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先祖返りの町作り ~無限の寿命と新文明~  作者: 熊八
第五章 ガインの町

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第69話 印刷技術の開発目標

 エストの結婚式から、一か月ほどが経過した頃。

 私はヒデオ工房の工房長の部屋で、一人、(ひたい)に汗を流しながら作業を続けている。

 エストの奥方(おくがた)になったローズさんは、現在増築工事中の領主館に引っ越していて、夫婦仲良く新婚生活を送っている。

 あれから国王様の許可も下りて、正式にガイン村はガインの町になっていた。同時にエルクも陞爵(しょうしゃく)し、中級貴族になっている。

 町の規模からすると領主館はかなり小さくなっていたし、家族が増えた事も加味して、(やかた)を増築している。

 町の拡大と共に領主のエルクの仕事も増加していったため、私とエストが領主の業務を一部代行している。

 また、今後を見据(みす)え、町の運営を(にな)官僚(かんりょう)を新しく雇う事も、(すで)にエルクは決定している。

 通常であれば、官僚(かんりょう)名誉(めいよ)貴族(きぞく)を雇うものなのだが、我が家はそろって貴族嫌いであるため、平民から募集して教育する事が決まっている。

 ここでも、爵位(しゃくい)()げない貴族の次男(じなん)以下の子弟たちが就職先として自分を売り込みに来る事もあったのだが、エルクは全ての貴族をすげなく追い返している。

 そして、私は、領主代行の業務の合間(あいま)にガインの町をさらに発展させるための方策を考えている。

 一人で考え事をする時に最近良く使うようになっていたヒデオ工房の工房長の部屋で、さらなる発展のための思索(しさく)を続ける。

「そろそろ(ころ)()いだと思います。もう少し高度な数学を教える事にしましょう」

 私は近頃すっかりと習慣になってしまっている、独り言を(つぶや)きながら思考をまとめていく。

「やはり、きちんとした教科書をもっと楽に量産したいですね。そのためには、『印刷』技術しかありません」

 この国には印刷技術がないため、本は全て手書きの写本(しゃほん)になる。そのため、教科書を用意しようとすると、かなりの時間と手間がかかってしまう。

「ここは、一気に『活版(かっぱん)印刷(いんさつ)』を開発してしまいましょう」

 印刷技術には、木の板を削りだして(もく)版画(はんが)のようにして印刷する木版(もくはん)印刷(いんさつ)や、厚紙(あつがみ)などに穴を開けて上からインクを()って印刷する孔版(こうはん)印刷(いんさつ)などがあるが、ルネッサンスの大発明として知られる活版(かっぱん)印刷(いんさつ)を採用する事にする。

「『活版(かっぱん)印刷(いんさつ)』であれば、『印刷機』をどうするかですね。さすがに、グーテンベルクが作ったとされる圧搾機(あっさくき)を改造した『印刷機』は構造を知りません。短時間での開発は無理ですね」

 活版(かっぱん)印刷(いんさつ)の簡単な手順は、以下のようなものである。

 まず、金属でできた金属(きんぞく)活字(かつじ)と呼ばれる一文字のハンコのようなものを多数用意し、それらを組み合わせて一ページを印刷するための組版(くみはん)と呼ばれるものを作る。

 その組版(くみはん)を木の(わく)にはめ込み、固定した後に、粘度(ねんど)の高いインクを()りつけ、上から紙を乗せ、そのさらに上から台を押さえつけて圧力を加え、印刷するというものだ。

「ここは、妥協(だきょう)して、(もく)版画(はんが)要領(ようりょう)で『印刷』しますか」

 ちゃんとした印刷機があれば、バンバンと機械を叩きつければ次々に印刷ができるのだが、構造が分からないので今後の課題とする。

 普通にローラーを使ってインクを()り、馬連(ばれん)を使って(もく)版画(はんが)と同様の手順で印刷する事を決定する。

 私の金属加工の技術を使えば、金属(きんぞく)活字(かつじ)の形に加工はできるだろう。

 ただ、活版(かっぱん)印刷(いんさつ)には、この金属(きんぞく)活字(かつじ)が大量に必要になってくるため、私の作ったものを原盤(げんばん)として鍛冶屋(かじや)に発注し、鋳造(ちゅうぞう)で量産する事を決定する。

 グーテンベルクの印刷機のように、上から叩きつける印刷機を使うのであれば、かなり正確に金属(きんぞく)活字(かつじ)の高さを(そろ)えないと印刷時に紙が破損(はそん)する恐れがある。

 しかし、(もく)版画(はんが)のようにするのであれば、そこまでの精度は必要ないだろう。

「図形の証明のような『幾何学(きかがく)』も教える事を考えると、『活版(かっぱん)印刷(いんさつ)』だけではダメですね。ここは、『ガリ版印刷』も開発してしまいましょう」

 ガリ版印刷の簡単な手順は、以下のようなものだ。

 まず、後ろが()けるほどの(うす)い紙を用意し、それを(ろう)で補強したロウ原紙と呼ばれるものを作る。

 次に、先端を丸めた鉄製の針を取り付けた鉄筆(てっぴつ)と呼ばれる道具と、(あみ)の目状の細かい凹凸(おうとつ)を付けた謄写版(とうしゃばん)という道具を用意する。

