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6 異変 1

 真司やはるかがいる新学期は、去年の時間の流れと比べものにならないくらいあっという間に過ぎて行き、4月の最後の日を迎えていた。


 その日の午後は体育で、A組とB組は、合同で授業をする。男子も女子もバスケットボールで体育館に集まっていた。


 麻子とはるかは、A組のあずみとしおりと一緒に話に花が咲いていた。


「ねえ、ねえ、知ってる? しおりったら、告白されたんだって」

 あずみがはるかに大声でいう。

「あずみちゃん、声が大きいわ」

 しおりが頬をポッと赤く染めてはにかむ。しおりは根から大人しい性格で家庭的だ。

「えっ、誰なの?」

 はるかもびっくりして大声になった。

「はるかちゃんまで声が……」

 しおりは名前を「ちゃん」づけで呼ぶ。でも、それは、2人と距離をおいているのではなく、内気すぎる性格によるものだった。


「それがね、ブラスバンド部でフルートやってる長沢君よ」

「へえ、お似合いじゃない。もちろん、OKするんでしょ?」

「ええ、まあ……」

 しおりが真っ赤になってうつむく。長沢君といえば、去年、麻子と同じクラスで、まじめで清潔感のあるタイプだ。麻子も、しおりとならお似合いだと思った。


「でも、どこで知り合ったの? クラスもクラブも違うし……」

 しおりは手芸が大好きで、あずみと一緒に家庭科クラブに入っている。でも、あずみとしおりは明らかに正反対のタイプだ。


 ちなみに麻子は、はるかに誘われて、今年から文芸部に入った。はるかはスポーツ万能なのに、どうして文芸部に入っているのだろう?と訊いてみると、少女小説が好きだし、いじめを経験して、運動するより、心のことに興味を持ったからだというのだ。はるかはしっかりしているなと麻子は思った。自分は本が好きだが、読んでいると楽しくなるから好きなだけだ。


「塾が一緒なんだって」

「どこ?」

「啓森塾よ」

「へえ、東埠頭(ふとう)の方か。湊公園があるし、夜景が最高ね。ロマンチックなデートができるわ~」

 はるかのいい方は、まるで、姉が妹の幸せを祈っているような感じだ。


 しおりは同性から見ても、何だか守ってあげたくなるタイプだ。でも、一部の女子たちから見ると、内気な部分がはがゆく見えるのかも知れなかった。しおりも、中学に入って、はるかたちと出会うまで、いじめに遭っていた。


「いいな。残るは、私たち2人だけね」

 あずみがはるかの肩に手をおいた。

「あら、わたしはいるよ」

「えー、はるか、それ本当?」

 あずみが目を白黒させる。

「どうして、何もいってくれなかったのよ。水くさいじゃない」

 あずみが両腕を組んでぷんとする。

「だって、両想いって訳じゃないし、それに相手が誰なのか分からないし……謎の少年なんだ」

「何それ。どういうこと?」

 あずみが好奇心いっぱいの顔ではるかを見る。はるかは、この3人なら、信頼できると思い、あの想い出を小声で話す。


 話を聞き終えて、あずみがため息を漏らす。

「何か、じーんとくるね。あ~あ、残るは私だけね」

 あずみは頭を垂れて、側に転がっていたバスケットボールをぎゅっと抱え込む。


「わたしだってまだ……」

 麻子が今の自分の状態を考えながら口にした。

「何いってるのよ。麻子には仁川君がいるじゃない」

「真司はそんなんじゃないと思うわ。わたし、からかわれてばかりいるし、好きならもっとやさしくしてくれるんじゃないの」

 麻子は自分でそういいながら、少し悲しくなった。麻子は鈍感だった。


「そういわれればそうね。仁川君は、麻子によく声をかけるけど、麻子のことをどう思っているのかけなしてばっかりよね。それに、理科の実験班では、麻子の隣に座らないし……。小説では、そういうのは、好きな証拠だって書いてあるけど、心が通じ合っていなければ中々できないものよね。普通、大切な人には嫌われないようにやさしくするものね」

