3rd Stage
俺たちの住処となっているマンションの一室では、青田と黄島が居間のテーブルに置かれたノートパソコンでサイクルショップの通販サイトをじっと眺めている。
「この中から、どれかを選ばないといけないけど」
「黄島、これにしたらどうだ」
青田は、ホームページ上の『PZXロゼッタ』というブランド名の自転車を指し示している。手頃な価格と多用途に使えるとあって、近場のサイクリングにうってつけだ。
「赤井が帰ってきたら、この自転車がいいのか確かめようかな」
「今日から、ラジオ番組でスタジオに入ることができるようになったからなあ」
ウィルス感染が下火になるにつれて、俺たちお笑い芸人もテレビ局やラジオ局のスタジオへ再び足を踏み入れることができるようになった。けれども、ウィルスの脅威が完全に収まったわけではない。
先週までは自宅からのリモート出演だった『オラジ通り』のほうも、今日の放送からラジオスタジオでメインパーソナリティの江村佐織と久しぶりに顔を合わせることになった。
しかし、スタジオの雰囲気はウィルス禍と相まって大きな違和感を覚えてしまいそうだ。江村と向かい合うパーソナリティ席には、感染防止策の一環としてアクリル板を中央に設置している。
「さて、先週までリモートだったシンゴーキの赤井しんごさんが今日からスタジオへ戻ってきました」
「スタジオでお目にかかるのは久しぶりなので少し緊張しています」
ウィルス禍による影響は、番組の内容にも影を落とすことになった。オープニングトークの後は、江村による感染者数の読み上げと感染防止の注意喚起を連日のように伝えている。
「今日の東京都内の感染者数は……」
感染防止策の1つとして換気の徹底が呼び掛けられているが、このラジオスタジオでもそれに沿うように本番中はドアが開いたままになっている。これまでは、不審者対策もあってドアを閉めていたのだが……。
「ところで、赤井さんのおうち時間は?」
「個人的には、自宅にいたままだと無味乾燥に感じてしまうので……」
江村が聞いてきたこの話題は、俺にとって苦手とするものだ。そこで、俺は自宅にこもらないで体を動かす方法を伝えようと口を開いた。
「シンゴーキの他のメンバーとサイクリングでもしようかと考えているところですね。もちろん、密集しないように1人ずつ違う場所をめぐるというスタイルで」
「やはり、外へ出たほうがいいわけなの?」
「おうち時間でストレスを溜めたほうが問題だと思うよ。今回のサイクリングは体を動かす上でも、CeroTubeチャンネルへ配信する上でもメリットが大きいし」
この後もパーソナリティ同士のトークが滞りなく進行して、この週の放送を最後まで無事に進行することができた。普段はこの後も反省会が行われるが、出演者やスタッフの密集を防ぐためにすぐスタジオを出なければならない。
「お疲れさまでした」
俺はすぐにマスクをつけると、ソーシャルディスタンスを保ちながらスタッフへ挨拶をしてから放送局を後にした。街に出ると、俺の目から見ても出歩く人たちの姿が数えるほどしかいない。
「出社を控えて、自宅でテレワークを行っている人が多いだろうなあ」
いつもだったら渋滞がしばしば発生する道路も、ニューノーマルになってからは車の数もめっきりと少なくなっている。
「これが、新しい日常というものだろうか」
感染リスクを避けようと、俺は寄り道をすることなく自宅マンションへたどり着いた。手洗いとうがいをすると、2人のメンバーがいる居間へ足を踏み入れた。
「さっき自転車の通販サイトでこういうのがあったけど」
青田と黄島は、自分たちで見つけた『PZXロゼッタ』というブランドの自転車を俺に勧めてきた。ホームページに表示されたその自転車は、俺好みのデザイン性と実用性の双方を兼ね備えている。
「教えてくれてありがとう」
「それなら、3台まとめて購入するということで」
相棒がくるのを待っている間に、俺のほうも運転手目線から撮影するために頭に取りつけるカメラを通販サイトで申し込むことにした。