序章:闇属性の公爵令嬢
艶やかな黒髪には、天使の輪が輝いている。
紅玉の瞳は、長いまつ毛で縁取られている。
雪のように白い肌に、薔薇色の頬。
ふっくらとした桜色の唇。華奢な体、しなやかな指先に、優雅な所作。
ルティナ・クワイエットは、自分を完璧なレディだと信じていた。
「ルティナ、今日も可愛いね」
「ルティナ、王国一可愛らしい私の姫」
「ルティナ様、いつもお美しいですね」
「私たちの憧れです」
クワイエット公爵家で生まれたルティナは、大抵の上位貴族がそうであるように、六歳を迎えるころには両親と共に王都のタウンハウスに移り住んだ。
これは、公爵領地に籠るよりも教育が受けやすく社交がしやすいからだ。
王都の貴族街では毎週のようにお茶会が開かれる。
ルティナもまた母に連れられて、お茶会の招待があれば着飾って出かけたし、母が主催をして他の貴族を招くこともあった。
ルティナが顔を出すと、貴族の子供たちはルティナを取り巻いた。
少年たちは我先にと愛を囁いたし、少女たちはルティナをほめそやした。
当然である。ルティナは栄誉あるクワイエット家の長女だ。
それに、生まれたときから闇の大精霊の加護を受けている。
この国――サラデイン皇国の者たちは多かれ少なかれ精霊の加護を受けているが、大精霊の加護を持つ者は少ない。その上、ルティナの傍には生まれたときに守護聖獣まで現れたのである。
守護聖獣は、大精霊の加護を持つ者の前にしか姿を現さない。
つまり――ルティナの加護は、守護聖獣の存在ですぐに明らかになり、赤子のルティナをクワイエット公爵家ではまるで神像かなにかのように扱った。
それからというもの、ルティナはクワイエット公爵家で大切に育てられた。
淑女としての作法も勉強も、家庭教師を十人もつけられて教えられた。
ルティナの周囲にはいつも侍女たちがいて、床から自分でものを拾うことも、自分一人で何かをするということも許されなかったし、それが当然だと考えていた。
侍女たちが熱心に磨いてくれるために髪も肌も艶があり、お茶会の度に新しく作られるドレスは王都の流行の最先端を取り入れたものだ。
そんな風に育てられたのだから、お茶会で皆が己をほめそやすのはごく自然だと、ルティナは思っていた。
「ルティナ様、いつか僕と結婚をして、共に辺境に来てくれませんか?」
「いや、ルティナ様はサウザード公爵家に嫁入りを」
「ルティナ様。私は立派な騎士になります。いつかあなただけの騎士になれるように」
「さすがはルティナ様。今日も爪も髪も輝いていますね」
「ルティナ様の美貌の前には、私たちなど石ころのようなものです」
座っているだけで集まってくる貴族の子供たちの言葉を、ルティナはにこにこしながら聞いていた。
ルティナから言葉をかけることは少ない。
淑女とは、そういうものなのだと教わってきたからだ。
それに、ルティナにとってその言葉はどれも当然のもので、何か言うべきこともみつからなかった。
「ルティ。ああも盲目に褒めてくる者たちの言葉を、頭から信じないほうがいい」
その中で、ルティナを褒めない者が一人だけいた。
光の降り注ぐ公爵家の広い庭園には、いくつかのテーブルと椅子が用意されている。
皆がルティナの傍に侍るなか、その子供はいつも離れた場所に座っていた。
金の髪に、青い瞳の美少年である。
ルティナはその少年が苦手だった。はじめて挨拶を交わした時から、他の者たちとは違うのだ。
ルティナ様ルティナ様と、ルティナを褒める者たちとは違う。
今日も、通りすがりざまにルティナに耳打ちをしてくる。
取り巻きの言葉を信じるな、と。
「どうしてそのようなひどいことを言うのですか?」
「酷くはない。僕は、ルティを心配している」
ルティナが小さな声で言い返すと、少年は悪びれずにそう答えた。
カイネルード・サラデイン。
サラデイン皇国の皇太子殿下である。
それが――なぜ一緒にお茶会をしているのかといえば、ルティナの母とカイネルードの母が親しいからだ。
貴族学園の学友であったらしい。
そのために、お茶会が開かれると、よくカイネルードを連れてはクワイエット公爵家に遊びに来るのである。
カイネルードはルティナをルティと呼び、親しく声をかけてくる。
けれど他の者たちのようにルティナを褒めない。
傍に侍ったりもしない。
皆は――褒めてくれるのに。
だから、ルティナはカイネルードのことが苦手だ。
自分を褒めない人間など、ルティナは見たことがなかったからだ。
それどころか、周りの者を信用するなと言ってくる。
嫌われているのかと思ったけれど、その割には声をかけてくるし、ルティナの前に現れる。
ルティナは六歳。カイネルードは二つ年上である。
けれど背が低く、ともすれば美少女にも見える。
――もしかしたら、私の愛らしさに嫉妬をしているのかもしれない。
そんな風に考えて、自分を納得させていた。