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112、現在 刻奏音

「この地球の大気が震えている。存在してはならないものが形を持とうとしている」


零は突然立ち上がり、窓の方へ移動する。


「どうしたの? 零さん」


すぐ隣にいた私は立ち上がって声を掛ける。今日は久しぶりにファースト・オフでのいつもの金曜日だ。


彰くんは毎度のこと世界に対して毒を吐き、琳は新しく買ったダイエット食品の効果を、松原さんは最新の研究で分かった宇宙の謎を熱く語っている。全く噛み合わない話を、なぜか噛み合わせていた三人も、口を開いたまま言葉を止め、零さんと私の方を見る。


「侑斗に渡した剣が私との繋がりを外された。もう彼に預けた輝石の位置情報しか分からない」


零さんは、なぜだか分からないけど、いつも侑斗の心配をしている。旅立つ前にアイツに何か渡したらしい。


「それじゃあ、侑斗は今、零さんに守られていないってこと?」


そう問う私に、窓の外を眺めたまま、零さんが答える。


「そう、でも彼女が近くに来ている。共鳴が輝石に伝わって私に流れてくる。それが頭に囁いてくるこの音……ユウ」


箔花月(はくかげつ)の森の手前に、一人ベルティーナは佇んでいた。優香がその場所を離れた後、収まったシニスの気配が再び空を覆ってくる。ベルティーナの中にも暗雲が立ち込めてくる。なぜ? シニスが再び形を持とうとしているのが分かる!


ベルティーナは今一度、ラナイの力、自身を存在力に変えて空に放つ準備に入る。その時、ベルティーナの頭脳に大気を切り裂く音が響いた。これは優香が使う刻奏音だ。


「優香?」


その囁きはベルティーナに対する要請だった。



フィーネは琉菜の息絶えた身体を床に放り出す。


「馬鹿な人間め、私が女王によって力を使い果たしたと思ったか? 主の亡骸が消え去ったから何も出来ないとでも思ったか? お前たちはエキシマーの籠を在城龍斗に指示された通り、見張っているべきだったのだ」


「お前を見張る、在城龍斗が琉菜(るな)たちにそう命じたのか?」


尋ねる史音に、フィーネはストールを口元に上げ、目を細めて肯定する。


「そうだよ。地上の極子連鎖機構を完成した在城龍斗にとって、もはや邪魔なのは私だけだからな。女王に敗れて虚無の神殿に戻った後、私は直ぐにエキシマーの籠に閉じ込められ、琉菜たち残った枝の神子たちの知成力で見張られていた。全く最後まで誰も信用しない男だ。お前とよく似ている。さて」


フィーネはこの巨大な部屋にいた残った枝の神子たちを睨み据える。フィーネの出現と琉菜の惨殺された姿を見た残った枝の御子たちは、極子連鎖機構の発射ボタンから指を外してしまう。そして次の瞬間、その場に現れた複数のフィーネによって胸を刺され、首を落とされ、全身を真っ二つにされ、一瞬で死んでいく。部屋中に撒かれた人の血と死肉。その惨劇に史音と修一、意識の薄れた侑斗も戦慄した。


「在城龍斗は極子連鎖機構が起動するまで万が一に備え、下のプルームの岩戸に入った。起動する前にお前たちや私が極子連鎖機構を破壊した場合に備えてな。だが、あの愚かな小娘は史音、お前を殺すという感情に己を抑えきれなかった。そして私の監視を解いた」


そう話すフィーネの背後で、枝の御子たちを惨殺したフィーネたちがさらに数を増やしていく。


「エキシマーの籠っていうのは、不存在に一時的に形を与えるお前が提案したものだったよな?」


史音は心臓の鼓動を落ち着かせてフィーネに尋ねる。


「もともと幻無碍捜索(げんむげそうさく)に使ったシニスは私の一部だった。シニスを封じ込めるエキシマーの籠に取り込まれた私の一部が、選定した地球を選ばせて破壊させていたのだ」


