傲慢令嬢と無自覚王子は初恋を拗らせる
それは突然。
あるお茶会での出来事であった。
「ちょっと。何なのさっきから。ジロジロと見てくるなんて失礼ね。私に何か着いていて?御自分のお顔の方を鏡でよく見た方がよろしくてよ。」
一際ハッキリと言うその声に周囲がざわつき、あの子は誰だと囁き出すので見てみると、なんと自分の婚約者であるローズマリーがそこにいた。
普段のお淑やかな彼女ならそんなことを言うはずもなかったので、突然の出来事に驚き戸惑うが兎に角、その場を終熄させるために彼女の元へと歩いて行く。
「どうしたんだい。ローズマリー。そんなに大きな声を出すなんて珍しいじゃないか。」
「で、殿下っ!」
自分の登場にローズマリーに咎められていた令嬢が驚いて声をあげる。僕はその場の者たちに向き直り声をかけた。
「私の婚約者が驚かせたみたいだね。君も少し休憩してくるといいよ。」
近くにいた使用人に彼女を休憩室へと案内するよう伝え、ローズマリーの手を引いてその場を辞す。
落ち着いて話せそうな場所まで行き、振り返って彼女の顔を見ると、驚いたことにいつもなら見ないような眉間に皺を寄せて怒った顔をしていた。
「どうしたんだい?何か嫌なことでもあった?」
優しく問いかけるが、彼女の顔は晴れない。
それどころか自分を突き放してくるようなことを言ってくる。
「殿下には関係の無いことですわ。」
こんな彼女は初めてでどうしたものかと思っているうちに彼女はさっさとお茶会へと戻っていく。僕はとりあえず彼女の後ろを着いて行くしかなかった。
また別の日、彼女の屋敷でお茶をしていた時に、使用人が入れてくれたお茶を一口飲むや否やカップごと投げ捨てこう言うのである。
「こんな微温いお茶を殿下に飲ませる気?あなたもういいわ。別の人に入れ替えてもらって。申し訳ありません殿下。しばしお待ちください。」
そう言い、お茶を入れ替えさせたのである。
彼女はいつも使用人を大切にしていたのでこの行動の意味が理解できず、何か不具合があったのか尋ねるも
「殿下には関係の無いことですわ。」
と、言われるのである。
それから度々同じようなことが起こった。
原因はわからないがいつも彼女から他者に暴言を吐くのだ。その度にフォローに回り、彼女に何があったのかを尋ねるが決まって「殿下には関係の無いことですわ。」と言われて話してくれることはない。
そんなことが続けば、社交界で傲慢な令嬢だと噂され、忌避されるのは時間の問題であった。
それから彼女は元の彼女に戻ることなく。傲慢な令嬢として成長する。
気づけば彼女が変わってから5年もの月日が流れていた。周囲はもう昔の彼女の面影を見ることはなくなり、我が儘で傲慢な令嬢として彼女を認識するようになった。
僕も僕でそんな彼女に慣れ、変わらずフォローして回る日々に何とも思わなくてなっていた。
婚約の取り止めの話も出たが、何となく了承する気になれず、ずるずるとそんな関係が続いた。
そして僕達は王都学園へと、入学する歳となっていた。
学園でも変わらず彼女は周囲に罵声を浴びせ続けていた。僕も僕でそんな彼女を義務的にフォローすることが日課になっていた。
もう彼女にどうして?など思うことも無くなった。
学年が上がると、一人の平民の女の子、サラが特待生として転入してきた。初めは値踏みされるように遠巻きにされていたが彼女が特待生として申し分ないほど成績優秀で、彼女の才覚や平民特有の独特な考え方、そして何より他者を惹きつける明るさで周囲と打ち解けていった。そして僕と共に生徒会へ加入することになると、その人気ぶりは拍車をかけて高まっていく。
僕は僕で生徒会へ加入したことにより、以前よりも彼女と共にいることが難しくなり、いつものようにフォローする回数が減ってきた。そうなってくると彼女の悪評はますます広まり、生徒会でも問題であると言われる始末。
「はぁ…」
誰もいないと思って吐いたため息だったが生憎のことに、サラがいたようで心配そうに声を掛けてくる。
