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130 過去 群青の愛

ベルティーナの地球には、いくつもの国が存在し、それぞれが役割を持ち、互いに支え合っていた。


政治の中心であるマティアの国商業を司るフォンの国。工業を担うグラナスの国。。そして、軍事を統べるラナイの国。


その日、ベルティーナは初めて真創兵たちの指揮を執り、他の地球へと戦いに赴いた。


初陣ではなんとか勝利を収めることができた。だが、それは彼女にとって通過点でしかない。兄バーナティーを凌ぎ、次期女王とならねばならない。その矜持を、彼女は胸に深く刻み込んだ。


戦いの後、ベルティーナは自軍の兵たちを労い、礼を述べる。


「貴君らの今日の戦いは見事であった。家へ帰り、ゆっくりと傷を癒してくれ。還らぬ者たちの家族には、私が頭を下げに行く」


その言葉に、生き残った兵たちは遠くを見るような目をして彼女を見つめた。


「ありがとうございます、ベルティーナ様」


若い兵の一人がそう言うと、ベルティーナはわずかに微笑んだ。


「私は姉のように、兵を理不尽に扱うことはしない。私は姉とは違う」


その言葉に、年嵩の兵が目を丸くし、呟く。


「理不尽な扱い……ヴェナレート様が、ですか?」


「やめろ、カダチ。余計なことでベルティーナ様のお耳を汚すんじゃない」


師団長の鋭い声が響き、兵はそれ以上口を開かなかった。


---


ヴェナレートがロッゾの地球へ追放され、魔女となり、幾多の地球や人々を滅ぼした。その報せを聞いたとき、ベルティーナの中から、かつて優しかった姉の面影は完全に消え去っていた。


呪われたラナイ一族の中で、最も呪われた存在――それが姉だった。


いや、姉だった者だ。


しかし、つい先日、ブルの世界のユウとレイが魔女ヴェナを討ったと耳にした。歓ぶべきことのはずなのに、なぜか心の奥に澱のようなものが沈殿していた。



数日後、久しぶりに他の地球の戦士たちが訪れ、ラナイの城でいくつかの協定が結ばれた。会議の席には、ブルの世界の戦士――宝石のような瞳を持つレイ・バストーレがいた。


だが、彼は来ていなかった。


ユウ・シルヴァーヌの姿がないことに、ベルティーナはなぜか失望を覚えた。


兄に犯されそうになって以来、異性に興味を持てなくなったはずの自分が、なぜ――?


ベルティーナはその疑問を振り払い、猛然と他の地球の戦士たちと口論を繰り広げた。特に戦いの制限について、レイ・バストーレとは何度も激しく対立した。


だが、ロッゾの魔女を生み出し、彼女を討ってもらった立場で、強く反論できることは少なかった。



会合が終わり、ベルティーナは自室へ向かった。


城壁のバルコニーに、一人外を向いて佇む男の姿があった。ユウ・シルヴァーヌ。


ベルティーナは何も言わず、その横を通り過ぎようとする。


「君の姉上には、申し訳ないことをした。詫びて許されるものでもないだろうけど」


彼の背中越しに、静かな声が届いた。


「……なぜそんなことを言うのです?」


ベルティーナは足を止め、振り向くことなく答えた。


「あれはもう、優しかった姉ではありません。むしろ礼を言わねばならないでしょう。幼かった頃の姉は、無邪気な残酷さで側近や罪のない民を何人も死なせました。戦場では自分の力を出し惜しみし、多くの兵を死に追いやった」


ユウはゆっくりと彼女の方を向き、眉をひそめる。


「……僕は、君の姉上ほど自軍の兵を気遣った人を見たことがない。あれほどの力を持った人だ。幼い彼女に適切な処置を施していれば、いらぬ人死はなかったはずだ。君のご両親は、彼女の力を強くするため、あえてそれをしなかったんじゃないかな?」


「何を……言っているの?」


ベルティーナの心にざわめきが広がる。


真創兵たちのあの言葉と表情――“ヴェナレート様が、ですか?”


ユウの瞳が真っ直ぐに彼女を射抜く。


「あんな立派な人が、誰のせいで魔女などにならなければならなかったのか。聡明な君が、それを考えないことが僕には理解できない」


姉は、なぜ魔女になった?


なぜ追放された?


――私だ。


私を兄から守るために、姉上は……。


そうだ。私はあの時、姉とともに父や母、そして兄と戦うべきだった。


そうすれば、姉が魔女になることなどなかった。


世界が乱れることもなかった。


「私の……私のせい……。私が何もしなかったせいで、あんなに優しかった姉上を魔女にした……! 私は、なんて愚かだったの……!」


膝が崩れ落ち、その場に座り込んだベルティーナ。


頬を伝う熱い涙が、指の間から零れ落ちる。


優しかったヴェナレートの思い出が、堰を切ったように押し寄せてくる。


姉は、いつでもベルティーナの味方だった。


トキヤを呼んでくれたのも、姉だった。


ベルティーナの知りたいことは、すべて姉が教えてくれた。


共振転創のことだって、私にだけ。


「……ぁあああっ……」


嗚咽とともに、視界が涙で滲んでいく。


「魔女は私です、呪われていたのは私です。もう私は自らを、身体も命も否定するしかない」


 ベルティーナは、自らの周りを差時間の膜で繋ぎ、その流れを内側に反転させる。時間と自身を交じ合うように張り続けると、肌が蝶のようにひらめき、尺積にも解体が始まる。身体がバラバラになって、不幸せな死が近づく。私に相応しい死。


「駄目だ、君の姉上が最後に人の姿に戻って、僕に倒される直前、彼女は君の事を考えていた。君のことだけを心配していた。それを受け取った僕が、こんなところで君を死なせるわけにはいかない」


 ユウはベルティーナの右腕をがっちりと握り、その力をサイクル・リングで引き上げた。命削りの力を、彼の手が逃がしていく。


「ユウ・シルヴァーヌ。・・・私はどうしたら良いのです。私は何のために存在しているのですか」


「そんなこと僕にはわからない。でも前にも言ったと思う。戦争のための戦争をするのは意味が無いと。君の妹上はそれを理解していた。僕は彼女が世界を導いてくれると願っていた。だから彼女を倒した僕は、その意思を継ぐつもりだ」


「私も。・・・」


 その言葉を叩いた瞬間、ベルティーナは口を閉じた。輝く線を潜めるように視線を下げる。そこには、敵意に溢れた淺淺とした義眼が視界を切り込んでいた。


 レイ・バストーレだ。


 彼女の水晶のような瞳がベルティーナを気高く傷つけように、安心を排他するように、星の光のように鎖ついている。


 ユウの光は、その瞳を水暗の底へと隠した。


「姉さま、貴女もこんな気持ちを抱いていたのですか。私はあの人を好きにならずにはいられない。」


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