2 意外な仲間 3
麻子がはるかに声をかけようとした時、上田先生が、
「えーっ、転校生を紹介する」
と、いった。
男子生徒は、身長が170cmくらいの長身にスリムな体格、髪はサラサラのストレートで、真ん中より左寄りのところで前髪を分けていて、切れ長の瞳が涼しく光っている。まるで、少女マンガに出てくるヒーローのようだ。女子生徒たちは、息を呑んで見つめている。麻子もじーっと見ていたが、どこかで見覚えのある顔だ。
そうだ、翔君だ。なつかしい。でも、小学生の頃は、もっと背が低くて、いたずらっぽい目をしていたわ。
と、麻子が思うと同時に、上田先生がいった。
「鈴木翔君だ。いろいろと教えて……わざわざそんなことをいわなくても、面倒みたそうな女子たちが大勢いそうだな」
「先生、私たち、そんなにもの欲しそうな目をしていましたか?」
綾乃が抗議した。
「ああ、しとったぞ」
「ひどい、先生、鈴木君の前で、茶化さないでください」
みんながドッと笑った。綾乃の周囲にも真司と同じ風が吹いていた。でも、真司と綾乃は、明らかにちがう。みんなには、それが分かっているのだろうか?
真司は、いろいろな立場の人を理解しようとするタイプだが、綾乃は、能力で人の優劣を判断しようとするタイプだと麻子は思った。
「鈴木、自己紹介しなさい」
上田先生がいった。
「鈴木翔です。好きなことは居眠りすることです。よろしく」
翔はおどけていった。
「おい、鈴木、授業中の居眠りは控えてくれよ」
上田先生が釘をさした。菅野ハヤトの声がした。麻子は、ハヤトの噂を聞いたことがある。ハヤトは、深夜ラジオを聴くのが趣味で、オトナの世界を早く知りたいと思っているらしい。
「やい、鈴木~、居眠りなんて本当のところはどうなんだよ~。女の子と……」
ヒュー、ヒュー、と、男子たちの歓声が上がった。
「男子って嫌らしいわね。鈴木君が、そんなみだらなことするわけないでしょ」
女子たちが抗議した。翔は、男子たちに言われたことを気にするでもなく、この様子を楽しそうに眺めていた。でも、小学生の頃の翔と比べると、冷めているような感じがした。中学生になったからかも知れないと、麻子は勝手に判断した。
「残念だが、鈴木の席は、いちばん前しか空いてないな。そこで、我慢してくれ」
麻子の1つ前の席だ。
「はい、先生」
翔は席に着こうとして、ハッとした。
「もしかして、麻ちゃん?」
そして、麻子をまじまじと見つめた。
「翔君……」
なんだ、あいつ……。麻子の知り合いなのか?
真司は、翔が麻子に声をかけるのを見て、何だか急に不愉快になった。話したこともない相手に一瞬のうちに、こんなにも感情をかき乱されたことはなかった。しかし、今は、その理由を冷静に考えてみる気になれなかった。 とにかくむしゃくしゃした。
「何だ、二宮、鈴木と知り合いなのか?」
上田先生が訊ねた。また、女子たちの痛い視線が飛んできた。
「はっ、はい。東京にいたころ、同じ学校で……」
麻子は遠慮がちにいった。
「そうか。いろいろと教えてやってくれ」
上田先生は、麻子の人間関係を把握していないようで、ごく普通のことを言ったが、女子たちが怒っている様子が、麻子に伝わってきた。
「麻ちゃん、久しぶり」
翔が、穏やかな笑顔で、麻子に声をかけた。
「麻子って、すごいじゃない」
女子の中で、はるかだけがいつまでも好意的だ。麻子には、それが奇跡に思えた。
「麻ちゃん……」
始業式の後の2番目のHRが終わると、翔が後ろを向いていった。
「しょうく……」
麻子が話しかける前に、
「鈴木く~ん、東京のことをいろいろ教えて!」
と、麻子の声をさえぎるように、ほとんどの女子たちが、翔の前に群がってきた。女子たちはみんな、(二宮さんのような人が、鈴木君と話すなんて許せない)というような目をしていた。
