137、現在 天使と悪魔のラプソディ
空の彼方では、ロッゾの魔女ヴェナとレイ・バストーレが意力をぶつけ合い、激しい衝突を繰り返していた。
空間が歪むほどのエネルギーが交差し、天空には稲妻のような閃光が走る。
ベルティーナは、その戦いを見届けながらも、思考の片隅にユウが創り出した優香の存在がこびりついて離れなかった。
――ユウはスクエア・リムと共振転創を使い、兄・バーナティーから奪った存在力と自らの意志を込めて優香を創った。
さらに、残った力の九割を禁断のサイクル・リング移動によってベルティーナに託した。
……では、ベルティーナが創った彼――橘侑斗は、一体何なのか?
ユウの「搾りかす」に過ぎなかったのか?
ならば、なぜ葛原零、レイ・バストーレは、この星を滅ぼしてまで彼を手に入れようとした?
彼女が、すべてを知らなかったとは到底思えない……。
◇
零とヴェナの戦いは、天地を揺るがしていた。
雷鳴のような衝撃が空を覆い、閃光の瞬きが世界中を震わせる。
ロッゾの魔女ヴェナは強大だった。だが、ブルの最後であり最強の女戦士・葛原零も、一歩も退かない。
かつてユウと共に戦った頃から、零の戦闘速度は全ての地球最速と恐れられていた。
彼女は力の流れを読み、すべての動きに先手を打つ。
ヴェナの視界の隅を狙った零の攻撃が、次々と繰り出される。
アクア・クラインの輝きがクライン・スピア、クライン・ブラスト、クライン・ブレイドへと形を変え、四方からヴェナを襲う。
真紅に染まった空を背に、ヴェナのオレンジ色の知成力と、零のダーク・ブルーの閃光がぶつかり合い、衝撃波を生み出す。
世界はその光景に圧倒され、人々は恐怖と不安に震えた。
まるで神と悪魔の戦いを目の当たりにしているかのようだった。
「真実が、暴かれる時が来た……」
どこかで、固着化したフィーネが呟いた。
⸻
◇
度重なる零の猛攻により、ヴェナの身体は裂け、傷だらけになっていた。
だが、零もまたヴェナの炎雷に晒され、全身が焦げ付き、血を滴らせている。
「どうした、ロッゾの魔女?」
零は剣を構え、挑発するように口元を歪めた。
「お前の身体は、もう形を保てないほどバラバラだぞ?」
ヴェナはその言葉を聞き、薄ら笑いを浮かべる。
次の瞬間――ヴェナの身体が崩れ、巨大な姿へと変貌した。
やがて、新たな人の形を得たヴェナは、両腕を炎の剣へと変える。
「身体など、いくらでも作れる」
彼女は不敵に微笑んだ。
「心さえあれば、肉体など無限に創造できるのだ。この身に取り込んだ存在力がある限りな!」
だが、零は微動だにしない。
「愚かだな」
静かに、だが冷徹な声で言い放つ。
「身体があるから、心が育つんだよ」
零の青き刃が、淡く輝いた。
「さあ――私の持つ存在力も、すべて飲み込んでみせろ!」
「無論、そうするつもりだ!」
ヴェナの炎雷の剣と、零のクライン・ブレイドが激突し、凄まじい衝撃を生む。
二人は一瞬互いに距離を取ると、零は不敵に笑い、そして――
砂漠の空から消えた。
「共振転創か……生意気な」
ヴェナもまた、共振転創で彼女の転創先を追う。
次に二人が現れたのは、摩天楼の上空だった。
天空を舞う二つの影が、再びぶつかり合う。
果てなき戦い。
神ではなく、悪魔でもなく、
――ただ、戦い続ける二人の女。
「どちらが悪魔なのか?」
ビルの隙間から空を見上げる人々は、祈るように呟いた。
⸻
◇
閉ざされた時空にある零の家の一室で、侑斗、彰、洋、琳が亜希を見つめていた。
亜希の身体は激しく揺れ、瞳を閉じたまま、苦しげに喘ぐ。
彼女の背中から広がる闇が、静かに、だが確実に部屋を侵食していった。
「前に亜希さんが同じ状態になった時、零さんは背中に指を当てて、力を抑えていました」
琳が侑斗に向かって言う。
侑斗の脳裏に、史音の言葉が蘇る。
――サイクル・リングは、高次元へ力を送る能力を持つ。
もしも零が、黄金のサイクル・リングで亜希の力を高次元へと流していたのだとしたら……?
