第94話 平民の味方
アルトさんと合流した私たちを待っていたのは、護衛のみなさんと、アルトさんの息子さんのアレクさんだった。
アルトさんはアレクさんを軽く紹介してくれた後に、こう言って締めくくった。
「私もそろそろ、息子に後を継がせますので」
そんなこんなで、アレクさんを含めた九人で出発することになった。
それから三日ほど旅を続け、今は中継地点になるセイス村で休憩中だ。
ネリアは寛いでいる一行を軽く見渡すと、謝罪を始めた。
「わたくし一人だけが馬車で楽をしているのが、なんだか、とても心苦しく感じられてしまいます。皆様、本当に申し訳ありません」
それを聞いていた護衛の傭兵さんの一人が、少し笑顔になって問題ないと言ってくれる。
「気にしなくても大丈夫ですぜ。なんたって、我らが平民の味方、ガイン家のお姫様を護衛できるんでさ。傭兵にとって、これほど名誉な仕事はありませんぜ？」
私は、その少し意外な言葉について驚いてしまい、質問をしてみる。
「平民の味方ですか？ ガイン家はそのように呼ばれているのですか？」
先ほどの傭兵さんは大きく頷いて、肯定してくれる。
「もちろんでさ。無一文で移住したとしても領主様がしばらくは面倒を見てくれますし、噂では、孤児や犯罪者にまで慈悲を与えてくださるとか」
私はその慈悲にあたる部分がすぐには思いつかず、聞き返してしまう。
「慈悲ですか……？ もしかして、孤児院や犯罪者のための職業訓練所のことですか？」
先ほどの傭兵さんはウンウンと頷いていて、その通りだと言う。
「その通りでさ」
私は少しだけ頭を振り、それに否定的な意見を述べる。
「あれは、ただの慈善事業ではないのですよ。孤児や犯罪者の多くは、食べるのに困って、やむを得ず犯罪に手を出しているはずです」
私は少し周囲を見渡してから、その意義について語る。
「ですので、孤児院で孤児たちを保護し、一般の領民と同じ程度の教育を施すのは、治安を良くする意味と、そうしておけば、その孤児たちが育った時に税金を納めてくれるようになるからです」
私は最初に話しかけていた傭兵さんに顔を向け、さらに続けて職業訓練所の意義も語る。
「職業訓練所も同じです。常習犯や凶悪犯罪者であれば、終身刑にするか、極刑にするしかありません。しかし、それ以外の食うに困ったものたちであれば、手に職さえあれば、税金を納めてくれるようになりますからね」
しかし、先ほどの傭兵さんは、それでも平民の味方だと主張してくれる。
「それでもでさ。一般的なお貴族様であれば、孤児たちが飢え死にしようが、犯罪者が増えて治安が悪くなろうが、全く気にもしませんぜ」
私はそんな貴族たちの愚かさ加減に呆れてしまい、溜め息を吐く。
「そんなことをすれば税収が落ちてしまうので、結局のところ、自分たちが困るだけでしょうに……。本当、他の貴族たちは愚かですね……」
「まったくでさ。あ、今の発言は、他のお貴族様には内緒にしといてくださいよ？」
行商人の一行が、笑いに包まれた瞬間だった。
私たちの話が一段落したタイミングを見計らって、アレクさんも雑談を始めた。
「そう言えば、ヒデオ様は俺たちのご先祖様と仲が良かったと聞いています。気さくに話しかけてくれるので、俺も助かっています。俺も敬語はあまり得意ではないので」
ここで、それを聞いたシゲルが少し意外そうな顔になって雑談に加わり、質問を開始する。
「そうなのですか？ どのような人だったのです？」
私は少し遠くを見つめ、懐かしい顔を思い出しながら返答する。
「アレンさんという人で、とても会話の愛想がよくて、里の外の世界の話をたくさんしてくれました。里を初めて出た後も、とてもお世話になった人ですね」
確か、私が七歳ぐらいの時に、アレンさんは二十歳を少し超えていたぐらいだった。今の私が九十八歳だから、あれから九十年ぐらい経過していることになる。
だいたい二十歳ぐらいで子供が一人できると計算すれば、七歳の時点でアルスさんが生まれていたはずだから、アルスさんから五代くらいが経過しているのだろう。
私はそのことを本人に伝えてみる。
「私の年齢から計算してみると、アレクさんは、アレンさんの六代目の子孫あたりでしょうか？」
そして、私は続けて、ずっと疑問に思っていたことも尋ねてみる。
「そう言えば、アレクさん。私はずっと不思議だったのですが、あなたたちの一族は、全員『ア』から始まる名前ですよね？ 何か意味があるのですか？」
アレクさんは、快く返答してくれる。
「たいした意味はないんですがね……。何でも、初めてアルク族の里を発見したご先祖様が、そのまま取引を始めるようになって、生まれた子供にアルクにちなんだ名前を付けたのが始まりだそうです。そこから、少なくとも跡取りには『ア』から始まる名前を付けるようになったとか」
そして、アレクさんは、今ではただの一族の伝統のようなものですと言って、この話を締めくくった。
そんな会話を楽しんだ後に私たちは就寝し、翌日、旅を再開した。
