表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
116/244

114、現在 女王の強い力

侑斗の腕を引っ張る史音の手は、小さくても強かった。

「何やってんだ、極子連鎖機構の制御室へ行くぞ、時間がない」

彼女の言葉には焦りがにじんでいるのに、侑斗の足は動かなかった。


史音が深く溜息をつき、修一に声をかける。

「修一、悪いが先に行って、奴らが仕掛けた時限装置を外してくれ」

修一は史音と侑斗を不安げに見つめたが、すぐに軽く頷き、位相を跳んで消えた。


「なあ、侑斗。お前、あの女に連れて行かれるのが嫌なんだろ?」

史音の声が静かに問いかける。


「……わからない……でも、俺がそういう存在なら。そのためだけの存在なら……仕方ないじゃないか」

侑斗は伏し目がちに呟いた。

「史音は修一と一緒に、任務を全うしてくれ……俺のことは、もういい」


次の瞬間、史音の細い指が彼の頬を包み込んだ。さっき、優香がそうしたように。

だが、史音の手は冷たいのに温かかった。


「侑斗、よく聞け。まだ話していなかったことがある。アオイ……いや、椿優香とお前を結ぶ糸だ」

史音の赤い瞳がまっすぐに侑斗を射抜く。

「お前はもう本能で悟っている。そうだ、お前は椿優香が誕生したとき、切り離された一部だ」


侑斗の呼吸が止まる。


「アイツは不要として切り離した自分の一部が、未だ醜態を晒しているのが我慢できないんだ」


それは、突き刺さるような言葉だった。


「……不要……だから、俺が生きて呼吸してることさえ許せない。俺が、いつまで経っても消えないから……あの人は俺を憎むんだな」


思考が途切れそうになる。


そのとき、史音がスッと顔を近づけてきた。

唇が重なる。


一瞬、侑斗の意識が揺さぶられた。


「ははは、どうだ、目が覚めたか?」

史音は唇を離しながら、微かに笑う。

「アタシも一応、女だからな」


彼女の目は、冗談めかしながらも真剣だった。


「ベルにも言ったよな。アタシにはお前が必要だって。だから一緒に行こうぜ」

「……史音……」


「お前はアイツの一部じゃない。切り離されたお前は、もう十分に人として強い自我を持っている。お前の道は、お前が拓いてきたんだ」

史音は侑斗の胸を軽く拳で叩いた。

「積み重ねた記憶と、お前を想う人の意思。それは、お前だけのものだ」


侑斗は、自分が一歩を踏み出したことに気づいた。


二人が制御室へ着くと、修一は既に操作パネルを分解し、ケーブルを引き出していた。


「史音、琉菜たちが取り付けた時限装置は外したぞ。でも、ストレージ・リングの近接信管の外し方はわからない」

修一は床に仰向けになったまま、コードの間から顔を覗かせる。


「十分だ、修一。じゃあ、フィーネが言ってたエキシマーの籠の位置を調べるぞ」

史音は操作パネルを睨みつけるように見つめ、指を滑らせる。


「……この極子連鎖機構、すぐ破壊しなくていいのか?」

侑斗が問う。


「破壊するけどな。ただ破壊するだけじゃ空の白亜の呪いの狼煙は消えない」

史音は操作パネルを素早く操作し、中央のモニターを睨む。

「……見つけたぞ。奴ら、発射台をわざわざ地下に設置してる。ベルの力で外から破壊されるのを防ぐためだったんだろうが……さて、それじゃあストレージ・リングとアタシのグルーオン・ボックスを入れ替えよう」


史音が取り出したグルーオン・ボックスは、一瞬溶けたように小さくなり、灰色の靄がそれを包み込む。やがて、それはストレージ・リングと同じ形に変わった。


「ベルの力で、ストレージ・リングとアタシのグルーオン・ボックスの存在確立を同列にした」

史音はそれを持ち上げ、エキシマーの籠へと慎重にセットする。


床に転がるストレージ・リングを見下ろしながら、史音が侑斗を振り返る。

「侑斗、クリアライン・ブレイドでそいつを破壊しろ」


侑斗は剣を握り、ためらいながらも振り下ろした。

クリアライン・ブレイドは、優香の残り香を感じさせるようで、気味が悪い。


「史音、外した時限装置のケーブルを繋げば、そのまま発射できるぞ」

修一が手にしたケーブルを掲げる。


「ほう」

史音の唇がわずかに弧を描く。


「さて、それじゃあ……」


ボタンを押すと、轟音が鳴り響き、エキシマーの籠が空へ向かって打ち上げられた。


同時に、地上でそれを待っていたベルティーナが、カーディナル・アイズの力でそれを包み込む。


青い空に、強大な力が収束していく。




「史音、よくやってくれました。あとは私が引き受けます」


ベルティーナの冷静な声が響く。高度まで上昇したエキシマーの籠は、フィーネの意思により幻無碍捜索を開始した。数分のうちにその標的を捉え、グルーオン・ボックスを開放する。


「強い力を生み出すグルーオンは、クオークを結びつけるボーズ粒子。その結びつきは、物質の質量のほとんどを形成するほど強力だ。核子の内部ではクオークは自由に動けるが、強い力の届く範囲を超えて離れようとすればするほど、力は逆に増大する」


ベルティーナの視線が鋭さを増す。彼女の意識と共鳴するように、空間が歪み始める。


「その特性を利用し、ベルの差時間でクオークをプランク時間単位まで切り分け、極限まで引き離す。そして、差時間を解かれた瞬間、クオーク同士が強い力で引き寄せられ、結びハドロンを構成する。その連鎖が、空間にある全てのものへと波及し、やがて不存在を駆逐する。強い力の存在力の名残は何万年に渡って残る。これでもう幻無碍捜索は無効だ。シニスが作り出した空の呪いの狼煙の転写システムも、完全に消える」


ベルティーナがグルーオン・ボックスに封じられた差時間の膜を解いた瞬間、空に小さな光が灯る。その光は点滅を繰り返し、徐々に広がっていった。やがて、空の呪いの狼煙の帯の中心にぽっかりと穴が開く。それはゆっくりと、しかし確実に、全てを飲み込むように消滅していく。


地上では、世界中の人々が空を見上げていた。目の前で起こる異変を、誰もが固唾を呑んで見守る。そして――


見えない糸が、ふっと途切れた。


世界中の人々を縛りつけていた”他我の種”を操る呪縛が、完全に断ち切られたのだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