122 現在 報復
『ベルティーナ…』
真っ暗になった船内に、不気味な声が響き渡る。優香とベルティーナは、その声の発せられる方向を無意識に見つめた。
『ベルティーナ…』
『ベルティーナ…』
『ベルティーナ…』
闇の中で、複素演斬体の声が幾重にも反響する。まるで世界そのものが、ベルティーナの存在を裁こうとしているかのようだった。
この世界の理の外にある存在——高次元にしか留まれぬ彼らが、クァンタム・セルの窓を超えて顕現したのか?
『量子の海を渡ったおまえを、我々が再構成し、この地へ転創させた理由を忘れたか…?』
『おまえに、この地球を監視させるという役目を課したのに、それを果たさなかった。』
『太陽の鞘をいくつも破壊させたおまえの無能…』
『何故、すぐにおまえのいる地球を破壊しなかったのか…?』
暗闇がより濃くなった気がした。ベルティーナは拳を握りしめる。
「私には分からない…だけど、この世界の人々が、シニスを止めたの。彼らと私たちが共に世界を救わなければ、きっと私たちの地球も消えてしまう」
静寂が訪れる。そして再び、声が木霊した。
『もう良い……』
『もう良い……』
『もう良い……』
『もう良い……』
その瞬間、空間が揺らぎ、別の声が現れる。
『我々はロッゾの魔女を、量子の海に彷徨っていたあの魔女を再生した』
ベルティーナの脳裏に戦慄が走る。
「ロッゾのサイレント・ウィッチ……ヴェナ・ロッゾ?」
馬鹿な……。
ラナイの血を引きながら、ロッゾの地球に追放された存在。かつて七つの地球の全ての存在力を飲み干し、人ではない異形と化した女。
レイとユウが、命を懸けてようやく討ち取ったはずの存在——。
——そして、ラナイの王家を追放されたベルティーナの姉。
ヴェナレート・クレア・ラナイ。
「聞いた通りだよ、女王様。あんたへの伝言は」
ベルティーナの全身が凍りつく。
「ヴェナ! ……姉上…?」
「ふふ、懐かしいね。でももうそんな呼び方はやめてくれるか?」
ベルティーナは息をのむ。
「私はこの地球を、コアと太陽の鞘だけ残して破壊する。ま、あんたはそれまでは生きていてもいいよ。昔は一緒に遊んだ可愛い妹だったしね」
「……それはさせない」
ベルティーナは、カーディナル・アイズを発動する。
だが——。
「無駄だよ。あんたの見ている先に、あたしはいない」
ヴェナの声が響く。
ベルティーナの背筋を冷たいものが走る。カーディナル・アイズは、運動量と位置、そして時間のいずれかが確定しなければ機能しない。ヴェナはそのすべてを攪乱していた。
ヴェナの冷たい笑い声が闇を切り裂く。
ベルティーナは、姉——ロッゾの魔女を見過ごすことなどできなかった。
カーディナル・アイズの濃度を下げ、索敵範囲を最大限に広げる。紅い霧の流れ——そこに意識を集中させる。
深く、深く……
そして——
捉えた!
ベルティーナは存在力を自身の肉体へと乗せ、カーディナル・アイズを収束させる。そして、紅い霧をヴェナごと包み込む。
差時間の渦を創り出し、押し潰す。
「バカな、ベルティーナ! おまえの力は、アクア・クラインやクリスタル・ソオドのような器を持たない! サイクル・リングの力をそのまま開放すれば、おまえも私と共に消し飛ぶぞ!」
「構わない」
ベルティーナの瞳に、決意の炎が宿る。
「貴女のような存在を、この世界に解き放つくらいならば——我が姉だったものよ。呪われたラナイの血を絶つため、共に今一度、量子の海へ還ろう。私、女王ベルティーナが、やらなければならないのは、ただそれだけのことだ」
ラナイ王家は、サイクル・リングのような器を持たなかった。代わりに、自らの肉体に知成力と存在力を宿し、解放することで戦うことを選んだ。
その力こそが、成起導破戦争において、ユウやレイの強大なブルの世界と最後まで戦えた理由。
ユウと戦った兄、バーナティーも——その力をラナイの盾で封じられなければ、勝っていたかもしれない。
今、ベルティーナは、ラナイの血に刻まれた力を解放し、すべてを終わらせようとしていた。
——たとえその先に、自らの消滅が待っていたとしても。