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7 保育園にて 7

 保育園での実習体験はまたたく間に過ぎて行き、残すところ、今日だけになった。


 はるかは、謎の少年の声の主に気づいて以来、真司を意識している自分に気づいた。

 朝、真司と顔を合わすとドキドキし、園児たちと遊んでいると、とっても楽しかった。今までに出会ったことのないウキウキした自分がいた。しかし、真司を好きになっていく一方で、心の中でどんどん痛くなってくる部分がある。それは、麻子のことだった。


 麻子はこの前、あんなことをいっていたが、あれは本心じゃないって、すぐに分かった。友だちなのにどうして、はるかに本当の気持ちをいってくれないのか、理由が分からなかったが、そういう性格なんだと思った。


 友だちって、何でも包み隠さず話すものでもない。触れて欲しくない部分に土足で入り込むのではなく、そっとしておくものだ。自然に話してくれるまで待つ。そういう思いやりを持つのも友だちだとはるかは思っていた。

 麻子は真司を好きに違いない。しかし、真司を好きな自分もいる。


 それに……わたしは、仁川君と仲良くなりたいから麻子に近づいたんじゃない。麻子は同じ痛みを知っているし、いじめのターゲットから逃れるために、友だちを裏切ったりする人じゃない。麻子とはいい友だちになれそうだと思ったからよ。これだけははっきりしているわ。でも、これじゃあ、結果的に麻子を利用していることになるのかな?

 でも、わたし、毎日、仁川君と顔を合わすごとに、好きになっている……どうすればいいの?


 はるかの心は、喜びと息苦しさで、混乱してくるのだった。



 真司は、こんなはるかの想いに何も気づくことなく、この保育園での実習体験を過ごしていた。


 真司が気になっていることは、「友だちよ、真司とは」の、麻子のあの言葉だったが、園児たちと一緒に遊んでいると、あんまり気にならなくなっていた。園児たちの無邪気さが、真司の悩みを忘れさせてくれたから……。


 しかし、保育園での実習体験最後の日。


 それは、給食の食器を配膳室に片づけに行く時だった。

 真司の目に入ったのは、麻子と翔とレナの姿だ。レナは、保育園での実習体験中ずっと、麻子たちにピッタリくっついているようだった。真司が時々麻子を見かけると、いつも、レナの姿が目に入る。それはいっこうに構わないのだが……。


 真司は、自分も片づけなければならない食器かごを持っているのに、ピタッと足を止めた。


 麻子が、血がたくさん流れている翔の右肘をハンカチで一生懸命縛っている。その目は真剣そのものだった。

 その姿を見て、真司は、その場から動けなくなった。レナが大声で泣いて、周囲にガラスの破片が散らばっている。よく見ると、配膳室の前の大きなガラス棚が壊れていた。


 階下から、給食のおばさんたちが駆け上がってくる。

「どうしたのあなたたち?」

「この子に肩車してたら、バランス崩しちゃったんです」

 翔がすまなさそうにいった。

「けがはない?」

「麻、いや、二宮さんが、ハンカチを巻いてくれたので……」

 翔の顔はとっても嬉しそうだ。


 こいつも、まさか……


 真司はそれ以上考えるのをやめた。そして、会話に聞き耳を立てる。


「とにかく、鈴木君は下の事務室に行って、もっと、ちゃんと手当しなければ……」

 おばさんが、翔を連れて行く。


「二宮さんは一緒に、このガラスの片づけを手伝ってくれる?」

「はい」

 麻子は、すみれ組にほうきとちり取りを取りに行く。


「あれ、真司、どうしたの?、こんなところで……」

 麻子がきょとんとした顔で真司を見る。

「あ~、いや、その、食器を返しに行くんだ」

「そう。あの、わたし、急ぐから……」

 麻子は、すみれ組の部屋に慌てて入って行った。


 あれは、咄嗟に起きた事故さ。麻子があんな瞳をして当たり前だ。でも……。


 真司は複雑な想いがした。



「みんな、麻子先生と翔先生と一緒に遊べて、とっても楽しい5日間だったですね」

 保育園での実習体験最後のお別れ会は、各部屋で、午後2時半頃から行われた。3時過ぎ頃から、保護者が迎えに来るからだ。


「「「はーい!」」」

 園児たちが元気に答える。レナはちょっぴり悲しそうだ。

 麻子は、5日間、レナにお母さんをさせられたが、とても楽しかった。翔がお父さんで、それも楽しかったが、小学校の学芸会をやっているような感じで、もし、真司が一緒だったら……と、少し残念な気がした。

 翔とは、一緒でも、あっちゃんやいずみがどうしているかなど、東京の小学校での思い出話に花を咲かせるどころではなかった。

 しかし、麻子は子ども好きだったので、園児たちと過ごした時間は、とても充実したものだった。


 レナと男の子が、宇野先生に用意してもらった小さな花束を麻子と翔に渡す。麻子はジーンときて、涙がこぼれた。翔が、ハンカチを麻子にそっと渡してくれた。

 麻子は、この時はまだ、翔の気持ちに気づくことはできなかった。

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