10、現在 光の届く場所で、もう一度
零は夢を見ていた。
遠い過去の記憶が、彼女の心を不意に掴んで離さない。
彼女はクァンタム・セルの窓の近く、塔の上にいた。そこは故郷であるブルの地球。だが、絶え間ない戦争により、かつての面影は失われ、荒廃しきっていた。
「何を見ているの?」
レイの声に、ユウは振り向く。
監視用の臨視拡大鏡を片手に持つユウ・シルヴァーヌが、微笑みを浮かべながらも真剣な眼差しで遠くを見つめていた。
「これ、ちょっと改造しすぎちゃったけど……よく見えるようになった。」
ユウは軽く笑いながら、鏡を覗き込む。彼がこんなふうに、戦いとは無関係なことに夢中になるのは、今に始まったことではない。戦争の合間に、彼は時折、こうして何かを楽しもうとしていた。
「次の戦いの準備はしているの?」
レイは少し不満げに尋ねる。
「いいじゃないか。そんなことばかり考えなくても。」
ユウはクスッと笑い、ふと遠くを見つめる。零は、それ以上何も言えなかった。
「……レイはさ、最後の戦いが終わったらどうするつもりなの?」
その問いは、彼女の胸を鋭く刺した。
レイ・バストーレ——彼女の名は、すべての地球で「無敵の女戦士」として知られていた。だが、その力が何のためにあるのか、戦いがいつまで続くのか、そんなことを考える余裕は、彼女には与えられてこなかった。
「戦いが鎮まっても、また新たな戦争が始まるかもしれない。その時に備えて、私たちは力を託す子孫を残さなければいけない。」
零がそう答えると、ユウは哀しげな眼差しを向けた。
「……こんなことを、未来の子供たちに残すのは嫌だな。」
零は何も返せなかった。
「クァンタム・セルの窓を通るときに、ステッラの地球の空を何度か見たんだ。」
ユウの声が、静かに響く。
「僕たちの世界にはないものが、あそこにはある。古い本で調べたんだけど、ステッラの地球は“宇宙”と呼ばれる無限の世界とつながっているらしい。あの空には、宇宙に浮かぶ“星”と呼ばれるものが輝いているんだって。」
零の胸が、かすかに高鳴った。
星々——それは決して届かない光だと教えられてきた。だが、ユウの話を聞くたび、彼女の心の奥底に、得体の知れない不安が広がる。
「そんなの、私たちには関係のないことでしょう?」
「……僕は、最後の戦いが終わったらステッラの地球に行きたいんだ。」
ユウの言葉に、零は息を呑んだ。
「どうして? あんな搾りカスみたいな世界に?」
「僕は、ステッラの地球でできる限りのことをして、あの世界をきちんとしたい。そして……遥か昔に諦めてしまった星々の世界を目指すんだ。」
ユウの声には、揺るぎない決意があった。
「この閉ざされた世界で、争いを永遠に続けるより——同じ“永遠”なら、外の世界をこの目で見たいんだ。」
零の胸が、ぎゅっと締めつけられる。
ユウは、戦士でありながら、戦いを望まない人だった。
彼の真剣な瞳が、零の心の奥底に響く。
「……なら、私も一緒に行くよ。」
自分でも驚くほどの確信を持って、零はそう口にした。
「どんな世界が待っているのか、一緒に見に行こう。」
ユウの表情がふっと緩み、優しく微笑む。その笑顔の奥に、彼の固い決意が垣間見えた。
二人の関係は、戦場での仲間以上のものになっていた。
零にとってユウは、戦いの中で唯一信頼できる存在であり、そして未来への希望そのものだった。
「嫌なら無理にとは言わないよ。でも、レイも一緒に行って、宇宙や星というものを見てみないか?」
ユウの言葉に、零は一瞬だけ迷った。だが、すぐに自分の心がその選択を望んでいることに気付く。
——ユウを守るためなら、私はどんな道でも選ぶ。
彼が選んだその旅に、私も加わる。それは運命のように思えた。
———
夢の中で、穏やかな光が瞼の向こうに広がる。
零は、ユウの顔を思い出した。
彼の真剣な眼差し。
優しい微笑み。
そして——彼の願い。
「ユウ……、ユウ……」
零は、自分が泣いていることにしばらく気付かなかった。
同じ夢を三度見て、三度泣いた。
ユウとともに未来を望み、星々の光を追い求めた日々。
それは、すぐそこにあるはずだったのに。
そして今——。
零は、ユウが望んだ地球にいる。
時が動き出すのを、静かに待ちながら。
彼女の心は、高揚と不安の狭間で揺れていた。