表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
先祖返りの町作り ~無限の寿命と新文明~  作者: 熊八
第六章 初代様
101/133

第101話 クリスの横顔

 私の名前はクリス。

 島アルクの里で祭司長をしている先祖返りの女性です。

 私たちのご先祖様は神話の時代に神々と一緒(いっしょ)()らしていて、そこで様々な知恵(ちえ)(さず)けられたと言われています。

 その代表的なものが魔法ですが、それ以外にも、火を用いた文化的な()らしの方法も(さず)けられたそうです。

 そんなご先祖様たちと同じ姿(すがた)で生まれてきた先祖返りは、神々と人との仲立(なかだ)ちをする存在だと考えられていまして、とても大切に育てられます。

 私も里のみんなから(うやま)われています。

 それはいいのです。いいのですが……。

 私だって一人の女です。素敵(すてき)殿方(とのがた)の元へと(とつ)いで、そのお方の子供を産み育てたい。

 そう思ってしまうのは、ダメなことなのでしょうか?

 しかし、里のみんなは、私のことを(うやま)ってはくれても、恋愛(れんあい)対象(たいしょう)としては見てくれません。

 名前ですら()んでもらえず、祭司長様と、少し距離感(きょりかん)のある()ばれ方をしてしまいます。

 ですが、それも今日までです。

 私は、今日、運命の出会いを()たしました。

 今日はいつもと変わらぬ日常として始まりました。この世に生を受けてから三百年以上変わらぬ日常です。

 私はその時、昼食(ちゅうしょく)は何にしようかしらと、大して広くもない小屋(こや)の中で考えながら台所(だいどころ)へと向かい(はじ)めていました。

 そんな時にロクスから()ばれたのです。

「とても(めずら)しいお客人(きゃくじん)をお()れしました」

 こんな辺鄙(へんぴ)な島を(たず)ねてくるだけでも(めずら)しいのに、わざわざ(めずら)しい客人(きゃくじん)と強調するなんて、どんなお客様でしょうか?

 私はそんなことを考えながら歩き(はじ)めた向きを変え、玄関(げんかん)へと()を進めます。

 そこで見たのは、私と同じ先祖返りの男性でした。

 私を見た瞬間(しゅんかん)、その殿方(とのがた)の目が大きく見開(みひら)かれ、とても(おどろ)いた顔になって凝視(ぎょうし)されてしまいます。

 ロクスの紹介(しょうかい)によると、このお方は、森の同胞(どうほう)の祭司様だそうです。ですが、私はその説明をほとんど聞いていませんでした。

 だって、仕方(しかた)がないでしょう?

 こんなにも熱のこもった目で見つめられるだなんて、生まれて初めての経験(けいけん)だったのですから。

 そうよ。そうそう。こういう目で見られたかったのよ。

 祭司長なんていう(えら)そうな立場ではなく、ただただ、一人の女性として見て欲しかったのよ。

 でも、こういう視線(しせん)()れていないからかしら?

 なんだか、とても、とっても()ずかしい……。

 私は思わず(ひだり)(ほほ)に手を()えて、(うつむ)いてしまいます。

 たぶん、顔も赤くなっているという自覚(じかく)がありますが、どうしたらいいのかも分かりません。

 そんな、心地(ここち)よいけれども気恥(きは)ずかしい気分のまま、何かを返答したはずなのですが、自分でも何を口走(くちばし)っているのかよく分かりません。

「これはすいません、島の祭司長様。あまりの美しさに、思わず見とれてしまっていました」

 その後も何か森の祭司様は(おっしゃ)っていたようですが、私の耳には(とど)いていませんでした。

 だって、そうでしょう?

 そうやって、少しどもりがちになりながら(しゃべ)っておられる様子(ようす)を下から(あお)ぎ見てみますと、(うつむ)き加減で顔を真っ赤にしておられるのですもの。

 ああっ……! そうよ、こういう人とずっと出会いたかったのよ!

 私を一人の女性として見てくれて、その上、熱のこもった視線(しせん)も向けてくれる。

 こんな出会いを、ずっと、ずうっと待っていた。待ち(のぞ)んでいたのよっ!!

