表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
101/244

99、現在 巨視

史音が組み上げた装置は、光と共に消え去った。


残されたのは、ベルティーナとフィーネ。


砂の森に漂っていたフィーネの影が、一つに収束していく。黒い霧が身体を形成し、代位の範囲を拡張しながら思考をまとめた。だが、どれだけ考えを巡らせても、ベルティーナを打ち倒す確実な手段が見当たらない。


その間にも、ベルティーナはカーディナル・アイズの渦を絞り込み、砂の森の奥深くへと侵入させていく。その視線は、何かを探るように鋭かった。


「……やはり、この箔花月の森の実態には触れられないか」


ベルティーナは小さく呟いた。


「全体を吹き飛ばすことはできるが、それではコールド・プルームにも致命的な影響が及ぶ。——トキヤによって前の地球の大樹と共に倒された、先代の枝の神子たちが創ったシニスのダークの亡骸……」


彼女はフィーネに視線を向ける。その眼差しには、計算された冷静さがあった。


「フィーネよ。ここから生まれたお前の目的は何だ?」


ベルティーナの言葉は鋭く、彼女の意図を試すかのようだった。


フィーネは表情を変えず、ただ淡々とベルティーナの他我の種へと巨大な黄色い変数操作線を浴びせる。


「これが——レイ・バストーレを苦しめた呪いの狼煙の力か」


ベルティーナは目を細め、操作線に絡め取られた他我の種の写しを作り上げる。それを時空の彼方へと飛ばすと、表面だけの空っぽな影が操作線と共に消え去った。


「こんなものに心を縛られるとは、情けない女だ」


フィーネは呟くように言う。


「女王よ、なぜ世界中の瞳の結界を解いた?」


フィーネの声には、どこか愉悦すら滲んでいる。


「結界が緩められた事により、呪いの狼煙は、他の地球の断末魔によってさらに強固になる。人間たちは教団の力によって、ますます傀儡に近づく」


「それは私の知ったことではない」


ベルティーナは、笑いを押し殺したような声を漏らした。


「私は慈善のために、この地球の人々を守っているわけではない。自分の目的のために、必要なものを守っているだけだ」


彼女の言葉には、一切の迷いがなかった。


「だから——太陽の鞘を破壊する者などこの地球ごと滅ぼしても構わない」


ベルティーナは静かに続ける。


「その点では、葛原澪、レイ・バストーレと何も変わらないよ。この地球の人間が、その愚かさゆえに操られ、滅びていくというのなら——勝手に滅びればいい」


フィーネの周囲に、差時間の膜が幾重にも張り巡らされていく。


「女王よ、三日間の猶予があると言ったな?」


フィーネは問いかける。


「フライ・バーニアはともかく、虚無の神殿の仕掛けに、それほどの余裕があるとは思えん。なぜ、そんな虚言を吐いて史音たちを行かせた?」


その問いに、ベルティーナは静かに微笑した。


「史音なら、間に合うだろうよ」


そう言う彼女の目には、フィーネとは異なる確信があった。


「だが、今この瞬間——お前に話を聞くことこそ、私にとって重要なことだ」


フィーネの目が細められる。


「お前は、かつて組織にいたとき、私に機会を与えなかった」


ベルティーナは、右腕を掲げる。その手には、サイクル・リングの深紅の輝きが宿っていた。


「そもそも、私がこの世界で女王などやっているのは——お前を監視するため。それが真の目的」


フィーネは、ベルティーナの言葉を受け止めるように、わずかに表情を動かした。


「私に何を聞く? お前たち人間は、僅かな時の中で定められた状態に縛られている。我ら上位回路の思惑など、お前たちには意味を持たない」


ベルティーナは、無言のままフィーネの肩に手を置く。


フィーネの身体が、ビクッと震える。


「……私の知るフィーネの約百倍の存在力があるな」


ベルティーナの声が、低く響く。


「貴様は、一体では部分的な思考様式しか持たない。これでも足りないが……貴様たち、形を持ったシニスの目的を少しは知ることができるだろう」


フィーネは、その場に跪いた。


その目は大きく見開かれ、振唇を発することなく——声帯にあたる器官から、言葉が流れ出していく。


「……その部分は……取り除け……優先するのは……より平坦なもの……を逸した……」


ベルティーナは、膝を落とし、答えのない存在へと語りかける。


「フィーネよ……確かに在城龍斗たちによって、いくつもの地球が破壊された」


彼女の声が、空間に沁み込むように広がった。


「他の地球を守る使命を負った私には、許されざることだ。しかし今回は——太陽の鞘を破壊するという物理的な行動によるものだ」


ベルティーナは、フィーネの顔を見下ろした。


「だから、私も物理的に対応することができる」


フィーネの口から、か細い言葉が紡がれる。


「……範囲を間違えるな……掬ったものは……より上位に……掬えなかったものは……下位に沈めよ……この階層は全て.......」


ベルティーナは、彼女をじっと見つめる。


「トキヤが以前の地球の大樹を切り倒し、お前の主ダークを討つ前に——かつて242あった地球は、100以上が突然消え去った。ユウと私が励起導波戦争を終わらせる前のことだ」


その瞬間——フィーネの頭が、カクンと傾いた。


まるで、糸の切れた人形のように。


そして、その場に崩れ落ちる。


フィーネが、かつてダークの一部だったとき——聞いた言葉が、空間にこだました。


—何も選ぶ必要はない

すべての到達点は、最初から決められている。

与えられた時間も、限られている。—


静寂の中、フィーネは倒れたまま天を仰いでいた。


その目は大きく見開かれ、焦点を定めることなく宙を彷徨っている。口元がわずかに動いた。


「……女王よ」


微かな声が漏れる。


「私にも、わかったよ」


空気が微かに震えた。


「すべては、人の思考の重なりの中に答えがある。それが始まりだったからだ。

だから——今、この分岐点において、お前たちに行動の理由をもたらすもの……それは橘侑斗だ」


彼女の身体がゆっくりと崩れていく。


「——だから、我が主の中で消えてもらう」


最後の言葉とともに、フィーネの輪郭が揺らぐ。まるで、ぼろ布が風に溶けるように、彼女の存在は霧散していった。


ただ、消えた。


ベルティーナは、じっとその場に立ち尽くしていた。


乾いた空気が、彼女の髪をわずかに揺らす。


彼女は静かに目を閉じ、そして呟く。


「……私たちの真の敵」


音のない世界に、その言葉だけが落ちる。


「目的のわからない敵……」


ふと、思い出すように彼女は瞳を開いた。


遠い記憶の中にいる誰かへと、届かぬ願いを送るように——。


「侑斗……、トキヤ……どうか」


声は静かだった。


「あなたが、まだそこにいるのなら……どうか、彼を助けてください」


彼女の言葉は、どこかへ吸い込まれるように消えていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