13 わかっていた真司
この日、公平が所属している陸上部は、昼から、他校と合同練習があった。公平が、陸上部の部室に忘れていた体操服を取りに行き、部室の窓から、何気なしに外に目をやった時、古い体育倉庫の異変に気づいた。
綾乃が、体育倉庫の出入口の扉に耳をあてたり、離したりして怒っているような感じで、誰かと話をしている。
公平の頭に咄嗟に、6月の終わりに、桜の木の上にいたことが思い浮かび、綾乃と女子たちの関係を思い出した。
桜小路さん、あのままで引き下がるような感じではなかったし……ということは、まさか、二宮さんが……?
合同練習に行くバスの時間があまりなかったが、公平は、古い体育倉庫には、南京錠がかけられていることを知っていたので、真司を探しに行った。公平は、真司の特技を知っていた。
校門のところで、帰りがけの真司を、バスのタイムリミットぎりぎりに見つけ出した。
「真司~、大変だ! 桜小路さんの様子が変なんだ。もしかしたら、二宮さんが……」
公平は時間がなかったので、真司に思ったことを簡潔に話す。
「麻子が? まさか……」
真司が血相を変えて飛び出して行った。
がんばれよ、真司。
公平は心の中でつぶやくと、校門の外に停まっていた合同練習行きのマイクロバスに乗り込んだ。
走っている真司の額に汗が次から次へと流れ落ちる。
この暑さじゃ、あの体育倉庫の中、蒸し風呂じゃないのか? 桜小路のヤツ、正気か? 麻子、どうか無事でいてくれよ~。
そう願うと、真司は今までにないスピードが出るのだった。
真司が体育倉庫に走って行くと、途中から、翔と利香も走ってきた。
「鈴木、おまえがどうして?」
「仁川こそ?」
「麻子が……」
「桜小路さんが」
「たいへんだ!」
「たいへんなことをやっているんだ!」
利香は、最近の綾乃の様子が変だと思っていた。そして、さっき、大川たちが、綾乃を止めるように、利香に言いに来たのだった。
利香は、綾乃を止められるのは翔しかいないと思って、翔を引っ張って来たのだった。
「「桜小路!」」
真司と翔、2人が同時に叫ぶ。
「何バカなことをやっているんだ、おまえは……」
真司が綾乃の胸ぐらをつかむ前に、翔の平手が飛ぶ。
「いい加減にしろ! 君は麻ちゃんだけじゃなく、自分自身も傷つけているんだぞ!」
綾乃が地面に倒れ込む。利香が綾乃に駆け寄って行く。
「麻ちゃんを助けるのが先だ。僕、職員室に行って、南京錠のカギをもらってくる」
グラウンドを駆け抜けて行く翔の後ろ姿は、みるみる小さくなった。
「麻子! あさこ~!」
真司が鉄の扉をドンドン叩いて耳を澄ます。
中から、扉を弱く叩く音がかすかに聞こえるが、声がしない。
カギなんて待っていられない!
真司は目を凝らして地面を見る。すると、短い草の陰にヘアピンが落ちていた。うっかりしていたら、見落としそうだった。
真司は慌ててそれを拾うと、真っ直ぐに伸ばして、南京錠のカギ穴に当てる。ごそごそかき回すと、すぐに南京錠が外れる音がした。
扉を開くと、麻子がうつ伏せに倒れている。
「麻子ー!」
真司が叫ぶ。
麻子は気を失っているのか、答えがない。
真司は、気を失っている麻子を背負うと、保健室に向かおうとする。
「麻子、麻子って何よ。二宮の取り柄って、外見だけじゃない……」
取り柄? 何? 頭がガンガンする。桜小路さんが何かいってる。
でも、さっきより涼しい……ここは……真司!
麻子は、真司におぶってもらっていることに気がついた。頭がガンガンして、のどがカラカラで声が出ない。しかし、みんなの声ははっきり聞こえてくる。
「おまえ、まだ、そんなこといっているのかー?」
真司の怒鳴り声がする。
「ええ、こんな子のどこがいいのよ?」
「そうよ。今回の綾乃はやりすぎだけど、二宮さんのどこがいいのか私にも分からない」
利香も口をそろえていう。
「こんなことしておいて、何いってるんだよ、おまえらは……。りっぱな取り柄がなければ、好きになってはいけないのか? 俺は、麻子といると楽しいんだ。それだけの理由じゃダメなのか? おまえたちが認めた人じゃないと好きになってはいけないなんて誰が決めたんだよ? そんなのおかしいよ」
真司……じゃあ、さっきのことは、わたしの勘違いなの……?
麻子の胸にジーンとあたたかいものが広がっていく。
「だって、二宮さんはいつだって、本当の心を隠して、いいい人のふりしているじゃない」
「ふりじゃないと思うよ。でも、本性見せたら、桜小路たちは、受け入れたか?」
「……」
「そうだろう。どうして、麻子は本音をいいにくい性格かって、考えたことはあるか?」
「それは……」
「みんなと仲良くなりたいからさ……」
こんなこと話したことないのに、真司は、わたしのことをとってもよく分かってくれている。
麻子の目から涙があふれ出る。
麻子の涙が白い開襟シャツに染み込み、真司に伝わった。
「あっ、麻子、おまえ、今の、まさか……」
真司は慌てて後ろを振り返る。
「わっ、わたし、降りる」
麻子は、真司の顔が間近にあるので、照れくさくなる。
真司も慌てて手を放す。麻子は自分で歩いて行こうとしたが、すぐにめまいがして、真司の方によろけてしまう。
「しようがないな~、おぶっていってやるよ。でも、もう、保健室は閉まっているな」
「これを飲ませて、涼しいところで休ませればいいよ」
いつの間にか戻ってきた翔が、スポーツバッグの中から、ペットボトルを取り出した。
「昨日の夜から凍らせていたんだ。だいぶ融けていい冷水になっているはずさ。麻ちゃんの看病、ちゃんとしてやれよ」
「鈴木……」
真司は麻子を背負うと、再び歩き出した。
「さっきはごめん。桜小路さん、大丈夫? 僕、おもいっきり、ひっぱたいてしまったから……」
「どうして、そんなこというの? 鈴木君もみんなのように、私のこと、嫌いなんじゃないの?」
「わからない……。ただ、桜小路さんのことも何だか放っておけなくって……」
「それって、同情なの? 同情なんてたくさんだわ!」
そういって、突っぱる綾乃が、翔には、何だか可愛く見えた。
「まだ、麻ちゃんが憎いのかい? でも、そんなふうに思ってても仕方がないよ」
「何だ、鈴木君も二宮さんのためにそんなこというのね。」
「ちがうよ。桜小路さんが何で麻ちゃんのことを目の敵にするのか分からないけど、君には君の魅力がたくさんあるだろう。もっと自分を大切にしろよ。そしたら、人と比べて腹を立てたり、落ち込んだりすることがなくなるよ。僕がいいたいのは、そのことさ」
「自分を大切にする?」
「そう、桜小路さんは努力家だし、すばらしいものをたくさん持っているじゃないか。僕はいいと思う。」
翔の最後の言葉が、特に、綾乃の胸に染み込んでいく。
こんなふうに思われたこと、誰にもない……
綾乃の瞳が大きく見開かれ、翔を見る。その瞳には、意地悪な影が完全に消えていた。
「僕たちも、どこか、涼しいところに行こう」
翔の後ろを、綾乃と利香が楽しそうについていった。




