126,過去 ラナイの血
「はあ?バーナティー、冗談を言っているのなら、聞かなかったことにしてやるから、さっさと私の前から消えろ」
ヴェナレートの声は乾いた響きに包まれていたが、その瞳には抑えきれぬ怒りの炎が灯っているのがベルティーナにはよく分かった。部屋の空気がぴりぴりと緊張し、空気の流れさえも止まったかのように感じられた。
「何故ですか?姉上。姉上はラナイ王家で最大の力を持つ最強の戦士。しかし、万が一戦いの途中で御身に万が一の事があれば、その力は途絶えてしまう。ならば私の子を産んでいただければ、その力はこれからも我が国を守り続けるでしょう。」
バーナティーの声は冷徹で、計算されたような冷ややかなものだった。その言葉がベルティーナの耳に届くたび、彼女の心に不快感が広がった。これは、いつものバーナティーの浅はかな思いつきであり、彼の短絡的な思考回路が引き起こしたものだと、彼女は知っている。
ベルティーナは思わず溜息をつき、窓の外に目を向ける。夜の空が黒く、冷たい風が窓辺を揺らしている。外の静寂と対照的に、室内の空気は重く、ひしひしと圧迫感を感じる。
「バーナティー、血縁が濃い者同士で子孫を残すことは、ラナイの発展を止めてしまう。遺伝子レベルで劣悪なものが重なり合って、奇形を生む可能性が高くなる。」
ベルティーナの声は冷徹で、言葉に重みがあった。その言葉に対する反論を予感しながらも、彼女は続けた。
「ましてやラナイの特殊な細胞構造を持つ者であれば、どんな弊害が生まれるか、あんたも知っているだろう?」
それでも、バーナティーは自分の考えに固執し、反論を続ける。彼の瞳には計算された冷たさが宿っている。
「姉上、我らの力は受精卵から劣勢な部分を排除し、子を作ることも可能ではありませんか?奇形が生まれたのなら、処分して次を作れば良いだけだ。ラナイ一族の血を薄めてはならない。この地球の安定を未来にわたって支えるために、それが重要なのです。」
ベルティーナは言葉に詰まることなく、その場の空気を断ち切るように反論する。胸の内で込み上げてくる嫌悪感を押し込めながらも、冷静さを保つ。
ヴェナレートは静かに本に目を落とし、しおりを挟んで横に置く。その動作一つ一つに、彼女の冷徹さがにじみ出ていた。
「バーナティー、母は確かに直系のラナイ一族だが、父はラナイ一族の末端だ。それでも、私のような力を持つ者が生まれた。血を濃くするよりも、新たな可能性を探った方が賢明だと言っているのだ。」
ヴェナレートの言葉に、バーナティーの顔色がみるみる悪化していく。彼の震える唇から、言葉が絞り出される。
「姉上、本気でそのような事を仰っているのですか?」
「もちろん本気だ。」
ヴェナレートは冷たく言い放ち、ふと不快そうに顔をしかめた。
「さっさとその不景気な顔を私の前に晒すのをやめろ。」
バーナティーは、憮然とした様子で部屋を出て行った。扉が静かに閉まり、その音が響いた。
しばらくして、ヴェナレートは再びベルティーナに目を向ける。その目は冷徹ながらも、どこかしんみりとした表情を浮かべていた。
「ベルティーナ、ラナイの血が濃くなると、ああいう馬鹿が増えていく。お前も気をつけるんだ。自分の身も心配しておけ。」
再びヴェナレートは本を手に取り、目を落とし始めた。その姿は、まるで何もかもを見透かしているかのように冷静だった。
時間が過ぎ、数日後。ベルティーナは寝苦しい夜、半分目を覚ました。汗が額に浮かび、布団を乱して身を起こす。部屋の中は静寂に包まれ、窓の外から月明かりが淡く差し込んでいた。その光景はどこか不安げで、ベルティーナの心に不安がよぎる。
その時、部屋の片隅に不審な影が現れる。ベルティーナは完全に目を覚まし、身を引き締めた。
「誰だ、このような時間に無礼を働く者は?」
ベルティーナの声は鋭く響き、警戒心が走った。彼女が半身を起こすと、目の前に立つのは他ならぬ兄、バーナティーだった。
「兄上……どうして、このような時間に……どういうおつもりですか?」
バーナティーの顔には不気味な笑みが浮かんでいた。彼はゆっくりと、そして確信を持って近づいてきた。
「やあ、ベルティーナ、僕の可愛い妹。ずっと君のことが好きだった。」
ベルティーナの胸が締め付けられる。彼の言葉が、冷や汗をかかせるほどに不快で、震えるような恐怖を覚えた。
「君も僕のことが好きだったよね。」
その言葉に、ベルティーナの心は凍りついた。
「そんなこと、思ったことは一度もない。」
彼女の心の中で、涙と怒りがこみ上げてくる。しかし、声を上げる間もなく、バーナティーは強引に近づき、覆いかぶさってきた。
「僕はどうしてもラナイの血を残したいんだ。」
その言葉に、ベルティーナの恐怖はピークに達し、悲鳴を上げようとしたが、彼の手が素早く彼女の口を塞いだ。
そして、ベルティーナは必死に力を込め、差時間の障壁を創り出し、一瞬にしてバーナティーを吹き飛ばす。だが、バーナティーは再び立ち上がり、薄笑いを浮かべる。
「妹よ、実の兄に酷いことをするな。今度その力を使ったら僕も本気で君を殺す」
その卑怯さに、ベルティーナは唇を噛みしめる。
「助けて、ヴェナレート姉さま、助けてください!」
