4 砂漠のオアシス 1
翌朝、麻子はいつものように、港町中学校前のバス停でバスを降りる。空を見上げると、綿雲が少しちらほらするけれど、快晴だ。麻子はふと思った。
この空は、わたしの心を映す鏡なのかな?
ここ2、3年、毎日のように感じていた、校門に入る前の不安はほとんど感じられなかった。
はるかのお陰ね。でも、その前に、真司がくれたこの青いガーネットが効いているのかな?
麻子は、制服の胸ポケットから、あのトルコ石を取り出して、空にかざしてみた。
「何見てるんだい?」
突然、後ろから声がかかった。麻子が驚いて振り向くと、翔が立っていた。身長差が15cmくらいあるので、やさしい微笑みが麻子を包んでいるように見える。麻子は一瞬ドキッとしたが、真司の時とは、何かがちがう。
わたしって、何考えてるの? 2人の男の子にドキッとするなんて。
麻子は周囲から冷たい目で見られていた自分が、少しの温もりに感動した様子だということを、冷静に分析できなかった。
「きれいな石だね」
翔が、青いガーネットをのぞき込む。麻子は咄嗟に、それを隠そうとする自分に気づいた。真司との2人の想い出に、誰にも踏み込まれたくないような感じがしたからだ。
「ごめん、何か気に障った?」
翔が訳が分からないという顔をしているので、麻子は我に返り、慌てていった。
「こっ、これ、わたしのお守りなの」
「ふ~ん」
翔はそれ以上何も訊かず、話題を変えた。
「しかし、昨日は驚いたよ。また、麻ちゃんに会えるなんて思ってもみなかった。久しぶりだから、いろいろ話したかったのにな~」
「翔君って、モテるもん」
「そんなことないよ。転校生だからめずらしかったんだよ」
「あら、女の子ばっかりだったじゃない」
翔は、少し赤くなってうつむいた。その時、背後から、
「鈴木だ! 鈴木翔だぜ!」
という叫び声とともに、7、8人の男子生徒たちが駆け寄ってきた。麻子には、翔が、今度は男子たちに騒がれている理由が分からなかった。
「東京の青葉FCにいた鈴木だろう?」
サッカーボールを小脇にかかえ、Jリーガーを意識した髪型の男子が翔に声をかけた。名札には、美山とあった。
「人ちがいじゃないですか?」
翔は投げやりに答える。麻子は記憶を辿ってみる。
確か、翔君は、四年生の時から、青葉FCにいたはずだわ。でも、どうして、こんなこというの?
「いや、君は、3年前の全国大会で、全試合、ハットトリックをキメたあの鈴木翔さ。ほら、これは君だろう? これでも、シラを切るのかい?」
美山は、雑誌の切り抜きを広げて見せた。それは間違いなく翔だ。「青葉FC鈴木、全試合ハットトリック!」という大きな見出しが出ていて、シュートをキメる瞬間の翔の写真がデカデカと載っている。
「まいったな」
翔が頭をかいた。
「去年の雑誌には、鈴木のことが全然出ていなかったけど……まさか……」
美山は心配そうに、翔の顔をのぞき込む。
「僕はもう、サッカーやめたんです。小学生の時のあれはまぐれだったんです」
翔は笑顔で答えるが、目は笑っていない。翔は、そのまま、校門までつかつかと歩いて行った。美山たちは、その後をぞろぞろついて行き、翔にもう一度サッカーをするように勧めていた。
麻子は、翔の中で、何かが大きく変わったような気がした。小学生から中学生になるということは、成長するのだから、変わっても不思議ではないが、以前の翔は、もっとストレートだったような気がする。今の翔は、人当たりはいいが、何を考えているのか分からないところがある。
「あれ、麻子、今日は遅いんだな」
後ろから、真司が麻子の肩に手をかけた。
「あっ、真司」
麻子は、頬の筋肉がパッと緩んだような気がしたが、時間のことが頭をよぎった。
「でも、俺と同じバスじゃなかったよな~」
真司は呑気にこんなことをいっている。
「真司がここにいるということは……わたし、遅刻しちゃう」
「何だよ、そのいい草は。失礼なヤツだな」
「だって……」
麻子が舌を出した。真司が麻子の額をはじこうとする。その時、
「こら~、おまえら~、そこで何やってんだ。早く来い。門を閉めるぞ」
校門で上田先生が立っていた。麻子たちは、ダッシュで走って行った。
「仁川、昨日注意したのにおまえはもっと早く来れんのか」
「俺、朝は苦手で……」
「そんないい訳は……」
校門に着くと、上田先生が、真司だけを呼び止めたので、麻子は、そのまま校舎に入って行った。
玄関で麻子が靴箱を開けると、昨日おろしたばかりの上履きが、土でドロドロに汚れていた。
何、これは!?
麻子は怒りがこみ上げてきた。替えのものがなかったので、それを履くしかなかった。
廊下を歩いていると、綾乃と利香がヒソヒソ話をしている。麻子がその前を通り過ぎようとすると、チラッと麻子の顔を見て、
「汚い上履きを履いているくせに、図に乗るんじゃないわよね~」
と、嫌みをいった。
さっきのこと、見られてたのかな?
と、思ったが、以前のように気にならなくなった。
教室に入ると、はるかが、「おはよう」と声をかけてくれる。みんな、真司とはるかのお陰ね。
中学二年の学校生活は、こんな風にして始まった。麻子とはるかは、女子の間で浮いていたが、2人は同じ痛みを知っていて、結束が強くなっているので、あんまり気にしなかった。
女子たちはそれが気に入らないらしく、教科書を汚したり、給食のおかずの中に砂を入れたり、陰湿な意地悪をしたが、2人一緒だと、何て幼稚なことをするんだろうと、逆にそういうことをする女子たちが、かわいそうに思えてくる。
麻子は、女子の友だちが1人いるだけで、こんなに強くなれる自分に驚いた。そして、心の中で、はるかに感謝した。
クラスで浮いていても、固い友情で結ばれた麻子とはるかは、何とか毎日を順調に過ごしていたが、ある日、困った問題が起こった。