 でも、私のことを美しいと言い切ってくださったのはとても(うれ)しいのですけど、あまりにも()ずかしすぎて、もう私は青息吐息(あおいきといき)で死にそうです。

 思わず両手でがっしりと(ほお)を押さえてしまって、さらに(うつむ)いてしまいます。

 もう、私の顔はすっかりと()で上がってしまって、真っ赤に()まってしまっているでしょう。

 その後、何かを返答したはずなのですが、夢見(ゆめみ)心地(ここち)になってしまった私は、いったい何を口走(くちばし)っていたのでしょうか?

 かなり心配(しんぱい)になってきましたので、後で里のみんなに問題がなかったか、聞いてみなければなりませんね。

 私は生まれて初めてのポワポワした気持ちになりながら、森の祭司様との会話を楽しんでおりますと、ちょっと聞き()てならない言葉が耳に入ってきました。

「私は王国に()んでいる時間が長くなってしまったためなのか、王国の価値観(かちかん)にかなり()まっているようです」

 なるほど。王国では、島や森の一族の顔は、とても珍重(ちんちょう)されて美しがられるという話を聞いたことがあります。

 だから、私の顔も美しいと言ってくださるのでしょう。それはとても(うれ)しいのです。(うれ)しいのですが……。

 と、いうことはですよ?

 王国にずっと()んでおられるという森の祭司様も、王国では美しい顔をしていると思われているはずです。

 なんということでしょう!

 で、あれば、このお方にも恋人がおられるかもしれません。

 まだ、恋人であればいいでしょう。その時は、(うば)い取ってしまえばいいのですから。

 ですが、もう(すで)に、奥様がおられる可能性も……。

 そのように考えてしまうと、私はとても不安に()られてしまいまして、森の祭司様に問いかけていました。

 王国ではモテるのですか? と。

 そうすると、森の祭司様は微笑(ほほえ)みを返してくだされて、こう、(おっしゃ)いました。

寿命(じゅみょう)(ちが)いすぎることをみんな理解してしまったのか、全くモテなくなりましたね」

 その返答にすっかりと安心してしまいまして、()めていた(いき)()き出していました。

 その後、森の祭司様は思いもよらなかったことをお聞きになられ、私がずっと(ねが)ってやまなかったことを(かな)えてくださいました。

「もしよろしければ、名前で()ばせていただく許可(きょか)をもらいたいのです」

 ああ……。ああっ!!

 そうよ。そうなのよっ!!

 祭司長様なんて他人行儀(たにんぎょうぎ)(やく)職名(しょくめい)()ばれるのではなく、ずっと名前で()んで欲しかったのよ!!

 それも、私のことを熱い視線(しせん)で見つめてくださる殿方(とのがた)から、ただの女として名前で()んでもらえるだなんて、今日はなんて素晴(すば)らしい日なのでしょう!

 これは、この出会いを(みちび)いてくださった風の神様に、後で感謝(かんしゃ)(いの)りを(ささ)げなくてはなりませんね。

 私は顔が(ほころ)んでいくことを強く()(かく)しながらも、それを止めることもできず、さらに聞いてみました。

 森の祭司様をお名前でお()びしてもよろしいですか? と。

 そうすると、森の祭司様は、笑顔(えがお)になって(こころよ)了承(りょうしょう)してくださいました。

「ええ、もちろんです、クリスさん。私の名前はヒデオといいます」

 ああっ!! もう何度、感嘆(かんたん)してしまっているのでしょうか?

 今日は人生(じんせい)最良(さいりょう)の日です。

 これは、後で全ての神々に感謝(かんしゃ)(いの)りを(ささ)げなくてはなりませんね。

 ただの女と男として、名前で()び合えるお相手(あいて)(めぐ)()えるだなんて、思ってもいませんでした。

 これは、なんとしてでも、ヒデオ様の(つま)()射止(いと)めなくてはなりません。

 そして、これから死ぬまで、ずっと名前で()んでもらうのです。

 ええ、ええ。

 私は万難(ばんなん)(はい)して(つま)になりますとも。

 たとえ世界一の美女が立ちはだかったとしても、このヒデオ様とのご(えん)を、絶対に死守(ししゅ)して見せます!!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