 と、はるかがいう。麻子は思わずため息をついた。


「あれ、麻子、もしかして……」

 はるかとあずみがにゃっと笑った。

「白状したら?」


 麻子は、こういうことを例え親友であっても、あっけらかんといえる性格ではなかった。ロンドンの保育園のころ、今よりもっと大人しかったころ、好きな子がいた。恋と呼べるものかどうかは今では分からないが……。


 ある女の子に、

「誰にもいわないから、アサコの好きな子教えて」

 といわれた。無邪気に人を信じていたそのころの幼い麻子は、その女の子に好きな子の名前を教えた。

 その翌日、

“I hate you”(オレ、おまえなんて、きらいだ)

 と、その好きだった男の子から、麻子は面と向かっていわれた。たったひと言だったが、その言葉に、ナイフで心をえぐられたように、麻子はものすごく傷ついて、おもいっきり泣いた。

 それから何年かして、ロンドンから日本へ帰国する時、その女の子から本当のことを聞いた。女の子はすまなさそうにいった。

「マイケル、本当は、アサコのことが好きだったんだって。私はアサコの気持ちを確かめるようにいわれたの。そして、マイケルにアサコの気持ちを伝えたわ。

 でも、マイケルったら、アサコを見るとあがってしまって、逆のことをいっちゃったんだって。

 それか、アサコが泣くものだから、嫌われたと思って、どうしていいのか分からなくなって、何もいえなくなって……。

 でも、このままにしておいたら、いけないと思って……。本当にごめんなさい」

 ジュニアスクールの3年生になっていた麻子は、正直にいってくれたその女の子を許すことができたが、あの時感じた恐怖は、忘れることができなかった。マイケルは、ジュニアスクールに入る前に、アメリカに引っ越して行ったので、今まで忘れていたが……。



「と、友だちよ!、真司とは……」

 麻子は、自分の声が大きくなっていることに気づかなかった。周囲が一斉に麻子を見る。その中に、真司の顔もあった。真司は試合中なのに、動きが止まっている。麻子と目が合った真司は、パッと目をそらす。

 でも、次の瞬間、急に明るくはしゃぎ出して、シュートを見事にキメた。


 い、今の、真司に聞かれちゃったかな……。


 麻子の心は、ザワザワ騒ぎ出した。


 真司は逆転シュートをキメたので、男子生徒たちと騒ぎ合っている。


 分からない……。


「おい、そこの女子、私語を慎めよ」

 体育の中出先生が注意する。


「麻子、何もそんな大きな声でいわなくっても……わたしたちただ……」

 麻子はハッと我に返る。はるかとあずみが途方に暮れたような顔をしている。


「ごめんね。驚かせて……」

 麻子は慌てていった。

「わっ、分かったわ。友だちね、友だち。」

 はるかとあずみは、これ以上、麻子の心に踏み込むのは悪いと思ったのか、それ以上、何も訊かなかった。


 わたしって、何でこんなこともいえないの。あれは、だいぶ昔のことじゃない。それに、今のことを聞いて、真司、どう思ったかしら……。


 麻子は、本当の自分の気持ちをいえなかった自分を責めた。



 

読んでいただき、ありがとうございます。


この「青いガーネットの奇跡」には、麻子と真司が登場するいくつかの作品があります。


①「シャーロック・ホームズ未来からの依頼人」長編(投稿済み)

②「青いガーネット」クリスマス短編(投稿済み)

③「悪魔の足」バレンタイン短編(投稿済み)

④「青いガーネットの奇跡」長編(連載中)

⑤「ドキドキサマーデート」短編(未投稿、順次投稿)

⑥「麻子と真司の物語」ショートショート集(投稿済み)


 と、なります。


こちらの作品ともども、よろしくお願いいたします。






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