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100、現在 邂逅

バラバラになった自分の意識がようやく元に戻りそうな気配を、侑斗は感じていた。

 

 前方に史音と修一の姿が見えてくる。


「辿り着いたか。何で一緒に箔花月の森に入ったのに、お前だけ遅いんだよ」


 史音が睨みつけるように声を出す。


「そんなの俺に分かるわけないだろ。お前の装置に俺が対応してないんじゃないか?」


 史音はその装置を少し弄り、いくつかのダイヤルを操作する。カチカチと音を立てるそれは、妙にアナログな仕組みに思えた。


「フン。この装置は枝の御子達が使う波頭移動の振幅変調を拡大させる能力だからな。存在構造の違う世界にいるとはいえ、私たちを構成する素粒子の性質を変えるわけじゃない。お前の意識が私や修一と違って、散らばりすぎなんだよ。もっと色んなことをシンプルに考えろ」


 そんなことを言われても困る。侑斗は肩をすくめた。

 

 三人の周囲は、入る前に見たときと同じように砂の渦が高く伸びている。風が巻き上げた砂塵が空中で螺旋を描き、淡く光を帯びながら渦の中へ吸い込まれていった。


「俺たちは、その組成の異なる状態になったのか?」


 侑斗の問いに、史音が呆れた顔をする。


「なんだ、侑斗。お前、私たちが今までと違う姿に見えるのか? なら、旅が終わったら眼科に行け。ああ、精神科か脳外科の方がいいかな?」


 ひどい言われようだ。侑斗はため息をつく。


「精神科は何度か世話になったよ。……で、今いる場所はどこなんだ?」


「ここは箔花月(はくかげつ)の森の“身体の隙間”だ。この森の中には何カ所かこういう場所がある。今、次の隙間を探してるところだ」


 史音が瞳を閉じ、慎重にダイヤルをいじる。彼女は視覚情報より触覚情報を頼りにしているのだと、侑斗はようやく理解した。


「……あんまり距離は稼げないが、次の隙間が分かったぞ」


 そう言って立ち上がった史音の背後から、人の手のようなものが伸びてきた。侑斗と修一が同時にそれを視認し、叫ぶ。


「史音!」


 史音のリュックサックから、円筒形の物が転がり落ちた。その先は砂の渦の中だ。


「うわ、こら、待て!」


 史音も慌てて後ろを振り返る。


「畜生……どうしよう。落とさないように、一番内側に入れてたはずなのに、なんで……?」


 史音はへたり込み、頭を抱えた。


「橘、見えたよな?」


 修一が侑斗に問い、侑斗は頷く。


「何か……手みたいなものが史音の荷物を漁ってたぞ」


「フィーネの手みたいだったな。青白くて、死体の手みたいだった」


 修一が呟くと、史音が身を震わせた。


「まずいよ。あれがないと虚無の神殿で目的が達成できないんだ。向こうで組み立てられないこともないが、それじゃあ間に合わない」


 侑斗は円筒が転がっていった方を見る。砂の渦の境界に、それがかろうじて見えた。


「史音、あったぞ。あそこに見える」


 侑斗はそちらへ足を踏み出す。


「馬鹿、やめろ侑斗! 空間の隙間から出るんじゃない!」


 史音の叫びが届く前に、侑斗はすでに隙間の外へと踏み出していた。


 瞬間、侑斗の肉体と精神が変質する。


 まず肉体の情報が失われ、精神が崩壊しかけた。そのとき——零からもらったクリスタル・ソオドの短剣が輝き、侑斗の意識をそこへ繋ぎ止める。かろうじて自我を保つことができた。



 ——何でアンタは無駄なことを無駄と分かってからするのかなあ、ああ馬鹿だからか。


 史音の声が聞こえる。


 ——そこまで劣等感を抱えたまま、よく今まで生きてこれたな。偶然の重なりがあっただけだろうな。


 修一の声が響く。止めろ。本当のことでも、傷つくんだ。


 ——一番人間らしいということは、一番人間らしくないことと同義だ。お前の葛藤は、ただそれだけの理由だ。


 フィーネの冷たい声。


 ——本能を失った人間など、既に人ではないですね。あなたは何として存在しているのですか?


 アルファの声。


 ——だからいつも言ってるでしょ。あんたの自己否定は、自己欺瞞と自己満足の出来合いだって。迷惑だよ、周りにいる私たちは。


 亜希の声。


 ——お前は人が良さそうにして、絶対に譲らないよな。お前ほど我儘な奴はいないよ。


 彰の声。


 ——侑斗くん、君の言うことはいつでも一理ある。でも、それだけなんだよね。


 松原洋の憐れむような声。


 ——侑斗さん、女嫌いで一生独身なんでしょ? なら、もう私たちに関わらないでください。気持ち悪いです。


 琳の冷たい声。


 ——あなたは私の大切な人のなりそこない。なぜ私を縛り続けるの?


