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闇の大精霊ヴァレリーと魅了の力



 領地にある公爵家で暮らしていたときは、家族と使用人ぐらいにしか会うことがなかった。

 王都のタウンハウスでは、見知らぬ人と社交をしなくてはいけない。


 ルティナにも人並みの不安はあったが、心配は杞憂に終わった。


 どこにいても、誰といても、ルティナは褒められた。

 人々の視線を釘付けにして、崇拝や憧れや、愛情や思慕を向けられた。


 それが――。


「ルティナ、僕たちを騙していたのか!?」

「魅了の魔法など使いやがって!」

「人の心を操るなど、最低な人間のすることだ」


 クワイエット家主催のお茶会に現れたルティナの友人たちは、ルティナが現れるやいなや、気味の悪い虫でも見るような目でルティナを睨みつけた。

 

「ちやほやされて、いい気になっていたのですね」

「公爵令嬢といえども、行っていいことと悪いことがあります」


 求婚してきた少年たちが、ルティナをほめそやしていた少女たちが、口々にルティナを罵った。

 それぞれの両親がルティナの両親に詰め寄っている。

 

「ルティナさんと会うようになって、息子の様子がおかしくなったのです」

「昼も夜も、ルティナに会いたい会いたいと」

「何かがおかしいのではと、神殿に連れていき、呪いの浄化をしてもらいました」


 呪いの、浄化――。

 罵られて呆然としながら、ルティナはその言葉を聞いた。


(魅了なんて、知らない。私は何もしていない。呪いの浄化って、なんのこと……?)


「わ、わたし、わたしは、何も……」

 

 いつも微笑むばかりでめったに声を出さなかったルティナは、喉から絞り出すような声音で言う。

 今までまともに話をしてこなかったせいで、声の出し方を忘れてしまったかのように、小さな声しか出なかった。


(私、もっと、堂々と、立派なレディとして振舞うことができたはずなのに……)


 そんな自分の姿や声音に、自分自身でショックを受ける。

 完璧なレディであるという自分の形が、ばらばらになって壊れていく。


「よく見ると、髪が黒くて目が赤くて、不気味だな」

「何故この俺がこのような根暗な女に夢中になっていたのか」

「あなたに剣をささげるなど言った過去の自分を、消してしまいたい」

「もう二度と、私たちに近づかないでください」

「行きましょう。もう二度と、私たちをお茶会に誘わないでください」


 ルティナは、何も言うことができなかった。

 今までそこにあったはずの地面が、突然なくなってしまったかのようだ。

 座っている椅子ごと、地中深くに落ちていくような錯覚に陥りながら、爪が食い込むほどに強く拳を握りしめていた。


 結局――公爵家がルティナの魅了にかかった者たちに慰謝料を払うという形でその場はおさめられた。

 呆然自失になったルティナは、気づけば両親と共に執務室のソファに座っていた。


「ルティナ。我がクワイエット公爵家は、古くから闇の大精霊ヴァレリーの加護のある家だ。だが、全ての血筋の物にその加護が現れるわけではなく、守護聖獣が現れたのはルティナの以前には五百年前に一度だけと、記録に残っている」


 長い前髪で瞳が半分隠れている公爵が言う。

 顔立ちは整っているが、表情は暗くいつもは口数の少ない父である。

 ルティナの黒髪は、父親譲りだった。

 クワイエット公爵家には黒髪が生まれる確率が高い。これは、闇の大精霊ヴァレリーの加護と関係しているといわれている。


「ヴァレリー様の加護には、確かに魅了の力がある。だが、それも最早伝説のように言い伝えられているだけで、五百年前の記録にも魅了の力を使えたとは書かれていないのだ」


「守護聖獣が現れるほどに、ルティの加護は強いのよ。それは、誇るべきこと。でも、まさか魅了の力があるなんて……ルティは可愛いもの。皆から愛されて当然だと思っていたのに」


 母が傷ついたような表情でそう言って、目尻にハンカチをあてた。

 ルティナの母は、金の髪に赤い瞳をした美しい女性である。

 父と違い、話が好きではつらつとしている。

 ルティナの瞳の色は、母譲りだ。


「私は……皆を騙していたのですか。私は……お母様とお父様にも、呪いを……?」

「まさか! そんなわけがない」

「それに、ルティ。もし呪いがかかっていてもそんなことはどうでもいいの。親が子を愛するのは当然だわ。親というものは、子供を産んだ時にすでに子供に魅了をかけられているものなのよ」


 二人はそろってルティナに「気にするな」と言った。

 

「けれど、お金を……」

「慰謝料ぐらいで、公爵家の懐は痛まない。それよりも大丈夫か、ルティナ。ひどいことを言われたと聞いた」

「そばにいてあげられなくて、ごめんなさいね。それにしても、あの方たち。手紙ですませればいいものを、わざわざお茶会の日に示し合わせて、家に乗り込んでくるなんて。まるで、品がないわ」

「屈辱を与えられた分、やりかえそうとでも考えたのだろう」

「大丈夫、ルティ?」

「はい……」


 心は砕けた硝子のように、割れて弾けて散乱していた。

 色彩豊かだった景色は、曇り空に覆われたように、灰色に変わっていた。

 ルティナはとぼとぼと自室に戻ると、床に座り込んだ。


 今までのルティナならばあり得ないことだった。床は不浄の場所だ。絶対に、座ったりはしなかったのに、腰から下に力がまるで入らなかった。


「……魅了とは、人の心を操ること」


 そんなことをしたつもりはないのに、知らないうちに自分は他者の心を支配していたのだろうか。

 可愛がってくれている家族の心も、親切に接してくれる使用人の心も。


「全部、私が操っている? 魔法がとけたら、皆がああして、私を嫌うの……?」


 根暗な女と言われた。

 気持ち悪い容姿だと言われた。

 最低だと言われた。


 本当の自分は――暗くて、気持ち悪くて、おそろしい容姿をした、最低な女なのだろうか。

 

「……っ、うぅ」


 そう思うと、体が竦んだ。友人の態度が、表情がまるで別人のように変わるのを目の当たりにして、他者がおそろしくなってしまった。


「怖い、怖い……っ」


 両足を胸に引き寄せて、ぎゅっと抱きしめる。小さくなると少しだけ安心できた。

 ふとあたたかさを感じて、腕の中に視線を落とす。

 そこには、黒いきゅるりとした瞳をした、ふわふわで小さな守護聖獣のウリちゃんがいた。


 ウリちゃんは、黒いマメシバの姿をしている。

 赤子のルティナの前に現れたときは、黒々とした大きな獣の姿だったらしい。

 けれどルティナがあまりに泣くので、次々と可愛い動物に姿を変えて、今の姿に落ち着いたようだ。


 黒マメシバになったとき、ルティナはきゃっきゃと笑って喜んだのだと、母から聞いている。


 ウリちゃんという名は『ヴァレリー』の名前を貰ってつけたものである。

 ウリちゃんは側にいるだけで、何もしない。

 話をするわけでもないし、魔法を使うわけでもない。

 ルティナにとっては、側にいて当然の存在で、どちらかというとペットのような認識に近い。


 その柔らかい体を抱きしめて、きらきらした黒い瞳を覗き込んでいると、少しだけ気持ちが安らいだ。



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