133, 現在 偽られた創造
『星々の輝きの中には無限の可能性がある。けれどもそれは届かない願いだ。初めにこの世界を創りしものは別の可能性を求めた。隣接する高次元に新たな大地を創った。そして創られた星々は更なる高みを求めて互いを奪い合った。親である星は自分の子供たちを命を注いで育て上げた。そして世界が完成する時、人々は真の歓びを得ることが出来る』
もはや人影一つない、荒涼とした大地、どこかの地球。その廃墟のような空間に、古びた書物が風に舞う。一つの影が、その書の一文を拾い上げる。
フィーネの一体が、文字の羅列を目にした瞬間、己の輪郭を形作った。フィーネは、外側から形を与えられる存在。外に自分を創る理由が無ければ、シニスは存在しない。塵楳として創造主に生み出されたフィーネの使命は、階層の壁をを薄めること。人の思考パターンを悪意や害意で操る。それは直接ストリングで他者の意識を操るより遥かに効率は悪い。だが、その効果は確実だ。世界の隅々まで撒かれた塵楳は、人々の心を少しずつ蝕んでいく。
「この古い書物は何を示している?」
形を持ったフィーネが、同じ姿をした別のフィーネに問いかける。瞬間、新たな影が浮かび上がり、答えを返す。
「人の行いの理、贋物の記録」
さらに現れたフィーネが問う。
「世界が完成するとは、どういう意味か?」
それに応じて、また別のフィーネが答える。
「世界は完成などしない。だから人の真の歓びなど、永遠に訪れはしない」
「それを人に話してはいけないよ」
また一人、フィーネが囁く。
「真実に気づいた者は、私達の手で世界の底へ沈めなければならない」
一群のフィーネが声を揃えた。
「あのラナイの戦士、ヴェナレート・クレア・ラナイをそうしたように」
「あのブルの戦士、ユウ・シルヴァーヌをそうしたように」
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「不協和な音が響くな……」
暗闇の淵で、影が呟いた。
「主、ダークがこの星の淵から形を持とうとしていることを知って、全ての地球で役目を終えたフィーネ達が、形を持ったのだな」
フィーネは深紅に染まる空を見上げ、無感情に溜息をつく。
「ロッゾの魔女か……。私達が世界の底に追いやったあの女を使って、複素演算体とやらもよくやってくれる。呪いの狼煙のように、直接人の思考パターンを操ることはできないが、その恐怖は人の心の偏差を招いてこの階層の壁を薄くする。そうすれば、この星の真の姿が浮かび上がるだろう。人は希望を手放す。そして、己が移行すべき先を知ることになる……」
天高く飛翔するヴェナは、足元の大地にいる人々へ向けて、恐怖の雷を放ち続けていた。地球全土に広がる惨劇は、終わることを知らない。
だがその時――。
突如として、渦巻く大気がヴェナの膨れ上がった身体を包み込んだ。その激しい気流は、防御を怠っていたヴェナの体を大きく揺るがす。
「何者だ?」
大気の渦が、やがて人の形を取る。ヴェナと同じほどの大きさに成長したその姿が、冷然と告げた。
「この星を、これ以上汚すことは許しませんよ。ロッゾの魔女とやら」
「何だ、貴様は?」
ヴェナが尋ねるよりも早く、アルファは圧縮した空気を真空の刃に変え、一閃する。それはヴェナの身体の一部を斬り取った。続けざまに三発。右腕、左足、右肩へと命中する。開いた穴は再生されるが、アルファの刃は容赦なく次々と襲い掛かる。
「私はアルファと呼ばれている。この星の守護者です」
ヴェナは記憶を遡る。
「ふむ……その声は聞いたことがあるな。ああ、あの時か。あの小娘をこの世界から奪った時、抵抗したあの弱々しい声だな?」
アルファの刃がヴェナの頬を掠めた。
「そうです。私から瑠衣を奪ったあなたを、決して許しません」
アルファはほぼ同時に、全方向から空気の刃を放つ。その集中砲火を浴びたヴェナの身体には亀裂が走り、粉々に砕け散った。
しかし。
「この星の守護者だと? お前が人を守るだと……? なんの冗談だ?」
砕けた身体を捨て、新たな身体を得たヴェナ。その巨大な存在力が雷となり、アルファの身体を真っ二つに割った。
「お前の存在が、冗談だったな……。面白い存在ではあったが」
ヴェナはアルファが崩れ落ちるのを一瞥し、再び地上へと雷の炎を向ける。
すると――
背後から灼熱の球がヴェナの身体を貫いた。
新たな女が、拍手をしながら現れる。
「アルファの一幕のお相手、ありがとうございました。さあ、次は私の炎の舞をご覧ください」
言葉通り、熱風の塊がヴェナを包み込む。
「貴様……!」
「ロッゾの魔女さん、身体をいくつも持っているのは貴女だけではありませんよ? というか、それこそ私の専売特許です」
ヴェナは舌打ちし、炎のアルファを裂く。すると、また上空に別の女が微笑みながら現れた。
「さて、次は水流の舞をご覧ください」
ヴェナが真上を睨み、吐き捨てるように言う。
「このくだらん茶番は、いつまで続くのだ?」
「さあ、私の数ですか? 分かりませんよ。数えたことがないので」