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102、 現在 濾過

 侑斗はトキヤの後をついて足を進める。周囲は、かつてシニスに囲まれた時と同様、灰色の濃淡に支配されていた。霧が立ちこめるような不確かな世界。足元の地面さえも、不安定に揺らめいているように見える。


「外にいるファラの声で、俺はお前に見える実在となったが……ここにいる俺は、シニスのダークを倒した時に奴に取り込まれた、ただの記録だ。だからあんまり当てにするなよ。それと、あと2キロほど歩けば、奴らが必要な情報の濾過を始める。そこでは結構面倒臭い対応をしなきゃならない。心の準備をしておけ」


 斗紀也は、ぼんやりとした空間を睨みながら言葉を続けた。


「俺はただの記録だが……俺が地球の大樹を切り倒した後、何があったのか、外の世界はどうなってるのか? 良かったら教えてくれないか」


 侑斗は歩調を緩めることなく、大雑把に外の出来事を語った。地球の大樹が再び幹を生み出し、枝を伸ばしたこと。その枝に触れた者たちが再び争いを始めたこと。太陽の鞘が破壊され、いくつもの地球が消えたこと。それを阻止するために、自分たちの旅が始まったこと。ファラことベルティーナが、自分を創ったらしいこと。そして――零とベルティーナが何か勘違いをして、自分たちの愛した人の面影を求めて争っているらしいこと。


「へえ、それじゃあお前は世界レベルの超弩級美人二人から取り合いをされてるんだ。男冥利に尽きるな」


「そもそも恋愛感情とか、よく解らないし……そもそも、あの二人が求めているのは俺じゃないでしょう? 正直、すごく迷惑です」


「朴念仁だなお前」


 朴念仁で何が悪いのだろう? しかし、なぜこんな余計なことまでこの人に話しているのだろう?


「貴方はどうして、仲間の枝の御子を裏切って地球の大樹を切り倒したんですか?」


 侑斗の問いに、斗紀也は少し頭をもたげた。記憶を呼び起こしているのか、沈思するような表情を見せる。


「危険を感じたんだよ。周りにいる人間たちが、自分で物事を考えるのを拒否し始めたからな」


「自分で考えるのを拒否?」


「お前たちが今戦っている『何とか教団』の奴らみたいに、周りにいる一般人だけじゃなく、同じ枝の神子までが、自分たちの行動に陶酔し始めたんだ。自分たちに対する一切の否定や批判を許さず、個を保てない人間が溢れていった。そして、あのシニスのダークが出現した。あれは決して枝の神子達が作ったんじゃない。初めから存在しそれが人々に認識できるようになったんだ。そうしたらあれに呼応するように宇宙の彼方からこの世界全てを覆いつくす力、叫びが世界を包んだ。危険を感じた俺たちは、この状況を根元から壊してやろうと、このクリアライン・ブレイドで地球の大樹を切り倒した。そうしたら、シニスのダークも急に力を失ったんで、一緒に倒した。宇宙からの声も途絶えた」


 トキヤは腰に差した柄しか見えない剣を指す。正直、やったことはテロリストのようだ。しかし、もしトキヤがそれをしなかったら、今の世界はどうなっていたのだろう?


 だが、直感でわかる。もしトキヤがいなかったら、自分たちの今の世界は存在しなかった。


 全ての人間が同じ思想で、自分で物事を考えなくなる。――それは確かに気持ち悪い。


「さて、いよいよだ。奴らの濾過器官だ。お前の剣を構えろ」


 トキヤはそう言って、自らの腰からクリアライン・ブレイドを抜いた。瞬間、透明だった刀身が青く発光する。侑斗もクリスタル・ソオドを構えた。


 突如、灰色の壁面から無数の瞳が現れる。視線が絡みつくような感覚が侑斗を襲い、肉体を持たないはずの背筋に悪寒が走った。


『……よこせ……お前の見てきたものをすべて見せろ』

『……その情報は要らない……別の物をよこせ』

『……それは部品にならない……熱量も足りない』


 無数の瞳が、それぞれ違う声で響かせる。


「ああ、煩せえな」


 斗紀也が壁面に向かってクリアライン・ブレイドを振るう。侑斗も反対側の壁面にクリスタル・ソオドを振るった。剣が閃くたび、無数の瞳はかき消され、壁面は静寂を取り戻していく。そして、彼らは器官の先へと進んだ。