ベルティーナの城で破壊される太陽の鞘と、されないものがあることを史音はベルティーナに結創造を終えているかどうか、と自分の見立てを話したが、確かに結創造を終えていないものでも、なぜか破壊されないものもあった。それはフィーネの光層磁版図(こうそうじはんず)にとって都合がよかったからという事か、


史音は、フィーネのような先代の枝の神子たちが造り出したシニスへの対策を万全にしておくべきだったと、深く後悔した。


「有城龍斗の光層磁版図は、私のものとほとんど変わらない。この世界の人間に恐怖を与え、連携して繋がる人間たちの思考パターンを固定化する。発展性はないが、強大な知成力でシニスに形を創る。だからこそ有城龍斗は私と手を組んだ。ところが、わずかな違いだが、完成した有城龍斗の光層磁版図では、我が主シニスのダーク、私も含め全てのシニスは存在できない。彼方の地球は我らにとってまだ必要なのだ」


フィーネが話している隙に、修一は足元に転がっているクリアライン・ブレイドを拾おうとした。瞬間、フィーネの指から振線が放たれ、修一の腕を打った。修一は自分の腕を剣を掴む前の状態に戻して難を逃れた。


「そんな恐ろしいものを使わせないよ。琉菜たちをすぐ殺めなかったのも、その剣を捨てさせるためだ。さあ、そうは言ってもお前たちはここまで本当によくやってくれた。お前たちの旅は私の光層磁版図にとって必要だった。そしてこれからもまだ私の思惑通り世界を配置し直してくれることを期待している。だからお前たちにこの部屋の奥に制御装置のある極子連鎖機構を破壊させる役目を与えよう」


「貴様……」


史音は唇を噛んだ。この旅がフィーネの光層磁版図に組み込まれていたこと、そして自分が良かれと思ってしたことがフィーネを利することになるとは。


「琉菜たちは私への警戒を外した時、念のため極子連鎖機構の発射システムに時限装置を取り付けた。だからもう暫くすればストレージ・リングが自動的に発射される。お前たちがやらぬのなら、私が破壊するまでだ。とりあえず我が主を倒したその不気味な剣を破壊し、未知の要素で私や龍斗の光層磁版図の作成を邪魔するその男を排除してからだがな」


フィーネは歩を進めず、一挙に史音と修一の間で肩で息をしている侑斗の近くに来た。史音がその前に両手を広げて立ち塞がる。


「琉菜にも言った。ベルと修一の姉さんが黙っちゃいないぞ」


「心配いらぬよ。我が主が完全に復活した世界に彼女たちの居場所はない。さて、それでは先に忌まわしいその剣を破壊しよう」


フィーネは修一の足元に転がっているクリアライン・ブレイドに照準を合わせた。


その時、空気を切り裂く音が、刻奏音(こくそうおん)が史音の頭脳に響いた。ふう、と息を吐き出し、史音は足元に転がっていたクリアライン・ブレイドを後ろに蹴り飛ばす。


「何のつもりだ、史音?お前たちにはもう私に抗う術はない。この部屋にいる幾つもの私に殺されたいのか?さっきも言ったように、私はまだお前たちに利用価値を認めているのだが」


史音は自分を庇うように前に出る修一の肩に手を置いて、動きを止める。その時、修一にも刻奏音が響いた。


「ハハハ、悔しいがアタシの力じゃどうにもならないなあ。でもさ、フィーネ、貴様の言うお前たちとはアタシたち三人のことか。そうだとするとお前も結構間抜けだな」


「お前の戯言をこれ以上聞いてはいられぬ。剣は後回しだ。橘侑斗、とりあえず貴様は死ね!」


突然、天井から水が滴り始めた。誰もがその異変に気づく間もなく、天井の配管が破裂し、大量の水が溢れ出した。勢いよく降り注ぐ水は、侑斗を直撃し、彼は一瞬でびしょ濡れになった。冷たい水が床を濡らし、部屋全体に広がっていく。


ずぶ濡れの侑斗にフィーネの手刀が縦に振り下ろされる。だが、その腕は突如姿を現した、細くしなやかな掌の中で握りつぶされた。


「フム、使ってみると意外と便利だね、この葵瑠衣の力は」

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