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青いガーネットの奇跡  作者: 村松希美


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10 誤解 

 あの日以来、麻子ははるかとは気まずかったが、クラスの女子たちの、麻子やはるかに対する態度が柔らかくなった。


 朝、麻子が教室に入って行くと、女子の方から、「おはよう」と声をかけてくれる。麻子はその理由が分からなかったが、以前のように、麻子を(おお)っていた冷たい雰囲気は感じられなくなった。


「麻子、何か、最近、女子たちのおまえを見る目、温かいじゃん。何があったんだ?」

 昼休み、麻子が図書室で1人で本を読んでいると、真司が話しかけてきた。


「さあ、わたしにも何が何だか分からないの」

「でも、おまえ、江波とはどうなっているんだ? 最近、一緒に行動していないようだけど……」


 麻子は、あれから、はるかの後を追いかけたが、

「わたしが、麻子を利用するために近づいたと思ったの?」

 と、悲しそうな目ではるかに見つめられて、何もいえなかった。そう思いかけたのは事実だった。

 あれ以来、はるかは麻子を避けている。こうなった理由は真司のことも絡んでいたので、はっきりいうわけにはいかなかった。


「ちょっと、いろいろあって……」

 麻子は本に目を向ける。

「そうか……」

 真司もそれ以上訊こうとしない。真司は、麻子が、今までのように何でも自分に相談してくれなくなったことが、少しさみしかった。それから、


 友だちよ、真司とは……


 この言葉が頭に浮かんで、これ以上、訊くことができなかった。

 クラスの女子たちの麻子に対する目は温かくなったが、麻子は、はるかと仲直りすることができず、クラブも休みがちになり、真司とも以前のように何でも話せる間柄ではなくなってきたことに気づき、心が晴れなかった。


 そんなある夕方、麻子が浮かない気分で、母親に頼まれていた買い物をシーサイドタウンのスーパーでしていた。


「麻子、夕ご飯は冷や奴にするから、ユカリのろくろ豆腐買ってきてちょうだいね。やっぱり、冷や奴は、あの豆腐じゃなきゃダメね」

 朝、母親がいったことが、麻子の頭に浮かんだ。麻子は、豆腐売り場に行った。


 創業セール第三弾

 PM4:00~タイムバーゲン!

   ろくろ豆腐1丁 100円

    お一人様2丁限り


 と書いてある。普段の半分の値段だ。コーナーを見渡すと、もう1丁しか残っていない。

 

 麻子が慌てて手を伸ばすと、誰かの手とぶつかった。びっくりしてその顔を見ると、翔が立っていた。

 「奇遇だね」

 翔が気さくにいう。

「翔君、どうして、買い物なんかしているの?」

「僕が豆腐を買ったらおかしい?」

「うん」


 2人は、スーパーを出て、センター街を抜けて、桜ヶ丘町行きのバス停近くの公園まで歩いた。

 さっきまで誰かが乗っていたのか、公園のブランコが風にゆれていた。


「あそこに座って、缶ジュースでも飲まない?」

「うん」

 麻子はのどがカラカラに渇いていたので、翔の誘いにのった。

 ブランコの前に来て、麻子にカバンと買い物袋をあずけると、翔は、公園の入口の自動販売機で、コーラを2つ買って戻ってきた。


「冷たくて気持ちいい」

 麻子は(ほお)にコーラのを当てると、缶をあけて、ゴクゴク飲み始めた。

「すごい飲みっぷり!」

 翔が少しからかったようにいうと、麻子の顔を見て微笑む。

「だって、のど、カラカラだったんだもん。それより、翔君は、どうして買い物してたの? 翔君にお豆腐なんてピンとこない」

 麻子は、さっきの翔へのお返しのつもりでいった。

「僕がごはんを作っているからね」


「えっ、だって、翔君のお母さん……?」

 麻子が小学生の頃、1度だけみんなで翔の家に遊びに行ったことがあった。その時、翔の母親はちゃんと家にいた。麻子は、翔がこの春、転校してきた日のことを思い出した。


「ごめんなさい。翔君のうち、リコンしたんだっけ……お母さん、働いているのね」

「リコンじゃないんだ……ほんとうは……」

 翔の瞳が少し(かげ)った。

「どういうことなの?」


「僕の父さん、自殺したんだ。だから、母さんが生まれたこの町に戻って来たんだ」

「自殺って、どうして……?」

「リストラによる社内いじめってヤツ」

 翔が渇いた声でいう。

 麻子は、大人の世界にも子どもの世界と同じようないじめがあることは、以前から知っていた。


 日本が経済不況に陥り、「リストラ」という言葉が世間で飛び交うようになって、大人たちの汚さをTVやラジオで、ときおり耳にしたことがある。

 会社を辞めさせるために、仕事を与えないで、何もない部屋に1日中閉じ込めたり、みんなで嫌がらせをして、辞表を書かせたりなど……。

 でも、まさか、自分の身近にその犠牲者がいたなんて、思いもしなかった。翔の父親の身に何が起こったかなんて、これ以上訊けなかった。麻子はそのまま(うつむ)いていたが、翔は話を続けた。


