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先祖返りの町作り ~無限の寿命と新文明~  作者: 熊八
第六章 初代様

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第105話 帰還の日

 それから一週間の後。もう(すで)帰還(きかん)の予定日は()ぎてしまっていた。

 クリスさんや島の里のみんなに、何度も引き()められていたためである。

「さすがに、連絡(れんらく)もせずにこれ以上帰るのを(おく)らせてしまいますと、家族が心配しますので」

 私はそのように()り返し、帰還(きかん)する(むね)を説明した。

 この里の魚料理はとても美味(おい)しく、私も後ろ髪を引かれる思いではある。だが、なんとか帰ることを決意した。

 私をエルベ村まで送り届けるための小舟の(そば)で、クリスさんは何かを決意したような表情になり、ゆっくりと語り始めた。

「ヒデオ様、私を妻に(めと)ってください。ここで、私とずっと二人で楽しく()らしましょう」

 そんな彼女の提案(ていあん)に対し、私はどうなのだろうかと、少し考えを(めぐ)らせてみる。

(女性からプロポーズさせてしまうのは、これで二度目になりますね。私は本当に意気地(いくじ)なしです。そんな私をここまで愛してもらえるのです。ここは、クリスさんの思いに(こた)えるのがいいでしょうね)

 そのように考えていたはずなのに、私の口から出た言葉は、なぜか結論(けつろん)の先送りになっていた。

「とても(うれ)しいです、クリスさん。ですが、私にはまだ、王国でやるべき仕事が残っているのです」

 私はなぜこんなことを(しゃべ)っているのだろうかと、心の中で首を(かし)げていると、クリスさんが(するど)くその内容について質問してくる。

「私と楽しく()らしていくこと以上にやらなくてはならないこととは、いったい何でしょうか?」

 彼女は真っすぐに私の(ひとみ)を見つめていて、納得(なっとく)いかなければ返さないと言わんばかりの真剣な顔つきで問いただしてきた。

(これは、真剣にお答えしなければならないでしょうね……)

 そのように考え、私も真剣な顔つきになって、やるべきことを語り聞かせる。

「私の領地や王国を、この里や私の里のように、みんなで仲良く()らしていける場所にしたいのです。ですので、まだ楽隠居(らくいんきょ)はできないのです。魅力的(みりょくてき)提案(ていあん)であることは確かなのですが……」

 クリスさんは真っすぐな(ひとみ)で私をみつめたまま、さらに問いただす。

「それができれば確かに素晴(すば)らしいでしょう。ですが、欲深(よくぶか)いヒム族の国で、そのようなことが可能だと本気で思っているのですか?」

 私も彼女を真っすぐと見つめ返し、真剣に返答する。

「我らアルク族の里と全く同じというわけには、もちろんいかないでしょう。ですが、(えら)そうに威張(いば)()らしているだけの、貴族や王がいない国にはできるのです」

 そして、一息(ひといき)ついてから、今まで誰にも語ったことのなかった私の野望(やぼう)についての説明を始める。

「平民だけで国家を運営(うんえい)する制度を『共和(きょうわ)』制と言い、そのような制度を採用(さいよう)した国を『共和(きょうわ)』国と言います。平民たちが自分自身で(おさ)める国を作ってみたいのです」

 クリスさんの様子(ようす)(うかが)ってみると、真面目(まじめ)な顔で聞き入ってくれているようだ。私はさらに続けてその手段についても説明を加える。

「ただ、そのためには、平民に国を動かせるだけの知識(ちしき)が必要になってきますので、平民全員に、ある程度(ていど)の学力が必要になります。ですから、今は下準備(したじゅんび)として学校を建設(けんせつ)していて、平民たちにできるだけ広く学問を教えている段階(だんかい)です」

 説明を終えた私とクリスさんは、しばらくじっと見つめあっていた。その後、クリスさんはくしゃっと顔を(ゆが)ませ、涙を流しながら了承(りょうしょう)してくれた。

「ヒデオ様には()()げたい夢があり、そのための具体的(ぐたいてき)な方法まで考えておられるのですね……」

 私がそのまま(だま)って見つめていると、彼女は顔を()せ、涙声(なみだごえ)でゆっくりと続きを語った。

「私は、()れた殿方(とのがた)の夢を(つぶ)すような自分勝手(じぶんかって)な女にだけは、なりたくありません……」

 そう言って泣き(くず)れているクリスさんの姿が、私にはとても(いと)おしく見えて来て、ある約束(やくそく)を結ぶことを決めた。

「クリスさん、私の夢は、すぐには実現(じつげん)できないものです。ですので、私は一つ、あなたに約束(やくそく)をします。毎年(まいとし)は無理でしょうが、数年に一度はこの里を(おとず)れ、あなたに必ず会いに来ると約束(やくそく)します」

 私がそう言うと、やっと涙の止まった彼女は(いきお)いよく顔を上げ、確認(かくにん)を取り始めた。

「本当ですね! 確かに約束(やくそく)しましたからね! もう、反古(ほご)にはできませんよ!?」

 元気になったクリスさんを見て私も笑顔(えがお)になって大きく(うなず)き、肯定(こうてい)する。

「ええ、もちろんです。そうですね、では、これも約束(やくそく)しておきましょう」

 私は彼女の(ひとみ)を再び見つめなおし、(あら)たな約束(やくそく)を追加する。

「この里の魚貝類(ぎょかいるい)のスープはとても美味(おい)しいのですが、私の領地の(とく)産品(さんひん)である、ミソという調味料(ちょうみりょう)があればさらに美味(おい)しくなります。ですので、ミソとその材料であるダイズを、今度来るときには持って来ます。魚のアラで出汁(だし)を取ったミソシルというスープを一緒(いっしょ)に食べましょう」

 ここまで語った私は、視界(しかい)(はし)に海を(とら)え、あることも思い出す。

「この里には海水から作る塩もあります。その過程(かてい)でニガリという水が得られますので、トウフという、ミソシルにとても良く合う具材(ぐざい)も作れますね」

 私がそう言うと、笑顔(えがお)になってくれた彼女は、さらに確認(かくにん)を取る。

「では、次回のご来訪(らいほう)(さい)には、今回よりも長く滞在(たいざい)していただけるのでしょうか?」

 私も笑顔で大きく(うなず)きを返し、肯定(こうてい)する。

「ええ……。ダイズの栽培(さいばい)方法(ほうほう)や、ミソの作り方、トウフの作り方を伝授(でんじゅ)しますので、それなりに長期(ちょうき)滞在(たいざい)になるでしょう」

 その後、しばらく二人で分かれの名残(なごり)()しんでから、私は小舟へと乗り込んだ。

 出発する直前になると、クリスさんの小さな(ひと)(ごと)が聞こえてしまった。

「夫の夢を応援(おうえん)し、帰りをひたすら待ち続ける新妻(にいづま)というポジションも、なかなか悪くないですね……」

 なんだか、クリスさんがまた夢の世界の住人になってしまいそうなセリフを聞いてしまったのだが、聞こえなかったふりをして、手を大きく()りながら島を離れた。


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