表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
先祖返りの町作り ~無限の寿命と新文明~  作者: 熊八
第一章 幼少時代

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/157

第17話 旅立ち

 少し前に私の成人の儀式がつつがなく終わり、今は出発の日を待っている。

 前回のアレンさんの訪問時に、私は以下のようにお願いしていた。

「次はこの里を出ますので、王国までの同行をお願いします」

 この里には、干し肉等の保存食がない。年間を通して温暖なこの里では、森の(めぐ)みがいつでも手に入る。そのため、必要以上に食料を確保して保存しておくという意識がないためだ。

 自由国境地帯を突っ切る街道の近くには森があり、狩りや採取をすれば食料は手に入るらしい。だが、食料を調達しながら移動するのでは時間がかかりすぎるため、ある程度の携帯食料が必要になるそうだ。

 私には前世を含めて野営の経験がないため、私の自作の魔石を二つ前金(まえきん)として渡していて、そのあたりの準備をお(まか)せしている。

 それからしばらくたって、予定通りにアレンさんがやって来た。

 アレンさんは四十代半ばになっていて、そろそろ(せがれ)に後を継がせるからと、ここ数年で顔なじみになった、息子さんのアルスさんと一緒に来ていた。

 少しぶっきらぼうな話し方をするアレンさんとは違い、アルスさんは丁寧(ていねい)物腰(ものごし)の紳士だ。

 そして翌日。今は市が開かれている時間だ。

 最初はいつものように見学していたのだが、だんだんと何かが胸にせりあがってきた。

(この風景を(なが)めるのも、これで最後ですか……)

 そう思ってしまうと涙が(こぼ)れ落ちてしまいそうになったので、(あわ)てて自分の小屋(こや)に戻って引きこもっている。

(今ならまだ間に合います。引き返すべきです)

 そのような心の叫びを無理やり無視して、眠れぬ長い夜を過ごした。

 やけに長く感じた夜だったが、それでも時は万人(ばんにん)に平等に過ぎ去っていく。

 朝食を取る気にもならず、じっとしていると、アレンさんが呼びに来てくれた。

「そろそろ出発だぞー。行くにしろ、行かないにしろ、覚悟は決まったか?」

(ああ、ついにこの時が来てしまいましたか。もう答えは、とっくに決めています)

 身の回りの品を入れた袋の(かた)(ひも)(かつ)ぎ、最近はすっかりとご無沙汰(ぶさた)だった弓を手に持ち、ゆっくりと歩き出す。

 姿を(あらわ)した私を見たアレンさんは、まるで(はげ)ますかのように、笑顔でこう言ってくれた。

「その荷物からすると、行く事に決めたんだな。絶好の旅立ち日和(びより)じゃねぇか。そんなに死にそうなツラすんなよ」

 私の心情を(おもんばか)ってくれたのだろう。(つと)めて明るい雰囲気(ふんいき)で接してくれるアレンさんに感謝しながら、二人で連れ立って荷車(にぐるま)まで歩いた。

 そこには、里のみんなが勢ぞろいしていた。見送りに来てくれたようだ。

 みんな泣いているが、誰一人、止めるような言葉はかけてこない。

(ああ、この里のみんなは、これだから)

 あったかすぎて、決意が(にぶ)ってしまいそうだ。

 そんなみんなを代表しているのだろう、祭司長が一歩前に出て、優しい顔と声で語り始めた。

「今じゃから言うが、外のものたちから見ると、わしらの魔力は強大じゃ。そして、先祖返りはさらに強大な力を持つ。しかし、おぬしは、わしから見てももっと強大じゃ。おそらく、外のものたちから見ると、もはやバケモノじゃろうな。いくら好きな事とは(もう)せ、鍛えすぎじゃ、この(おろ)かもの」

 少し微笑(ほほえ)みながらそう語る祭司長を見ながら、私は決意を固め、(だま)って聞く。

(この言葉を、生涯(しょうがい)忘れません)

 涙を気合(きあい)我慢(がまん)しようと考えていたが、意味はなかった。

 すぐに目から熱い(しずく)(こぼ)れ落ち、次から次へと(あふ)れ出す。

「強大すぎる力を持つものは、おそらく恐怖の対象になる。もしかすると、排斥(はいせき)され、殺されるやもしれん。いくらおぬしが強いと言うても、四方(しほう)八方(はっぽう)から数で押されれば、負けるじゃろう?」

 そしてそのまま、祭司長は外で暮らしていく上での、大切な心構(こころがま)えを教えてくれる。

「外で暮らしたかったら、可能な限り力を隠せ。できるだけ無害な存在である事を(しめ)せ。よいな?」

 今までで一番優しい、よいな? に、さらに涙が(あふ)れてきて、(だま)って(うなず)く。今は声が出ないので、それしかできない。

 それを見た祭司長は、とても優しい微笑(ほほえ)みを浮かべながら、こう言ってくれた。

「おうおう、幼子(おさなご)のように。しかし、そこまで里を思ってくれておるのなら、こうしたらどうじゃ? どうせ、行先(ゆくさき)を決めておらぬ旅じゃろう? 五年に一度ほどで良い。里に帰って、外の土産話(みやげばなし)をしておくれ」

(そうか。そうですよね)

 私は何を勘違(かんちが)いしていたのだろうか。これが今生(こんじょう)の別れではない。決してない。

(さび)しくなったら、無理せず、里帰りすればいいだけじゃないですか)

 ようやく涙が止まった私は、(そで)(ぐち)でゴシゴシとそれを拭きとり、できる限りの笑顔(えがお)で出発の挨拶(あいさつ)をする。

 この挨拶(あいさつ)だけは、笑顔で行いたい。だから、涙の(あと)は必要ない。

「祭司長様、みなさん。今まで長い間、本当にお世話(せわ)になりました!」

 深く(こし)を折り、そして外の世界へ向けて出発する。

 何度も振り返り、手を振りながら移動する。

(そうです。もう前だけを見つめるのはやめです。私はいつでも、後ろを振り返ってもいいのです。この大切な故郷には、いつでも逃げて帰ってこられるのですから)


 さあ、冒険の始まりだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