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138、現在 破滅の色

「さあ、とりあえず君たちと情報共有をしなきゃいけない。君のいる部屋の中で、一番大きな窓に意識を集中するんだよ」


優香の澄んだ声が、侑斗の頭に直接響いた。

あの人の言うことを聞くのは癪だ。だが、亜希は助けたい。


侑斗は目の前の窓を見つめた。そこは外が真っ白にかすんで見える、部屋の中央に位置する大きな窓だった。意識を集中すると、静かだった窓がまるでモニターのように淡く光を放ち、外の状況を映し出し始める。


「なんだ、あの窓?」


最初に声を上げたのは彰だった。


映し出された光景には、空を舞うロッゾの魔女と零の姿があった。

零はここから飛び出していったときと変わらぬ装い――漆黒の衣を纏い、宙に浮かんでいる。彼の正面には、深紅のドレスを翻す魔女がいた。


二人の激突が赤と青の閃光を生み出し、幾重にも空を裂く。衝撃波が雲を切り裂き、稲光のように虚空を揺らす。


『刻奏音で電磁波を変調し、音声情報と合わせて窓を振動させているんだ。君たちに見せるためにね。さあ、木之実亜希を救う方法を教えよう』


窓越しに響いた声に、他の三人も反応する。


「この声……あの北軽井沢で私たちを助けてくれた人の声です!」


琳が驚いたように叫んだ。


彰は眉をひそめながら、過去の記憶を反芻する。

――でも、あの人、本当に助けてくれたか? たしか、あの気味の悪いガキが勝手に自滅しただけじゃなかったか?


「侑斗くん、あの人は一体何者なんだ?」


洋が問いかける。侑斗はしばらく黙り込んでいたが、やがて重々しく口を開いた。


「あの人は俺の……本体だ」



『遥かな昔――それを最初に始めたのが誰なのか、もう分からない。

人々は新たな開拓地を求め、宇宙へと目を向けた。だが、光速度の壁に阻まれ、ついにはミクロの世界へと手を伸ばした。そして、余剰次元の彼方に新しい大地を創ろうとした。


彼らはこの地球の複写を、量子の海の彼方にいくつもいくつも生み出した。だが、それらは不安定で、互いに存在する為の(エグジステンス)(フォース)を奪い合うようになった。


けれど、それだけでは足りなかった。やがて、彼らはこの真の地球からも存在(エグジステンス)(フォース)を奪い始めた。


このステッラの地球は、そのたびに命を削られ、この星に住む者たちもまた、存在(エグジステンス)(フォース)を少しずつ失っていった。


しかし、それは地球自身が望んだことではない。私は、この星の苦しみを伝えるために生まれた大樹……いや、正確には二番目の大樹に最初に触れた者。


そして、この星を救う使命を与えられた者だ』


優香の声が窓を通じ、部屋の空気を震わせる。


「いくつもの地球……? 一体何の話だ?」


彰が思わず問いかけた。



『余剰次元にある地球の複写たちは、実際には重なり合いながら存在している。だが、それぞれの地球からは互いを視認することはできない。なぜなら、それぞれが異なる次元の方向に偏在しているからだ。


長い歴史の中で、争いが始まった。この地球でも、科学の発展は戦争によってのみ達成されてきた。同じように、余剰次元の地球たちも“励起導破戦争(れいきどうはせんそう)”によって敵を作り、互いに力を奪い合うことで、人の力を高めていった』


「……科学の進歩が戦争の産物だなんて、僕には理解できない」


洋が苛立たしげに首を振る。


「敵を作り、争うことで人の力が高まる? 何言ってるんですか、この人?」


琳も、不快感を隠さずに言った。


『理解できなくても、不愉快でも、歴史の結果がそれを証明しているんだよ。


彼と私――私たちの前世は、“励起導破戦争(れいきどうはせんそう)”の最終的な勝利者として、世界を整える役目を負った。


だが、彼はその役目を放棄した。もし彼が間違わなければ、とっくに世界は完成していた。


だから今も人々は憎しみ合い、争いを続けている。彼の現世である私たちは、その理を正さなければならない』



亜希は、部屋を満たす優香の声の圧力に押されながら、必死に理解しようとする。

けれど、いくら考えても分からない。何かが違う――初めてこの人と相対したときから感じていた、違和感が。



『だが、それでも私たちが世界を完成させたとしても、この地球はどんどん存在する力を失っていく。


この地球だけが存在することを許されない。それでは駄目だ。


私は、この地球から助けを求められている。


他の地球が“結創造”を終えたあと、この地球を救う方法を探し続けていた。


方法はひとつ――この真地球の人々が己の役割を認識し、それを果たすこと。


運命など存在しない。けれど、人が営みを続けることで、己の役割は見えてくる。


この地球の人々が、自らを、そしてこの星を救うためには、衰えた知成力をそうやってそれぞれの役割を繋ぎ合わせるしかない。それが、私の“光層磁版図(こうそうじはんず)”』