 零の悲しげな声。


 ——私は過ちを犯した。取り返しのつかない過ちを。どうしてあなたを創ってしまったのか……。


 ベルティーナの嘆き。


他にもいろんな声が届いてくる。両親や兄の嘆きの声。自分と関わった者達の冷たく、残酷で、憐れみをこめて今は自我の存在しかない侑斗の精神に。


意識を手放せば良い。自我を手放せばいい。痛みを感じる心を手放せばいい。そう誰かが耳元で囁く。

その通りだ。今度こそ消えてしまおう・・・・侑斗は絶望する心を切り離す決意を固めた。

そして最後に、あの人の声が響く。


『君は痛みを知っている。君の耐えてきた苦痛は、この程度で消えてしまうものなのかな? 私が君にかけた呪いはもっと強く深い。この程度の痛みじゃ足りないよ。さあ、ちゃんと目覚めて私のところまで辿り着くんだ』



侑斗は腕の感覚を取り戻した。痺れの残る右手をゆっくりと動かし、短剣を掴む。冷たい柄の感触が指先に伝わり、かすかに震える。


「自我を取り戻したな。意識がバラバラの状態じゃ、俺でもどうにもならない」


短剣を手元に引き寄せた瞬間、不意に声がした。驚きつつ目を向けると、そこには見知らぬ男が立っていた。長身で、修一にも似た逞しい体つき。だが、その眼差しはどこか冷ややかだった。


「俺が見えるようだな。その短剣には、世界を持ち主の五感に合わせる力があるらしい」


侑斗は無意識に短剣を握り直す。男の存在が妙に現実味を帯びてきた。


「俺は甲城トキヤ……の残留思念だ。この中ではどういうわけか、時々実態を持てる」


トキヤと名乗った男は、自嘲気味に唇を歪めた。


トキヤという名前、最近聞いた?史音とあの化け物フィーネに。先代の枝の神子で一度地球の大樹を切り倒した男。


「まあシニスのダークを倒した時に記録された姿だ」


その名前に、侑斗の胸がざわつく。ベルティーナが言っていた──侑斗を創る際に、そのイメージを取り込んでしまったと。


「貴方は先代の枝の神子だった人ですよね?そして地球の大樹を一度切り倒した人」

トキヤは肩をすくめる。

「なんとなく予感してたがやはりあの大樹が復活してたんだな。おまえも次世代の枝の神子の一人か?今の奴らは俺たちの頃よりはマシになったのか?」

トキヤの問いに優斗は顔をひきつらせた。


「あんまり変わってないみたいだな」

斗紀也はポケットから史音の落とした円筒を取り出し、侑斗の前に差し出した。


「これを取りに来たんだろう。とりあえず受け取れ」


侑斗は無言のまま円筒に手を伸ばす。男の意図が読めない。この世界において、見知らぬ存在が何故親切を施すのだろうか?


「ついて来いよ。自分の実体を取り戻し、お前の仲間の元へ戻りたいんだろう?」


「……貴方はどうして俺を助けてくれるんですか?」


はわずかに口元を歪め、侑斗を見下ろした。


「外にいるファラに頼まれたからな」


その名前に侑斗は反応する。トキヤは少し懐かしむように目を細めた。


「あれには昔、世話になった。先代の枝の御子たちに追われ、追い詰められた時ファラの姉が彼女を俺たちの元に共振転創させて、俺たちを助けてくれた」


斗紀也の視線が侑斗の記憶の中にあるベルティーナの姿を捉える。トキヤが自分の記憶を見ているのを優斗は不思議な感覚で捉えていた。


「へえ、あのチビが随分と別嬪になったものだな。ちゃんと誰かに恋するようになったのか」


「ファラって……あの人のことなんですか?」


侑斗の問いに、トキヤは不可解な表情を浮かべた。


「今は違うのか?俺にはファラと名乗っていたが」


ベルティーナ・ファラ・ラナイ──そのフルネームを知る者は少ない。二人ともそのフルネームを知らない。


「お前は自分の中の戦いにはどうやら勝ったようだが、ここから先は奴らとの意力の闘いだ」


斗紀也は侑斗を真っ直ぐ見据えながら言う。


「お前はこれから起こることを、自分の五感で対処することになる。その恐ろしい剣を上手に使え」


そう言うと、斗紀也は手元に透明な剣クリアライン・ブレイドを現し、迷いなく歩き出した。その姿を見送りながら、侑斗もまた、自らの剣をしっかりと握りしめた。


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