98、現在 決裁
砂の塔の前に、新たなフィーネの姿が現れた。風が巻き起こり、砂塵が舞う。彼女の唇がゆっくりと動く。
「女王ベルティーナ……フライ・バーニアの監視を解いて、ここに来たのか。何故だ?」
鋭い視線がベルティーナを捉える。背後では、史音が彼女を見つめながら、低い声で問いかけた。
「ベル、本当にフライ・バーニアの結界を解いたのか? まさか……カーディナル・アイズの力をこんなところで使うなんて」
信じられない——史音の顔には、そう書かれていた。フライ・バーニアの極子連鎖機構の再建が始まるのは時間の問題。教団は、すぐに動き出すだろう。
だが、ベルティーナは毅然とした表情で応じる。
「継ぎ足した氷の大地ごと吹き飛ばした、教団が極子連鎖機構を完成させるには、最低でも三日はかかる。そして虚無の神殿で作っているものも同様です。その間に——私はあなたたちをここから脱出させます。だから、必ず三日以内に虚無の神殿を破壊し、幻無碍捜索を無効化してください」
彼女の声には、熱がこもっていた。史音は一瞬、息を呑む。ベルティーナの覚悟が、ひしひしと伝わってくる。
「……分かった、ベル。必ず奴らの組織を壊滅させる。二度と太陽の鞘を破壊できないようにする。三日以内に全てを終わらせる。約束する」
史音は力強く頷くと、ちらりと侑斗を見やる。
「……それで、コイツも連れて行っていいんだよな?コイツがいないと いろいろ困るんだよ」
ベルティーナは静かに侑斗の腕を解いた。そして、史音に向き直る。
「史音、どうか彼も一緒に連れて行ってください。どんなに離れていても——彼は私が守ります」
侑斗の横顔を見つめるベルティーナの瞳が、わずかに揺れる。
「貴方に全てを話したい。でも今は無理です。けれど——いつか必ず話します。ユウのこと、レイのこと……そして、私が犯した過ちの全てを」
静寂が落ちる。その瞬間——フィーネが冷たい笑みを浮かべた。
「女王、お前も所詮、人の女だな。愚かしい……。ここでは私は無限の存在だ。この男を——ここで消す。何者にも、それを止めることはできない」
次の瞬間、フィーネの姿が幾重にも重なり、無限の分身が生まれる。それぞれが異なる表情を浮かべながら、ベルティーナを取り囲んでいく。
だが、彼女は動じない。
「私は愚かな女だ……おまえに教えてもらう必要などない」
静かに、しかし確かな決意を込めた声が響く。
「世界中に広げたカーディナル・アイズ——私はそれを、全てここに集めた。フィーネ、お前が無限に存在するのなら……私は無限の差時間の狭間に、お前を封じる」
ベルティーナの右腕のサイクル・リングが輝き、赤い渦が巻き起こる。砂の中へと吸い込まれていくように、フィーネの無数の影が飲み込まれていった。
呆然とする侑斗の手を、史音が掴んだ。
「侑斗……もう、1秒も無駄にできない。アタシたちは今すぐ——身体を組み替えて、この中に入らなきゃならない。ここまで導いてくれた人の願いに、応えなきゃならないんだ」
史音と修一、侑斗は史音が組み上げた装置の中へと入る。
次の瞬間——彼らの姿が変化した。
そして、侑斗は理解する。
自分たちが今、人としての意識すら書き換えられていくことを——。