彰が、奥底から湧き上がる感情のままに叫ぶ。


「……ハ、俺は嫌だな。集団の中で役割を果たすだけのために生きるなんて。他人の価値観を、勝手に押し付けられるなんて、まっぴらごめんだ!」



『人それぞれが、自分の価値観を持つことは自由だ。


けれど、それでも――人は与えられた役割を果たさなければ、この世界で共存することはできない』


侑斗は不思議に思う。

自分と彼女は同じ存在から分かれたはずなのに、彼女の言葉がまるで理解できない。納得できない。


——それでは人は、自分の役割や配置された場所に縛られ、何かを望んだり、願ったりすることすら許されないのか?


胸の奥が重く沈んでいく。まるで世界の理そのものが自分を押しつぶそうとしているかのようだった。


腕の中でかすかに動いた亜希の顔を覗き込む。

彼女は苦しげに眉を寄せながら、それでも侑斗をまっすぐ見つめていた。


(あんたは誰だ? あんたは……あの人じゃないだろう?)


言葉にならない問いかけが、亜希の目の奥で揺らめいていた。




ベルティーナは城の屋上に立ち、遠くから響く刻奏音を聞いていた。


その声の主——優香。

彼女がユウによって転創された存在であるなら、その言葉はすなわちユウの言葉とも言えるのかもしれない。


だが、それは本当にユウが望んだものなのだろうか?


ベルティーナは唇を噛んだ。


かつて兄バーナティーを倒し、最後の勝利者となったユウ。

——貴方は、本当にそんな世界を創ろうとしたの?


違う。


今の言葉はユウのものではない。

ユウは誰よりも争いを忌むべきものと考え、人がそれぞれの価値観を持つことを許される世界を望んでいた。


「ユウ……貴方が本当に創りたかったものは何だったの?」


彼女は視線を遥か北へ向けた。


クァンタム・セルの窓の向こうの地球達の為に、今この世界は静かに、しかし確実に破滅の色へと染まっていく。

ベルティーナは忸怩たる思いで、その変化を見つめ続けた。




大海原の上。


巨大な波が砕け散るその上空で、零とヴェナは互いの力をぶつけ合っていた。


海面には、幾つもの深い穴が穿たれ、激しい衝撃が四方へと飛び散る。


ヴェナは戦いの合間にも、刻奏音(こくそうおん)を通じて優香の声を聞いていた。

あの醜い、ユウ・シルヴァーヌの変わり果てた姿が語る理論——それを聞いて、嘲るように言う。


「おまえのつがいの成れの果てが、世界を滅ぼそうとしているぞ。やはり始末しておいた方が良かったのではないか?」


その言葉に、零はクライン・ブレイドを振り上げると、一気にヴェナへと叩きつける。


「見縊るな、ヴェナレート! 私の侑斗は、そんなに安くはない!」


刹那、衝撃波が世界中へと響き渡る。


それと同時に、世界の偽りの姿が剥がれ落ちた。


空の色が変わる。

かつて呪いの狼煙に覆われていた空は、血のように赤く染まり、ゆっくりとその本来の姿を晒し始める。


大地は乾き、赤黒くひび割れ、海は深い闇の中で死んだように沈黙する。

そこにはもう、美しさの片鱗すらなかった。


崩壊しつつある世界——それこそが、この星の真実の姿だった。


フィーネの予想通り、真実を目の当たりにした人々はさらなる絶望に沈んだ。


かつてシニスのダークがトキヤに倒されて以来、ようやく実態を持ち始めた影。

それはもはや単体ではなく、群となって世界を覆い尽くそうとしていた。




優香が生み出した窓が、一瞬、真っ白に染まる。


次の瞬間、赤茶けた大地と、煤けた空が窓いっぱいに映し出された。


「零さんと魔女の戦いで、世界はこんなになってしまったんですか……?」


琳の震えた声が、沈黙を破る。


侑斗も洋も、言葉を失っていた。


だが、それを否定する声が響く。


『違うよ、彼女たちのせいじゃない』


優香の声が、窓を振動させながら伝わる。


「ああ、忌々しいが、その人の言う通りだ」


彰が苦い顔で呟き、顔を横に向ける。


「あれが——俺たちの世界の、本当の姿だ」

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