9 わな 2
放課後、教室の掃除当番だった麻子は、裏庭のゴミ置き場にゴミを捨てに行った。帰りに、綾乃が麻子の前に立ちはだかった。
「二宮、あんたって、すっごくお人好しね」
「えっ、何のこと?」
「しらばっくれないでよ。あんた、仁川君が好きなんでしょ? だったら、何であんなことするのよ」
やだ、桜小路さん、わたしのこと、ずっと観察してたんだ。
「かっ、関係ないでしょ、桜小路さんには……」
「まあ、いいわ」
というと、綾乃は、遠くでその様子を見ていた利香に目で合図する。利香の掃除の班には、はるかがいる。利香は、この計画をあらかじめ話しておいた女子たちに、はるかと一緒に、ゴミ置き場に落ち葉を捨てに行くように促した。
「江波さん、これ、手伝って」
女子たちは、綾乃たちにあらかじめ聞かされていた計画どうりに、はるかをゴミ置き場まで連れて行った。
はるかが近づいてきたのを目で追いながら、綾乃が麻子に話し出す。
「人が良すぎるのもいいけど、あんた、江波さんに利用されているだけかも知れないわよ」
近づいてきたはるかの足がピタッと止まった。
綾乃ったら、何いってるの? わたしのことを何にも知らないくせに……。こんなこというなんてひどい!
でも、麻子もどうして黙っているの?
いちばん気にしていたことだけに、はるかの心の均衡がくずれた。
はるかが、わたしを利用しているだなんて……そんな……
麻子は、綾乃の言葉に衝撃を受け、頭が混乱した。
そんなことあるはず……でも……
麻子が一瞬疑わしく思ったことを綾乃が口にした。
「考えてごらんなさいよ。どうして、嫌われ者のあんたなんかと一緒にいたいと思うのよ」
「だって……それは、はるかもわたしと同じつらさを知っているからだって……」
麻子は、疑念を払いのけ、やっとのことで口にした。
「そんなの、あんたに近づくためのきれいな口実だわ。誰が好き好んで嫌な思いをしようとする人がいるのよ……」
「………………………………………………………………」
麻子は、悲しみのあまり頭が痛くなり、いい返す言葉も出なかった。
ドサッ!
麻子の後ろで、もの音がした。
「はるか……」
麻子が悲しそうにはるかを見る。
そんなの違うよ! どうして、麻子は、何もいってくれないの……
はるかは踵を返し、走り去った。
麻子は、その後を追えなかった。綾乃がいっていたことも、もっともらしく聞こえたからだ。呆然としている麻子に、綾乃が種明かしをする。
「あんたってバカね。あんたの江波を信じる気持ちって、その程度だったの?」
わなだったんだ。でも……
麻子は綾乃にズバッといわれて、いい返せない。
「あんたなんて、所詮は、男子しか信じられないんだよね。外見で男子たちの心を虜にできても、それが通用しない女子たちの前では、化けの皮が剥がれたわね」
麻子は、この言葉にたまりかねて走って行く。
「君は、何てこというんだよ!」
この声、まさか……? 聞かれた……
綾乃が後ろを振り向くと、翔が仁王立ちになっていた。
「僕がこんなことをいう資格がないかも知れないけど、麻ちゃんは、仲のいい子ができても、すぐに君たちに潰されるというつらい目にずっと遭ってきたんだ。あんな目に遭ったら、中々人を信じられないのも無理ないさ」
「だって、二宮さんは、心の底から信用していないのに、友だちのふりしてたじゃない。そんなのって、許せないわ」
「ふりじゃないと思うよ。信じようと一生懸命だったんだと思う。
桜小路は、どうなんだよ? 桜小路は、ただ麻ちゃんのことが気に入らないだけなんじゃないの? それなのに、そんな大義名分つけて、悪者呼ばわりして、それこそ、欺瞞じゃないか……」
「鈴木君には敵わないわね。そうね、そうかも……」
綾乃は今までの元気がどこかへ行き、自嘲気味につぶやくが、握りしめたこぶしに再び力が入ってきた。
「だって、私、能力もないのに、男子たちにチヤホヤされている二宮さんなんか大嫌いだし、それに、それに、鈴木君が好きだから……」
綾乃は、麻子たちに意地悪している現場を翔に見られ、気が動転し、ヤケになって叫んで走り去ってしまった。
翔は、綾乃の最後の言葉と迫力に呆然とした。
気がつくといつの間にか、クラスの女子たちが集まって、ヒソヒソささやいている。
「二宮さんに悪いことしちゃったね」
「桜小路さん、私たちを利用してたんだ」
「それに乗せられていた私たちもバカだけど、何だかムカつく!」
「桜小路さんを無視しましょう!」
ターゲットは、今度は綾乃に移ろうとしていた。翔が慌てていう。
「桜小路さんがやっていたことは確かに悪いことだけど、君たちがしようとしていることは、ターゲットを変えるだけで、麻ちゃんにしていたことと同じことだよ。1人を大勢で無視するなんて、こんな汚いこと、もうやめようよ」
翔に一目おいている女子たちは、その場で自分たちの感情を抑えたが、煮え切らない思いを抱えたまま、その場を去って行った。
「鈴木君、私、綾乃は間違っていないと思う。でも、鈴木君のいうことだって、何となく分かった。みんなに、綾乃を無視しないようにいってくれて、ありがとう」
「西野さんは、桜小路さんのことが本当に好きなんだね」
「だって、綾乃はすごい努力家よ」
利香は、綾乃のことを話し出す。利香の母親が、桜小路家の家政婦をしているので、本人からは聞かないが、利香は、綾乃のさみしさも知っていた。そして、利香は、最後にこういった。
「鈴木君、綾乃の気持ち、分かってあげて……」
翔は複雑な思いがしたが、綾乃のことが少し分かったような気がした。