 この謄写版(とうしゃばん)の通称がガリ版になる。

 そして、印刷したいものの上にロウ原紙を()かし、文字や図形などを書き写す。

 そして、このロウ原紙をガリ版に乗せ、黒く印刷したい部分を鉄筆(てっぴつ)でなぞってガリ版に押し付け、小さな穴を連続して開ける。

 この作業は、原紙を切る、あるいは、ガリを切るとかガリ切りをすると呼ばれる。この時の作業でガリガリという音がするため、これがガリ版印刷の名前の由来(ゆらい)になっているのではないだろうか。

 五十代から上の年齢であれば、学校でもやっていた作業になるため、覚えている人もおられるのかもしれない。

 最後に、この多数の穴を開けたロウ原紙の上からインクを()って印刷する。

 少し高度な、一種の孔版(こうはん)印刷(いんさつ)である。

 漢字文化の日本では全種類の金属(きんぞく)活字(かつじ)を用意する事が難しかったため、(さか)んに利用されていた時期のある印刷技術である。

「『ロウ原紙』のための(うす)い紙は、今のワシ工房でもおそらく作れるでしょう。ただ、『ロウ原紙』を作るための道具の開発が必要ですね」

 ロウ原紙を作るためには、(うす)い紙に(ろう)を均一に(うす)()る必要がある。

 凹凸(おうとつ)があったり(ろう)分厚(ぶあつ)かったりすると、ガリ切りが正確にできなかったり細かく開けた穴が印刷時に簡単に(ふさ)がってしまったりするためである。

 クッキングシートとアイロンがあればそれらで手作りできると、とあるラノベで読んだような気もするのだが、シリコン製のクッキングシートを開発するよりはマシと、専用の道具を開発する事にする。

 二つのローラーに溶かした(ろう)()り、その間に紙を(はさ)んで(ろう)(うす)()る道具の開発を決定する。

「『ロウ原紙』を作るための(ろう)も開発しないといけませんね」

 ロウ原紙はとても細かい穴を多数開ける必要があるため、簡単に罅割(ひびわ)れが入らないような、(ねば)りのある(ろう)で原紙を補強しなければならない。

「ただ、(さいわ)いにも、『冷蔵庫』開発のために様々な樹脂(じゅし)(すで)に入手していますから、少し頑張(がんば)れば開発できるでしょう」

 ロウ原紙を作るための(ろう)は、(ろう)松脂(まつやに)などを混ぜて作る。

 ゴムの代用品開発のために樹脂(じゅし)は豊富な種類がこの工房にあるので、そのまま開発してしまう事にする。

「インクも開発してしまいましょう」

 この国にもインクはあるが、それなりに高い。

 成分を分析したわけではないが、やや青みがかった色が黒く変色していく過程などを観察した結果、おそらくは古典インクとも呼ばれる没食子(もっしょくし)インクが使用されていると思われる。

 没食子(もっしょくし)インクは(はっ)水性(すいせい)に優れるため、水分をはじきやすい羊皮紙(ようひし)にも書きやすいという利点がある。

 その反面、鉄塩(てつえん)やタンニン酸などの原料が必要になってくるため、比較的高価になりやすいという欠点もある。

 そこで、印刷用の粘度(ねんど)の高いインクを用意するためにも、(すす)乾性油(かんせいゆ)をこねて作るインクの開発も(あわ)せて行う事にする。

 ちなみに、乾性油(かんせいゆ)とは時間が()つと乾燥する油の事であり、インク作りに向いている。これと対をなす油を非乾性油(ひかんせいゆ)といい、油紙(あぶらがみ)などに使用される。

「ただ、インクのための(すす)を量産するための炭焼き(がま)も、同時に開発してしまわないといけませんね……」

 日本には、伝統的な固形(こけい)(ぼく)を作るための(すす)を量産する専用の炭焼き(がま)がある。

 (すす)を作るためには油の乗った松などを不完全(ふかんぜん)燃焼(ねんしょう)させる必要があるため、障子(しょうじ)で囲った部屋が必要なはずという、ざっくりとした構造しか覚えておらず、難航(なんこう)が予想される。

「ちょっと、開発目標を欲張(よくば)りすぎですね。まずは、インクと『活版(かっぱん)印刷(いんさつ)』技術の開発から始めましょう」

 そして、現在、(かまど)を利用している民家に(たの)んで集めてもらった(すす)と植物油を混ぜながら、印刷用のインクの試作品を作っている。

「かなりの力仕事になると本に書いてありましたが、私の体力では、ちょっと研究が大変そうです」

 私は(ひたい)の汗をぬぐい、だるくなってしまった(うで)を振る。

 私の今世の体は、それなりに体力も筋力もあると自負(じふ)している。しかし、エルクやエストのような、前衛(ぜんえい)を張れるほどのものでもない。

「これは、(すす)と油を混ぜるための魔道具の開発から進める事にしましょう」

 モーターの魔道具があるので、混ぜる魔道具は作れるだろう。

 この時、ゴムベラのようなものも開発しないといけないが、(さいわ)い、ゴムの代用品は冷蔵庫開発で研究している。

 完全なゴムベラでなくても、鉄製や木製のヘラの周囲だけゴムの代用品で(おお)えばいいだろう。

「なんだか、開発しないといけないものが、どんどんと増えていってしまっています。少しずつ、一歩ずつ進めていきましょう」

 私は決意を固め、地道な研究を続けていく。


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― 新着の感想 ―
ガリ版印刷ですが、ボールペンで強い筆圧で書けば良いだけになっていましたね。(五十後半)
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