「大丈夫ですか?あまり抱え込まないでくださいね。」
「あぁ。ありがとう。」
「それにしても殿下も大変ですね。婚約者様ももう少し殿下の優しさに気づいて自重してくださればいいのに。」
「そうだね。このままだと彼女自身が困るだろうに。」
「殿下は優しいんですね。困っているのは殿下の方なのに。」
「私はもう慣れているからね。」
そんな会話をした翌日、事件は起こる。
その日は何やらいつも以上に食堂が騒がしかったので何事かと覗いてみると、サラと生徒会メンバーの数人が座っているローズマリーと論争を繰り広げているではないか。事の発端を周囲にいる人に聞いてみると、どうやらサラが僕のためにローズマリーに注意をしたことから始まったそうだ。
「聞いていますか?!もうこんなことはやめてください!嫌な思いをしている人がいっぱいいるんです!それに巻き込まれる殿下が可哀想だと言っているんです!」
サラの言葉にそうだそうだと同調する周りの男達。その空気は有無を言わせまいとしているような圧力さえ感じる。
しかし、ローズマリーはそんな場面でも堂々としていた。
「それで?私も何度も尋ねておりますが、私の行動が貴方方に何か迷惑でもかけて?」
「め、迷惑です!殿下はただでさえお忙しい方なのに、あなたの尻拭いまでする羽目になって、最近は特にお疲れなんですよ!」
「あら、私は一度も殿下に頼んではいませんわ。」
「なっ!!酷いっ!殿下の優しさを無碍にするなんて!」
喧々と言うサラの声を遠くで聞きながら、ローズマリーの言葉に確かに、と頷く自分もいる。
ローズマリーは一度だって僕を頼っていないし、むしろ関係ないと避けていた。
なるほど。自分はローズマリーにとっては用無しなのか。
幼い日の淡い恋心が今になってひび割れていく。
その日はいつも通りの表情でその場を納めて解散することとなった。
ローズマリーとサラの一件があってから、何となくローズマリーの側にいるのが気まずく感じて、ただただ生徒会の仕事と王族の執務に明け暮れた。
サラは変わらず僕を心配し、いつも以上に気を遣ってか側にいることが多くなった。
そうは言ってもサラだけではなく、他のメンバーも一緒にいるのだが、気付けば必ず隣にいるのだ。
そのせいなのかサラは度々ローズマリーに暴言を吐かれているようで僕に訴えるようになった。
ローズマリーに詳しく話を聞くと「事実ですわ」と言う始末。
それをみてか周囲は生徒会メンバー唯一の女性であるサラを担ぎ上げるように僕とくっつけようとするのである。
僕とサラの噂は瞬く間に広がっていく。
季節は過ぎ、一つ上の先輩方の卒業パーティーが間近に迫っており、生徒会は主催となるため多忙を極めていた。
僕は忙しさの合間をぬって、今では義務として、彼女へと贈るためのドレスの準備もしていた。
そんな折、サラが僕に言うのである。
「せっかくの卒業パーティーなのにドレスなんて持っていないわ。」
と。確かに平民の彼女にはこの日のためだけにドレスを誂える余裕は無いのだろうと、気がつく。
しかし、主催である生徒会は全員出席するのが基本だ。
どうしたものかと考え、彼女にドレスを贈ることにした。
そのことを話すと彼女は飛んで喜ぶ。その姿が微笑ましくて、つい笑ってしまう。
気がつけば彼女の顔が、頬が少し赤く色づいて見えた。
卒業パーティー当日。
僕はローズマリーをエスコートするために、門で彼女を待っていた。
すると、先に来たサラが僕を見つけるとドレスのお礼を言いにくる。
僕は気にしないで楽しんで、とだけ伝えサラを会場内へと送り届けるとちょうどそこにローズマリーがやって来た。
僕の贈ったドレスを身につけ、こちらをじっと見据えている。
何か言いたそうなその顔に声を掛けようか迷っていると、彼女はプイッとそっぽを向いてしまう。
そんな気まずいままで始まった卒業パーティー。
彼女は心なしかいつもより大人しく、誰にも暴言を吐くこともなく、淡々と卒業パーティーは進行していくと思われた。
