初からいなかったことになるのだから』


侑斗の心に、冷たい感触が広がる。


自分が消える——それは仕方がない。

もともと自分の存在に、価値などないのは分かっている。


——けれど、彼女の一部になることが……嫌だ。


ただの生理的嫌悪だと分かっている。

それでも、胸の奥で何かが引き裂かれるような感覚があった。


『もう時間がない。このままの状態が続けば、あとわずかな時間で、この地球の全てが崩れ去る』


優香の手の向こうに映るのは、破滅した世界の本当の姿。


『その前に、コントロールされない彼女の力が、この世界をリセットしてしまう。君も、私も、君の周りにいる全てのものが、消えてしまうんだ』


——選ばなくてはならない。


侑斗は、一歩前に出る。


右手はまだ、亜希の肩に触れたままだった。


左手をそっと伸ばす。


優香の腕へ——


迷いながら、ためらいながら——


それでも、距離を縮めていく。


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