 こんどは無数の耳が出現する。


『……空気の振動……』

『……波の振動情報……』

『……この部分は必要だ……濾過しろ』

『……濾過して排出しろ』


「お前たちにくれてやるものは無えよ」


 斗紀也が再び剣を振るう。無数の耳は裂けるように消滅していく。


 さらに進むと、今度は無数の腕が伸びてきて、侑斗たちに触れようとする。


『触らせろ』

『……お前の形を教えろ……』

『お前の身体の全てを教えろ』


 侑斗は胆力を込め、クリスタル・ソオドを振るう。無数の腕が霧散し、空間から消え去った。


 次は、耳と鼻、舌……不気味な大群が、侑斗たちの五感の情報を貪欲に求めてくる。


 そして最後に、脳の大群。


 侑斗は吐き気を覚えた。


『……なんだ……この不明な思考は……』

『……未完成で、完成することのない思考力……』

『……全て無価値だ。排出しろ……この無価値の情報を……』


 しかし、侑斗と斗紀也は、濾過を受けることなく、出口へと辿り着いた。


出口の先にかすかな明かりが見えた頃、斗紀也が静かに口を開いた。


「ここを何も失わずに抜けられる奴は、そうそういないんだが……。おまえ、大したもんだよ」


その言葉には感心と僅かな驚きが滲んでいた。周囲の空間は未だ灰色の影を引きずっており、歪んだ光が仄かに揺れている。


「おまえの意思の力は強い。知成力も俺に引けを取らない。それに……お前が憎んでいるお前の前世、ファラ達が好きだった男のこと、気にするな。それから……おまえの前世のお前以外の部分、ファラが転移創造しなかったものの事。俺はちょっとだけ知っている」


トキヤは僅かに口元を歪ませ、続ける。


「あれはは自分の地球から一直線に、この地球にいる俺のもとへ向かってきた。どうやら俺の肉体の情報が欲しかったらしい。だが、なんとなく気に入らなかったから、この剣で追い払った。すると、かつて俺たちと共に最初の枝の神子として戦った葵瑠衣が、それに取り憑いてしまった。ファラの姉について行ったはずだったんだが……」


自分の前世の自分じゃない部分て?しかも葵瑠衣がとり憑いた?それは……そういうことか。あの人の正体は………


「おまえはいろんな女たちの都合で利用されてるみたいになってるが、それはお前の責任じゃない。だから最期まで、おまえはおまえのままでいろ」


その言葉が胸に響いた。トキヤの瞳には深い影と、それを乗り越えた者特有の覚悟が宿っていた。


次の瞬間、彼は腰から抜いたクリアライン・ブレイドを侑斗に向けて投げた。光を帯びた剣は軌跡を描きながら、侑斗の手元へ収まる。


「お前の剣が使えなくなったら、それを使え。おまえなら大丈夫だ」


そう言い残し、トキヤは来た道を戻っていく。その背中が闇へと消えていくのを、侑斗はただ見送った。



頭を抱えていた史音と修一の元へ、侑斗が戻ってきた。彼の手には、史音が落とした円筒が握られている。


「侑斗、心配したぞ! どうやって戻ってきたんだ?」


修一が駆け寄る。侑斗は上手く説明できる自信がなかったが、それでも何とかトキヤに会ったこと、ダークの体内で起きたことを話した。


「まあ、お前が嘘をつく理由がないから、そういうことがあったんだろう」


修一が顎に手を当て、考え込む。その横で史音が呆れたように言った。


「てかさぁ、アタシならもっといろんなこと聞いたぞ。もっと色んなこと思いつけよ」


毎度毎度、無茶な要求をする小娘だ。侑斗は苦笑しつつも、返す言葉が見つからなかった。


――


しばらくすると、三人のいる空間に砂の渦が巻き起こった。その渦の中に、カーディナル・アイズの赤い光が侵入してくる。


一方、箔花月の森の手前では、ベルティーナが立ち尽くしていた。彼女の前で砂嵐が渦巻き、その中心に男の影が浮かび上がる。


「トキヤ……」


ベルティーナが微かに呟く。砂の中に浮かぶトキヤの姿は、何かを必死に叫んでいた。


彼の声は、風の唸りにかき消されながらも、確かに届く。


「……分かりました。ありがとう、トキヤ。貴方は永遠に私の英雄です」


ベルティーナは静かに両腕を広げた。その瞬間、彼女を包んでいた砂の渦が一気に赤い光へと飲み込まれていく。


――


侑斗たちの目の前でも、砂の渦がカーディナル・アイズの赤い光に押し込まれ、次第にしぼんでいった。そして、最後には透明な巨人の姿となり、空へと飛び去っていく。その後には、ただ一面の砂漠だけが残された。


「……箔花月の森は、消えたな」


史音が呟き、先へ進もうと歩き出す。


侑斗はふと史音に尋ねた。


「なあ、史音。やっぱり俺のこと、馬鹿だと思ってるよな?」


「ああ、思ってるよ」


即答だった。


「俺のこと、卑屈な奴だと思ってるよな?」


「ああ、すごくそう思ってる」


肩を落とし、深いため息をつく侑斗。


すると史音が立ち止まり、振り返って強い口調で言った。


「だから、それが何だってんだ? アタシは自分が馬鹿だってわかってる馬鹿は好きだぞ。自分が馬鹿だとわかってない馬鹿は、度し難いがな。それから、卑屈で何が悪い? 人間なんか、謙虚すぎるくらいでちょうどいいんだよ」


侑斗は驚きつつも、どこか救われるような気がした。


おまえがそれを言うのか? 


でも、史音は本当に大事なものを知っているのだ。


あのトキヤという男と、同じように。


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