翔は驚いた様子で、女子たちを見渡したが、転校してきたばかりなので、女子たちをないがしろにできないと思ったのか、
「ごめん、麻ちゃん、また後で」
と、麻子に話しかけるのをやめ、前に向き直った。麻子は、あっけにとられていた。
「鈴木君ってモテるのね」
はるかが麻子の隣で感心していった。
「そうよ。東京にいたころも、勉強もスポーツもできて、おもしろくって、人気があったもん」
麻子は小声でささやいた。
「へえ……。で、どういう関係だったの?」
はるかも、女子たちの敵意を察知したのか、小声でいった。
「どういう関係って、四年生の頃だもん。家が近かったから、集団登下校していたけど、たたのクラスメートよ」
「何だ。でも、『麻ちゃん』って、カッコイイ鈴木君にそう呼んでもらえるなんていいわね」
「そんな、小学生の頃は、みんな、名前で呼んでいたじゃない。その延長よ。普通にみんなで遊んでいただけだもの」
「ふ~ん、じゃあ、転校してから連絡してないんだ」
「もちろんよ」
「しばらく、鈴木君の質問大会聞いてみようか」
はるかは、翔に視線を移した。
「う、うん……」
麻子とはるかは、女子たちと翔のやり取りを聞いていた。
「ねえねえ、芸能人と会ったことある?」
「うん」
「誰、だれ?」
「野田エイジや黒鉄ケンゴや天川紫苑とか……」
「すごいわね」
「会ったというより、見かけただけだけど……」
「お台場とか行った?」
「うん、まあね」
「東京のS区に住んでいたんでしょ? そこって、よんだらけの近く?」
「よんだらけ」とは、マンガの大きな古本屋だった。宅配便などで、全国からマンガのお宝が集まってくるようだ。
「まあ、近い方だったかな」
「いいな」
大のマンガファンの女子がつぶやいた。次は綾乃が質問する。
「何人家族なの?」
「……」
しばらく間があった。
どうしたのかしら……。翔君は、確か、お父さんとお母さんの3人家族のはずだけど……。
「2人……」
翔の声のトーンが急に下がったが、また明るく、
「うち、リコンしたんだ。今は母さんといっしょ」
リコン?
麻子は翔の背中を見つめた。
何があったんだろう? でも、聞いてはいけないことだわ。
「きゃあ、ごめんなさーい。もうこんな話やめましょ」
綾乃が慌てて話題を変えようとした。
へーえ、桜小路さんでも、翔君には気を遣うんだ。
麻子は少し意外な気がした。綾乃はいつも誰に対しても強気でづけづけものをいう。でも、綾乃は何でもできて、いうことが最もなので、誰もいい返さない。綾乃はいつも強気なので、嫌みなことをされたりしない。麻子は、そういう面はうらやましいなと思っていた。
麻子の肩をポンと誰かがたたいた。
「真司……」
ふり返ると、真司が立っていた。
「あいつ、すげー人気だな」
真司は横目で翔を見ながら、ふくれっ面でつぶやいた。
「あら、真司、モテる翔君がうらやましいの?」
麻子がからかうように真司の顔をのぞいた。
「バーカ」
と、真司は麻子の頭を軽くたたき、反論しようとしたが、とてもいえなかった。
鈴木がモテるのが、おもしろくないんじゃなくって、おまえと親しそうだったからだなんて……。
真司は後ろを向いて手で顔を一拭きして、麻子に向き直るといった。
「しかし、おまえも良かったじゃんか」
「えっ?」
「江波、こいつ、ドジで不器用だけど、おもしろいヤツだぜ」
真司は、はるかにそういうと、すぐに出て行った。
「仁川君、麻子をよろしくって、いおうとしたのね。やさしいね」
はるかは、片ひじを立て顎をおいて、横目で真司を見送りながらいった。
「え……」
はるかは、わたしのことをどのくらい知っているのだろう?
「ねえ、わたしたちももう帰ろうか」
麻子は、机の横にかけていたカバンを取った。