バーナティーがベルティーナの胸に顔を押し付けてくる。ベルティーナはただひたすら涙を流すしかなかった。息が詰まりそうな圧迫感の中で、彼女は必死に姉を呼び続ける。その瞬間、バーナティーの体が壁まで吹き飛ばされた。
「それでもまさかこんな事をするとは思っていなかったんだがね、私が甘かったようだ」
ヴェナレートの声が響く。赤く光る瞳で、壁に倒れ込んだバーナティーを冷徹に睨みつける。その視線に、無言で耐えるバーナティーは痛々しくうずくまっていた。
ヴェナレートが軽く手を上げると、バーナティーの身体が無理やり壁に押し付けられる。周囲の空気が一変し、異常な緊張が張り詰める。
「バーナティー、今からお前の生殖機能を奪う。二度とこんな事をさせないためにな。お前が国中の女達にしてきたことを私が知らないとでも思ったか!」
バーナティーが身体を痙攣させ、白い目を向けた後、そのまま床に落ちていった。
ベルティーナは、呆然とその光景を見つめていたが、やがて駆け寄り、泣きながらヴェナレートに抱きついた。
「姉上、ありがとう…本当に…ありがとう」
ヴェナレートはしばらく沈黙した後、静かに言った。
「ごめんよ、ベルティーナ。私がもっと早くこいつを処断しておくべきだった」
数日後、バーナティーはヴェナレートに対する復讐心を燃やし、その恨みを言葉に変えて王と女王に迫った。バーナティーは、ヴェナレートが戦いで使った力のデータを盗み出し、それを使って彼女の不正を暴露した。そして、去勢されたことを不当だと訴え、都合の悪い真実を覆い隠していった。
「第一王女ヴェナレートは、すべての戦いで自分の本来の力を使わず、味方の軍に多大な損害を与えた。そしてその女は、この地球だけでなく、他の地球からも思い通りにすべてを引き寄せる力を秘めている。放置しておけば、ラナイの国もこの世界も滅ぼしかねない存在だ。悪魔であり、強欲な魔女だということだ」
ベルティーナは、父と母がバーナティーの言葉を信じることはないだろうと思っていた。しかし、王と女王がそれを真剣に受け止めた瞬間、彼女は耳を疑った。
「ヴェナレートよ、お前は誕生した時から忌むべき存在だった。お前を育てるために仕えた者たちは、みなその無邪気な力のために命を落とした。お前が目覚める前に、どれほどの者が犠牲になったか、わかっているのか?」
母、女王の冷徹な言葉が響く。ベルティーナは驚愕し、姉の子供時代の話をほとんど聞いたことがないことに気づく。
「ヴェナレート、お前を生むために私は体細胞を何度も入れ替えた。そのために民にどれほどの犠牲を強いたか、お前には理解できまい」
国王も同調し、ヴェナレートに対する非難は続く。
そして、ついに国王の決断が下される。
「ヴェナレートよ、お前は戦において多大な功績を残したため、その存在を許していた。しかし、王家の最後の男子の生殖機能を奪い、他の地球の存在を肯定し、戦争を否定するお前のような者は、ラナイの国には必要ない。今すぐ、その力を封じ込めるため、最も存在が希薄なロッゾの地球に追放する」
王と女王、そしてバーナティーはラナイの盾を持ち、ヴェナレートに迫る。三人は、一つの目的を果たすために動き出した。
「ベルティーナ、お前も自分の盾を持ってこちらに来なさい」
母は冷徹にベルティーナに命じる。しかし、ベルティーナは涙を堪え、強い口調で反抗した。
「嫌です!姉上に何度も助けられました。こんなことは間違っています!」
母が手を上げようとしたその瞬間、ヴェナレートが声を上げた。
「止めな、女王よ。使うつもりのないラナイの盾など、何の役にも立たない」
その一言に、ヴェナレートの力が炸裂する。ヴェナレートの周囲に三つの盾が現れ、それを囲むように近づく。
「ラナイの盾は、強大な力を持つ敵に対してその力を折り曲げ、攻撃力を最小にする。これもまた、ラナイ一族の力だ」
ヴェナレートはその言葉に反応し、共振転創を試みる。しかし、盾に阻まれ、彼女の力は全く届かない。周囲の三つの盾が迫り、ヴェナレートはそれに対抗するために全ての力を外に解き放つ。その力は、盾に亀裂を入れるが、ヴェナレートも限界を迎えていた。
「姉上!」ベルティーナは、涙を流しながら叫ぶ。
その瞬間、ヴェナレートは強い決意を胸に抱き、声を上げた。
『分かったよ。私の存在が世界の敵なら、私は世界を倒さなきゃいけない。お前達も、全て私の敵だ』
ヴェナレートの強い意志が、その場にいる全員に伝わると同時に、彼女はその場から姿を消した。
ヴェナレートが消えた後、ベルティーナは罰として地下牢に投獄される。時折、絶望的な気持ちに打ちひしがれながらも、彼女は黙ってその日々を過ごしていた。
ある日、兄バーナティーが牢獄に現れる。
「やあ、ベルティーナ。可哀想に。僕が父上と母上に頼んで、君を出してもらうよ」
バーナティーはそう言って手を差し伸べる。しかし、ベルティーナはその手を冷徹に払う。
「兄上、今後一切私に触れないでください。指一本でも触れたら、私は躊躇なく貴方を殺します」
その後、ベルティーナは全ての異性に嫌悪感しか抱けなくなった。ユウに会うまで、その気持ちは消えることはなかった。