侑斗は右腕に嵌められた青いサイクル・リングを見つめた。
「……できるのか?」
この腕輪で、あの琥珀のリングの百分の一の力しかないこの青で、零のように……?
彼は恐る恐る腕を伸ばし、亜希の身体の輪郭に触れる。
――その瞬間。
「がっはっ!」
凄まじい力が弾け、侑斗の身体は吹き飛ばされた。
壁に叩きつけられ、口から血がこぼれる。
「侑斗くん!」
「侑斗!」
洋と彰が駆け寄り、崩れ落ちる彼の身体を必死に支えた。
部屋の空気が重く沈む。
亜希の闇はなおも広がり続け、彼らを静かに、そして確実に包み込もうとしていた。
「やっぱり零さんじゃなきゃ無理なのかな?」
琳が小さく呻いた。
壁際に避難した四人は、亜希から溢れ出る闇を避けるため、壁に張り付きながらその様子を見守っている。
侑斗は再び立ち上がり、今度はまず自分のサイクル・リングを活性化させる。
右腕の青いリングがかすかに光り、彼の意識はその力を引き出すイメージへと集中していった。
ゆっくりと亜希の身体に近づき、その淵から溢れ出す闇を吸い上げようと試みる。
最初の試みよりも衝撃は少ないが、流れ込んでくるその力は圧倒的だ。
サイクル・リングはそのエネルギーを吸収し、まるで物質に変換するかのように、侑斗の右腕が引き裂かれそうなほどに圧力を感じる。
「く、こんなもの……」
侑斗は耐えきれず膝を落とし、左手で右腕を支える。
全身の力を使ってサイクル・リングを支えようとするが、そのエネルギーは次々と圧倒的な力で流れ込んでくる。
部屋中を覆っていた暗闇は、徐々に侑斗のサイクル・リングへと吸い込まれていく。
闇がその圧力で形を変え、部屋の中の空気が少しずつ落ち着いてきた。しかし、亜希の苦悶の表情はまったく変わらない。
闇の力が偏った方向に吸い込まれたせいで、亜希の身体にはその力が反発して跳ね返るように作用しているのだ。
「う、ああああああああ!」
亜希が瞳を開き、痛みに耐えきれず絶叫する。
その声が部屋中に響き渡り、侑斗の胸に重くのしかかる。
駄目だ、これじゃ亜希さんを助けられない。
自分の力ではどうにもならないのか?
あの旅のように。
中途半端な力は、時に自分自身を危険に晒し、周囲に害を与えるだけだ。
「本当に、全然駄目だ…」
そのとき、侑斗の脳裏にふと別の声が響いた。
その声は、心の奥底から伝わってきた――嫌だ、こんなことは聞きたくない。
あんたの声なんか、もう聴きたくない!
『やっぱり君は全然駄目だね。彼女は君なんかと比較にならないくらい貴重な存在だ。守らなきゃいけないものだ。私がこれから彼女を救う方法を教えよう』
その声は、史音から教わった刻奏音だった。
元々、別の地球で使われていた第6次元を通じて、彼女は非局所通信を使って侑斗に語りかけてきたのだ。
その声が侑斗の意識に、確かな形で響き渡る。
――それは、もう一人の「彼」である、椿優香の声だった。