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123、現在 無限の箔刀(クリスタル・ソオド)

ロッゾの魔女の声を聞いた瞬間、優香の中で何かが弾けた。


葵瑠衣が荒れ狂う。ロッゾの地球で何百回も殺された記憶が、憎悪となって煮えたぎり、黒い津波のように意識を呑み込もうとする。


あれを倒す!

あれを許さない!

あれの存在を認めない!


優香の理性が急速に暗闇に沈んでいく。そのとき、もう一つの巨大な意思が葵瑠衣の暴走を押し戻した。


――ベルティーナを救わなければ。


その想いが優香を覚醒させる。葵瑠衣の影を押しのけ、己を取り戻した優香が叫んだ。

「駄目だ、ベル! そんなことをしちゃいけない!」


しかし、船内にいたベルティーナの姿はすでに消えていた。声は届かない。

優香は両腕で自分の身体を抱きしめる。全身が震えていた。胸の奥から溢れ出る力が、身体を銀色に輝かせる。


次の瞬間、彼女は東の空へと飛び立った。


**************************************


東の日本列島、琉双の丘。


侑斗は零、修一と共に草原に立っていた。昨晩までの荒れた天気が嘘のように晴れ渡り、穏やかな風が丘を撫でる。草の匂いが、微かに湿った土の香りと混じる。


零は優しく微笑んでいた。昨日までの不安が嘘のように消え去っている。その姿を見て、侑斗は思う。


――零さんは、すごい人だ。


秀でた才能に溺れることなく、どんなときでも他人の話を真剣に聞く。こんな人を置いていった男がいるなんて。


ユウ――。


昨晩、零はその名を口にした。どんな男だったのか。

美しい少女ベルティーナを苦しませ、零の心を縛り続け、搾りかすのような存在である自分をこの場に残した。


一体、何がしたかった?

何を背負っていた?

どうして、消えてしまった?


『大きな過ちを犯した。でも、それでもやらなきゃならないことがあった。そして君も必要だった』


突如、侑斗の頭の中に声が響く。


瞬間、彼の意識が書き換えられる。


西の空から、一条の銀光が一直線に彼へと向かってくる。

侑斗は何かに突き動かされるように立ち上がる。


「駄目だ、ベルティーナ! そんなことをしちゃだめだ!」


だが、それは侑斗の声ではなかった。


澪がはっとする。


「この身体を借りるよ」


その言葉と共に、銀の光が侑斗を包み込み、右腕の青のサイクル・リングへと流れ込んだ。


澪と修一の目が見開かれる。


そこにいたのは――


ブルの戦士、ユウ・シルヴァーヌ。


右腕には銀色のサイクル・リング。

両腕に携えた二振りの無限の箔刀、クリスタル・ソオド。


ユウはゆっくりと両腕のクリスタル・ソオドを外し、腰を沈める。


澪の脳裏に焼き付いている姿。

何度も見た戦闘態勢。


――スクエア・リム。


刃から溢れるエネルギーが弧を描き、やがてアーク・プレイザーの輪郭を成す。直角に構えた二つの剣にエネルギーが蓄積され、その淵が琥珀色に強く輝く。


巨大な弧の刃が放たれた。

琥珀の閃光が、遥か西の空へと飛んでいく。



ベルティーナは《カーディナル・アイズ》の力を限界まで高め、差時間の膜でヴェナを封じ込めていた。


その中には、ベルティーナ自身の肉体も存在力として潜んでいる。


「……ベルティーナ、貴様!」

「さあ、共に量子の海に消えましょう、姉上」


ヴェナが絶叫する。


その瞬間。


琥珀の光の弧が飛来し、カーディナル・アイズの結界を打ち砕いた。


轟音と共に、結界が砕け散る。


咄嗟の出来事にベルティーナの意識が途切れ、捕えていたヴェナを手放してしまう。


――スッ。


ヴェナの姿が、瞬時に掻き消えた。


ベルティーナは急いで飛行船へと意識を戻した。


カーディナル・アイズを外側から破る?


できるのは、たった一つの技。


「……ユウの《スクエア・リム》……」


遠くから、ユウの声が響く。


『ごめんよ、ベルティーナ。君は、まだこんなところで消えちゃいけない』


「ユウ! どこにいるの?」


『もう戻らなくちゃいけない。僕はただの残留思念だ』


「待って……逢いたい……残留思念でも構わないから……あなたに逢いたい! 逢いたいよ!」


ベルティーナの叫びが、船内に虚しくこだまする。


視界が滲む。


涙でぼやけた目に映ったのは、床に倒れた一人の女性。


「優香?」


違う。


そこに横たわっているのは、見たことのない女性だった。



琉双の丘。


立ち尽くす零。


激しい感情が溢れる。


涙が頬を伝う。


ユウは《スクエア・リム》の構えを解き、ゆっくりと零を振り返った。


「ユウ……あなた……」


「ごめん、レイ。ロッゾの魔女が来てしまった。後のことは、頼むよ」


 一瞬の閃光とともに、侑斗の身体からユウの気配がすうっと抜けていった。まるで魂が離脱するかのように、彼の身体は力を失い、その場に崩れ落ちる。


 スクエア・リム――それは普通の人間には到底扱えない技。放った瞬間に全身の体力が限界を迎え、生命そのものを削るほどの負荷がかかる。侑斗の顔は青白く、呼吸は浅く乱れていた。


 澪はとっさに彼の身体を抱きとめる。温もりがほとんど感じられないほど、侑斗の体温は下がっていた。


「ユウ……」


 微かに震える声が漏れる。


 私が、あなたの頼みを断ったことなんて、一度もなかったじゃない……。


 胸の奥に押し込めていた想いが、堰を切ったように溢れ出す。


 ――でも、逢えた。


 ほんの一瞬だった。それでも確かに、そこにユウがいた。懐かしい声を聞いた。彼の意志が、自分を呼んでくれた。


 「……嬉しかった……」


 澪は侑斗の身体をぎゅっと抱きしめた。震える声で叫ぶように、泣きながら。

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