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131、現在深紅の陽炎

ヴェナ・ロッゾは、ベルティーナの束縛を離れ、人の姿をとってステッラの地球の街に降り立った。


深紅の霧をまとい、紅蓮の衣を纏ったヴェナ。その異質な存在感に、街を行き交う人々は思わず足を止め、好奇の目を向ける。しかし、ヴェナは気にも留めず、悠然と通りを進んでいく。


「大地に立つと、この薄気味悪い世界の醜さがより際立つな。なんと脆い……少し触っただけで崩れ去りそうではないか」


呟きながら、そびえ立つ巨大なビルに手を当てる。瞬く間に、その構造が歪み、静かに掻き消えるように消滅した。中にいた人間もろとも。

しかし、周囲の人々はそれに驚くこともない。彼らの記憶は書き換えられ、ビルなど最初から存在しなかったものとして世界は整合性を保っている。


「滅ぼすのは容易い……だが、それでは私が魔女であるだけでなく、『人』としてここに来た理由にならない」


複素演斬体(ふくそえんざんたい)は、ただ地球を滅ぼすためにヴェナを復活させたのではない。滅び去った幾つもの地球の怨念と情念を注がれたヴェナは、かつて世界を敵とした魔女とは異なる。


『相応しい苦しみを与えよ』


「憎しみだけでいられた頃のほうが楽だったな。人の悲しみを背負うというのは、これほどに辛いものか……」


ヴェナは人の姿を崩し、気流と共に空へと昇る。

両手を天へ掲げると、纏っていた深紅の霧が渦巻きながら天空へと立ち昇っていく。それと共に、彼女の中に蓄積された消え去った地球たちの存在力が、かつての地球の大気へと侵入する。


そして――


空は深紅に染まった。


皮肉にも、史音とベルティーナが創り上げた強大な存在の力が、その紅の中で白く輝く。それはまるで、白亜の呪いの名残のように、紅に侵されながらもなお青く光を放つ。


呪いの狼煙が消えて、まだ十日。


 世界は、この深紅に染まった空を見上げ、恐れおののいた。呪いの狼煙とは異なり、それは人々の無意識に眠る他我の種(たがのたね)を呼び覚ますものではない。


それは、滅びた地球たちの怨念が形を持ち、この星の人間たちへと向けられたものだった。


ヴェナは高空で瞳を閉じる。

そして、己の中でこの世界の時間反転を眺めた。


過去、滅びた世界。


滅ぼした者たちの行為と罪。


「炎に焼かれることは……苦しいんだよ」


『地球を守る教団』で有城龍斗が死に絶えた後、世界に散った者たち。その何人かが突如、灼熱の業火に包まれた。


「真空に放り出されることは、辛く、寒いことだ」


教団の関係者たちの周囲から、突如空気が消えた。彼らは耐えきれず、内側から破裂していく。


「ほんの数秒前まで幸福に暮らしていた者が、一瞬で全てを失うことが、どれほど惨いことか」


一時、教団の信者となり、他我の種から解放された者たち。その家族たちは、一瞬にして蒸発した。


ベルティーナは、自身の元へ戻ってきた元教団の者たちを、ぎりぎりのところでその瞳の力で守る。


その気配を感じたヴェナが、ふっと口元を緩めた。


「これはまだ手始めだ……お前たちは苦しみぬいた後で、自分の星ごと存在を否定されるのだ」


ーその瞬間。


ヴェナに対して、強大な存在力が敵意として向けられた。


それは、宝石のような瞳。

そして、その瞳が、言葉なく語りかけてくる。


『ロッゾの魔女よ、私の前に来るが良い。お前が私を倒さぬ限り、お前の目的は決して叶わぬ』


「レイ・バストーレか……以前とはまるで別人だな。しかし、今のお前に構っている暇はない。私を止めたいのなら、お前が私の元へ来るがいい」



地上。

砂漠の大地で、アルファは深紅の空を仰いでいた。


彼女はゆっくりと息を吸い、吐く。

そのたびに、彼女の周囲の大気が変化する。


地球の守護者として生まれたアルファは、大地とも、大気とも、大海とも繋がることができる。


そのアルファの前に、位相を跳んだ者が現れた。


瑠衣(るい)……」


眼前に立つ女の名を呼ぶ。

彼女は僅かに目を細め、口元に静かな笑みを浮かべた。


「アルファ……私のことをそう呼ぶのは、もう貴女だけだよ。でも……そうだね。

本来なら、貴女を継いでこの星の守護者になるはずだった『彼女』に取り憑かれた私が、

本当は貴女と共に、あの魔女と戦うべきだったのだと思う」


アルファは、優香の肩を掴んだ。


「瑠衣……貴女はそこにいるのでしょう? 出てきなさい!」


しかし、優香は瞳を閉じ、静かに首を振る。


「アルファ、確かに彼女は私の中にいる。だけど……この前、私が彼女を放り出した時、一人になった彼女は十分と正気を保てなかった。

私たちは互いに依存している。でも、そのくせどちらの力も完全には使いこなせない。

我ながら……本当に情けないよ」


アルファは、優香の身体からそっと手を離し、沈んだ声で呟いた――。


「椿優香、貴女の元に行く瑠衣を私は止められなかった。だから、私が戦うしかない。この星は私が守るしかない」


アルファの声には、決意と悲哀が入り混じっていた。すると今度は優香がアルファの手を強く握り、必死に訴えかける。


脈楼の谷(みゃくろうのたに)で史音たちに向けた力が、貴女のすべてではないことは知っている。でも、ベルと対等な力を持つヴェナには勝てない。もう後は彼女に、レイに任せるんだ!」


優香の言葉に、アルファは一瞬だけ目を伏せた。そして、ゆっくりと彼女の手を離す。冷たい風が二人の間を吹き抜け、砂漠の乾いた空気が一層広がる。


アルファは静かに息を吸い込み、自身の周囲に空気の膜を張った。それを再びこの地球の大気と繋げ、まるでこの星そのものと一体化するかのように、足元から力を漲らせる。


「優香、この星のことは、この星の者が守る。貴女たち仮想ブレーンから来た者たちには任せられない。そして、二度も狂気に走った枝の神子たちにも、私は絶対に頼らない」


アルファの瞳には揺るぎない決意が宿っていた。


「私が死ぬ時が、この星の滅ぶ時。放っておいても、長くはないこの星の生命……潔く滅びるのも、悪くはないでしょう?」


彼女は微かに微笑み、ゆっくりと上空へと舞い上がる。彼女の体を包む大気の渦が、周囲の砂粒を巻き上げ、赤く染まった空へと溶けていく。


「止めなさい、アルファ!」


優香の叫びが夜空に響く。しかし、その声は風に飲み込まれ、アルファに届くことはなかった。



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