踊り慣れたダンスも終わり、ローズマリーと離れ、先輩方と歓談していると、サラがローズマリーから虐げられていると報告された。
急ぎその場に向かうとドレスの汚れたサラが蹲っていた。
「これは、どうしたんだい?」
「殿下…っ!わかりませんっ、急にローズマリー様に突き飛ばされて…っ。申し訳ありません!折角頂いたドレスもこんなことになってしまってっ!」
蹲るサラが涙ながらにそう訴える。
隣に立っているローズマリーは無表情だった。
そしてそのまま美しくお辞儀をすると、
「署先輩方の卒業パーティーをこの様な喧騒で乱してしまい、誠に申し訳ありません。諸悪の根源はこれにて辞退しますのでどうか引き続きパーティーを楽しんで下さい。」
そう言って去っていこうとする。
しかし、ここで突如として声があがった。
「待ってください!ローズマリー様には申し訳ありませんがどうかこの場で進言させて頂くことをお許し下さい。」
そう言ったのは、ローズマリーが初めて暴言を吐いたお茶会の主催をしていた伯爵令嬢であった。
「私、しかと聞いておりました。その者が小声でローズマリー様を侮る言葉を!」
その声を皮切りに次々と挙手される。
「わ、私も見ました!ローズマリー様はただ振り返っただけで何もしておりません!」
「私も!その人が勝手に転んで持っていたワインを溢したのですわ!」
あまりの出来事に呆然とするローズマリーとサラ。
なんと声を挙げてくれたのは今までローズマリーが暴言を吐いたり、その渦中にいたりした人たちであった。
その異様な光景に周囲は騒然とし、ローズマリーとサラを交互に見る。
一足先に我に帰ったサラがその人たちに向かって問う。
「な、何を言っているんですか!あなたたちみんなローズマリー様に虐げられた方たちじゃないですか!」
「誰が虐げられたって言ったのよ。」
「そうよ!ローズマリー様は私たちを守って下さっていたの!」
そう言われてサラは唖然とする。
「ローズマリー様は他言無用と仰るけど、学園にはローズマリー様に助けて頂いた方は何人もいらっしゃるのよ。」
「私はダンスパーティーの時、体調が悪いの言い出せなかったのですが、ローズマリー様が気付いて下さって退出させて下さりました。」
「私は婚約者が貴女に唆されていたとき、ローズマリー様が私の代わりに貴女に提言して下さいました。」
「私は幼い頃より中の悪かったご令嬢が私の陰口を言うと何時も言い返して下さいましたわ。」
ローズマリーのこれまでの行為の数々の真相が明らかになる。
話の渦中の人物であるローズマリーを見てみると、彼女は顔をこれでもかと言うほど赤くして俯いていた。
その姿を見て自分の浅はかさに笑いが込み上げてくる。
「クックックっ…!っっっ!あー!だめだっ!アッハッハッハッハ!」
今度は突如大笑いする自分に視線が移る。
こんなに笑ったのはいつぶりだろう、と思うほど久しぶりに声を出して笑った。
「いや、すまない。僕はずっと君に騙されていたんだね。いや、ただ単に僕が浅慮だっただけか。
どうしてこんなことをしていたのか君の口から聞いてもいいかい?」
そく優しく問えば、今まで頑なに黙っていた彼女が赤い顔のまま、ポツポツと話してくれる。
「い、今まで何も言えない自分が嫌いで、こんな自分は王妃として相応しくないって言われているのを聞いたので、イリスに相談したら憧れの人の真似をすれば自分に自信が持てるって言うから…っ。」
「憧れの人の真似をしていたのかい?それは誰?」
「…っ。」
赤い顔をさらに赤らめ、言うか言わまいか悩んだ末ローズマリーはポツリとこぼす。
「…『光明の騎士と黒き薔薇』の、ヴィオラローズ…です。」
それは一昔前、巷で人気のあった観劇。
見たことはないが、確か誉高き令嬢のヴィオラが冤罪で捕まったのを騎士が助け出し、二人は苦難の末結ばれるという内容だった気がする。
「自分で大切な人達を守れる強くて気高いヴィオラがかっこよくて、私もヴィオラみたいにはっきりものが言えるようになりたくて…。
その、でも初めは家の中だけだったんです!
