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8 それぞれの想い 1

 翔が麻子を好きになったのはほとんど一目惚れだった。

 ロンドンからやってきた帰国子女の女の子。その少女の笑顔は、翔の目にまばゆく映った。


 翔は、転校生が来るという噂を聞いて、帰国子女なんて鼻持ちならないだろうと決めてかかっていたが、担任の先生が連れてきた少女を見た途端、悪意に満ちた先入観はどこかへ吹き飛んでしまった。


 翔は、一目惚れなんて恥ずかしいことで、自分なんか絶対そうならないぞと思っていたが、その少女に見事にくだかれてしまった。


 その気持ちを認めたくなくって、翔は、その少女のあら探しをしようと思ったが、探さなくても、その少女があまりにもドジなので拍子抜けした。


 教室の敷居に足を引っかけて転んだり、掃除の時間に水の入ったバケツをひっくり返したり……。そして、それが、かわいくって楽しくって、麻子を憎むことなんてできなかった。


 そして、自分の帰国子女が嫌いな原因も何となく分かったような気がした。これは、中学に入学するまでの感覚だが、翔の心には、強い者には立ち向かおうとする闘志のようなものあるのではないかということだった。


 翔は、自宅のアパートで、食器洗いをしながら、昔の自分を思い出す。

 夜の9時過ぎだが、アパートには、翔1人だった。

 翔は食器を拭き終えると、机に向かい、歴史の教科書と問題集を広げた。一週間後に始まる中間テストに備えての勉強だった。


 下線部⑦で国風文化を表すものを次の3つから選び、その記号を書きなさい。


ア 寝殿造  イ 古事記  ウ 源氏物語  

エ 正倉院  オ 東大寺  カ 大和絵


 翔は、「ア、エ、カ」と書いて答えを見る。正解は、「ア、ウ、カ」。1つ間違えている。


 くそ~っ。


 翔の頭に真司が浮かぶ。翔は中学に入学して以来、自分は冷めているなと思ったが、久しぶりに、小学生の時に感じた闘志が湧き上がってきた。


 翔は、真司がいつも10番以内に入っていて、スポーツも万能だということも知っている。クラスで人気もあり、能力もあるのに、クラブに入ろうとしない変わり者。おまけに、麻子のことが好きらしい。そして、麻子も……。


 こんなところで間違っていられない。


 翔は、能力でまず、真司に対抗したかった。翔は、勉強はできる方だが、理数系が得意で、歴史は苦手だった。


 翔は、あからさまには見せないが、真司に対抗意識を持てたことを半分楽しんでいた。つまらなかったこの2年間に熱くさせてくれたもの、サッカーといい、真司といい、港町中学校に転校して、楽しく過ごせている自分に気づいたのだった。


 そうだ、いつか、仁川たちと、サッカーしてみよう。仁川がどれくらいサッカーができるのか見てみたい。


 翔は問題集に集中した。



 その夜、はるかは、ちっとも勉強がはかどらなかった。自分の中でどんどんふくらんでいく真司への気持ちと、麻子への罪悪感。この気持ちはまだ誰にも知られていないが、自分の中で、恋と友情の板挟み状態の日が何日も続いていた。はるかは、矛盾した2つの気持ちに押しつぶされそうだった。


 ほんの一時だったが、1番さみしかった時に出会ったあの少年の思い出が、はるかの心を占めている。


 わたしも仁川君が好き。もうこのまま、麻子に黙っていられない。このテストが終わったら、わたしの気持ちを麻子に話してみよう。


 そう決めると、はるかは落ち着くのだった。



 中間テストの前日、麻子は、シャーペンをおき、数学の問題集の巻末を見て、答え合わせをする。


問1 x=2、y=3  問2 2a+b  

問3 a=14


 うそ、全部合ってる!


 麻子は目をこすって、もう1度見直してみる。


 やっぱり、間違ってない。


 麻子は、こんなことは奇跡だと思った。数学なんて1番嫌いで、授業をまじめに聞いていても、チンプンカンプン分からない。真司やはるかに出会う前はそうだった。だけど、今は……。


 去年までの麻子なら、どうせひとりぼっちなんだから、嫌いな数学で、いい点取ろうが取るまいが、どっちでもいいという投げやりな気持ちだったが、真司やはるかと出会って、そんな気持ちも少し変わった。


 真司はいつも10番以内に入っているし、はるかだって、先生に当てられた時は、いつも正確に答えている。あずみたちの話によると、20番以内に入っているようだ。麻子は、自分だって、2人に近づけるように頑張りたいという意欲が出てきたからだった。


 分からないところは、真司やはるかに訊く。真司は、

「おまえ、こんなことも分からないのか?」

 と、いつもいわれるが、楽しそうに教えてくれる。

 はるかは、真司のように、嫌口(いやくち)をたたくことなく、

「いつでも訊いて、人に教えると、自分の勉強にもなるから」

 と、快く教えてくれる。


 例え勉強の話でも、気の合う2人と話していると、とても楽しい。先生の授業を聞くよりもすんなり頭に入ってきた。去年までの麻子からは、全く想像できないことだった。

 今回の中間テストは、50番以内に入るのも夢ではないと思えるのだった。


 そして、中間テストが始まった。麻子は、去年の中間テストに比べると、かなり手ごたえがあったような気がした。



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