「でも、そんなことが起きていたなんて、気づきもしなかったんだ。自殺するまで……バカだよな……。

 僕たちは、お互いにいい家族を演じ続けてきただけなのかも知れない。相手にいい面ばかりを見せようとして、また、お互いにそれを求めて……。

 父さんはある日突然、お酒に酔って、母さんと僕に暴力を振るうようになったんだ。母さんは、その原因を調べに父さんの会社に行ったけど、父さんの仕事の失敗が原因だろうとだけ聞かされた。母さんが会社に行ったことで、父さんへの会社の人たちの風当たりがまた、強くなったんだ。

 父さんは毎日毎日、お酒に酔っ払って、僕たちを殴ったり、蹴ったり、暴力を振るう。父さんの暴力があまりにも酷いものだから、母さんと僕は愛想をつかしちゃったんだ。

 その頃の僕は、サッカーや中学受験のことで頭がいっぱいで、よく考えもせず、仕事で失敗した父さんが悪いんじゃないかって、父さんを責めていた。そして、自分のイライラを僕たちに向けるなんて最低だ、弱いヤツ、大嫌いなんて思ったんだ。

 そして、学校で弱いヤツを見ると、何だかムカついてきて、そいつをいじめているヤツと一緒になって、僕もいじめていたんだ。

 でも、それは、間違いだったんだ。弱い者が悪いんじゃないって、今年の2月に父さんが自殺して、そのことに初めて気がついたんだ。

 父さんと親しかった人が本当のことを教えてくれた。父さんは少しも悪くなかったんだ。リストラの対象にされたからそうなっただけなんだって。まさか、自殺するなんて誰も思わなかったんだって。会社のヤツら、憎いけど、父さんのさみしさやつらさを分かってあげられなかった僕だって、同じだったんだ……」


 麻子は、翔がそんなつらい目に遭っていたなんて、思いもよらなかった。ときおり見せる翔の冷めた表情は、少し気になっていたが、クラスでは明るい人気者だった。

 それに今の翔からは、いじめをしていたようには、とても見えなかった。いじめをする者の気持ちを考える余裕なんて、麻子にはなかったが、自分の悪いところも包み隠さず話をしている翔は強いと思った。


 でも、翔君は、どうして、わたしにこんなことを話すんだろう……?


 麻子は思っていたことを口にした。


「麻ちゃんは、もう少し自分に正直になればってこと。こんなこといったから、麻ちゃんには嫌われたかも知れないけど、僕は大好きな麻ちゃんには、自分の本当のことを知っておいてもらいたかったんだ」



 放課後、真司はノトコー市場に寄った帰りに、この公園前のバス停からバスに乗ろうとしてやってきた。

 すると、公園のブランコに乗って、何やら深刻そうに話をしている麻子と翔の姿を見かけた。

 真司はショックを受け、立ち去ろうとしたが、麻子のことが気になり、その場を離れらられなかった。

 ブランコの後ろは茂みになっていて、裏口に回れば、2人に気づかれずに近づけると咄嗟(とっさ)に判断し、行動に移った。


 真司がブランコに近づくと、


「……僕は、大好きな麻ちゃんには、自分の本当のことを知っておいてもらいたかったんだ」

 翔が真剣な顔で、こんなことを口にしている。


 何だ、アイツ、こんなところで、愛の告白しやがって……


 何も事情を飲み込めていない真司は1人で腹を立てたが、


 麻子のヤツ、まさか……


 別の不安が込み上げてきた。真司は、茂みの中で頭を抱えた。


 麻子の口が開いた。

「わたし、翔君のことが好き……」


 真司は、これ以上聞いていられなくなって、ガバッと立ち上った。


「真司、どうしてここに……」

 麻子がびっくりして叫んだ。


「いや、その……」

 真司は自分が盗み聞きしていたことにバツが悪くなり、

「どうでもいいだろう! そんなことより、邪魔したな……」

 と、ケンカ腰にいって、走り去って行った。


 何だよ、麻子のヤツ、なんだよ~


 真司は心の中で怒鳴り散らす。


 真司の後ろ姿を悲しそうに見送る麻子を翔はやさしく見つめた。


 麻子は、翔のことは好きだけど、友だちとしてそう思うといおうとしていたのだった。


「分かってたんだ、麻ちゃんの気持ち……。でも、学校であんまり話す機会がないし、今日偶然こんなふうに出会ったら、僕の気持ちを伝えなくなっちゃって……フラれることは分かってたんだ。でも、仁川も素直じゃないな」


 麻子はキョトンとする。

「えっ、まさか、麻ちゃん、気づいてないの……? とにかく、仁川んちへ電話すれば……誤解は解いておいた方がいいよ」


 そういうと、翔は、豆腐の入ったスーパーの袋を持って、住宅街に走って行った。





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