でも、いつも優しくしてくださるアイシャ様のお茶会で嫌なことを言われたのでつい言い返してしまったら、あとに引けなくなってしまって…。」
「それでずっと演技していたの?」
「ヴィオラを真似する時は何でも言えたので、自信もついたし、いい機会だと思ったんです。それに、殿下にもいつも以上に目をかけて貰えたので、幼心でつい…。でもそれからいつ終わればいいのかわからなくなって…。口が悪いのはわかっていたのですが…。それにこんなこと殿下に言うのは恥ずかしくて…。すみません。」
「そっか。僕は君の悩みに気が付けなかったんだね。ごめんね。君は変わらず人一倍優しくて努力家だっただけなのに。」
「いえ、人を傷つけてしまっていたので優しくはないです。」
「ふふっ!それに頑固でもあったのを忘れていたよ。」
釈然としなさそうな顔するローズマリーに遠のいていた恋心が戻ってくる気がした。
その余韻に浸る前に呆然としていたサラがわなわなと肩を震わせて声を出す。
「殿下は、私を、好きなんじゃないんですか…?その女に疲れて、私を選んでくれたんじゃ…。なのになんでそんな、まるでその女が好きみたいな…。」
「申し訳ないけど、君を好きだと言った覚えはないよ。」
「じゃあなんであんなに側にいてくれたんですか!?」
「私から君の側に行ったこともないと思うけど。君が私に近づいてくることは度々あったけどね。」
「なっ…!じ、じゃあ!ドレスは?!このドレスは殿下から贈ってくださったじゃないですか!!」
「あぁ。それは生徒会の経費で賄ったんだよ。今まで生徒会メンバーが卒業パーティーを欠席することなんてなかったものだから、欠席させるのは先輩方に失礼だし、かと言って平民の君の家に無理にドレスを作らせるわけにもいかないから経費として落とせないか学園長に話をしたんだよ。そしたらこれからも平民出身の生徒が入学することがあるかもしれないから備品としてなら、と許可を頂いたんだ。まぁ汚してしまったから今後使えるかはわからないけどね。あれ?生徒会からドレスを贈るって言わなかったかな。」
それを聞いてサラは顔面蒼白でよろよろと何処かへ行ってしまう。
「僕ってそんなに彼女のこと好きそうだった?」
「そ、そうですわね。私はずっとそう思っておりました。」
「それは申し訳ないことをしたな。」
「いえ、失礼ながら殿下がローズマリー様のフォローをされている時の顔はまるで長年連れ添った夫そのものでしたわ。」
「えぇ。それはもう愛を感じました!」
そんなことを言われると恥ずかしくなる。一体どんな顔でローズマリーを見ていたのやら。
「参ったな。」
顔が熱くなるのを自覚しながら頬を掻き、改めてローズマリーに向き直る。
「ローズマリー。僕はもう二度と君を見失わないと誓うよ。君に頼りにしてもらえる男になってみせるからこれからも君の側に居させてくれないかい?」
「そ、そんなの、こちらこそ殿下の側に居させて頂きたいですわ。でもこんな私でいいんですか?」
「君じゃないとダメなんだ。」
その瞬間わぁっ!と会場全体が歓喜に沸く。すっかり忘れていたが卒業パーティーの真っ最中である。
僕たちは目を合わせると恥ずかしくも皆にお辞儀をし、僕はいい機会だと宣言をする。
「私、オレリアン国、王太子エルビス・オレリアンが宣言する!私はここにいるローズマリー・ランセントを生涯愛し、共に切磋琢磨し国を繁栄に導くと!」
そして卒業パーティーは仕切り直されたのち、生徒たちの間で真実の愛として語られるのであった。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
思い付きをそのまま書いたので誤字脱字が多いかもしれません。
読みにくかったらすみません。
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